NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

興和のイベルメクチン臨床試験は失敗ではない

イベルメクチンはもともとは寄生虫に対する薬だったが、試験管内で抗ウイルス効果が確認され、新型コロナに効果があると期待する医療者もいた。興和株式会社が新型コロナウイルス感染症に対するイベルメクチンの第3相試験を行っていたが、このたび、主要評価項目に統計的有意差が認められなかったとの発表があった。


■興和/新型コロナウイルス感染症患者を対象とした「K-237」(イベルメクチン)の第Ⅲ相臨床試験結果に関するお知らせ


軽症の新型コロナ患者約1000人を対象に、イベルメクチン0.3~0.4 mg/kgを1日1回3日間経口投与した群とプラセボ投与群とにランダムにわけ、168時間(7日間)経過するまでに臨床症状が改善傾向にいたる時間を二重盲検下で評価した。興和の発表によれば、実薬群およびプラセボ群いずれの群でも投与開始4日前後で軽症化し、有意差は認められなかった。

医学界に与えるインパクトは小さい。本試験が開始されたころは、いくつかの観察研究や質の低い介入試験でイベルメクチンの新型コロナに対する効果が示唆されていたものの、2022年9月現在までに、イベルメクチンの効果に否定的な複数の質の高い介入試験の結果が公表されている。現在のコンセンサスは「イベルメクチンは新型コロナに効かない」であり、本試験はそれを裏付ける多くの証拠の一つという位置づけである。

「症状が出てからすぐ使用すれば効く」「もっと用量を増やせば効く」「重症に使えば効く」という意見を散見するが、別途、臨床試験で確認しなければイベルメクチンが新型コロナに効くとは言えない。しかし、イベルメクチンについては否定的な知見が積みあがっており、今では他にも有望な治療薬が利用可能であるため、新たに臨床試験を行うのは困難だろう。

それに、一部の臨床医が主張するほどイベルメクチンが新型コロナに対して劇的な効果があるなら、よしんば理想的な条件ではなかったとしても1000人規模の臨床試験で差が出ないなんてことがあるだろうか。もはや新型コロナに対してイベルメクチンを使う理由はない。

とはいえ、興和によるイベルメクチンの臨床試験は失敗だったとは言えない。試験が終了したのにいつまでも結果が公表されないままといった臨床試験が失敗なのだ。税金が使われたかどうかはさして重要ではない。臨床試験は本質的に人体実験である。研究の成果が多くの人にとって役立つからこそ臨床試験は許されているのに、結果の発表を遅らせることは倫理的に問題がある。肯定的な結果は速やかに発表し、否定的な結果は発表を遅らせると出版バイアスにもつながる。

適正に施行され結果が発表された臨床試験は、有意差が認められなかったとしても失敗ではない。効くかどうかわからないからこそ臨床試験を行うのだ。「本試験の条件下ではイベルメクチンの効果を確認できなかった」という結果が得られたのは一定の成果であると考える。


乳がん検診と子宮頸がん検診が毎年ではなく2年に1回なのはなぜか?

名古屋市会議員の塚本つよし氏が、子宮頸がん検診と乳がん検診の検診間隔が2年に1回の隔年であり、毎年がダメな理由についての説明を求めるツイートをしておられました。よい質問だと思います。ツイッターでもお答えしましたが、ブログでも解説いたします。

端的に言えば現在の日本で行われている子宮頸がん検診と乳がん検診は、毎年の検診を行っても、隔年の検診と比べて、検診による害が大きくなるわりには得られる利益が小さいと考えられているからです。

子宮頸がん検診も乳がん検診も、検診によってがん死が減ることが示されています。ただ、検診を受ければ100%がん死を予防できるわけではなく、検診を受けていてもがんで亡くなる人はいます*1。がんで死ぬ人をもっと減らすには、もっと多くの検診を行ったほうがいいように直観的には思えますが、必ずしもそうではありません。

どんなに検診間隔を短くしても検診で救える人数には上限があります。というのも、検診で発見可能な大きさに病変が達したときにすでに他の臓器に転移しているようながんは、検診では救うのが難しいからです。そのようながんは、よしんば毎日検診していたとしても、がん死を避けることはできません。

一方で、がん検診の回数を増やすと検診に伴う害は増えます。検診の害はさまざまありますが、たとえば、実際にはがんではないにがんの疑いがあると判定される偽陽性は、検診回数を増やせば増えます*2。偽陽性は心理的な不安や、本来は必要のなかった検査を増やすので有害です。

検診の回数を増やしすぎると、検診から得られる利益よりも害のほうが増えます。かといって、検診の回数を減らし過ぎると検診の害は小さくなるものの検診から十分な利益が得られません。検診から得られる利益と害の差(正味の利益)を最大化するのが適切な受診間隔です。

検診の強度と利益についての図を検診の強度と価値を論じた論文より引用します*3。検診回数が少ないと検診の害は小さいですが検診の利益も小さいです。検診の回数を増やすと検診の利益は急速に増加します。最適な検診回数を超えて検診回数を増やしても、検診の利益の増加は小さく、一方で検診の害の増加の方が大きくなります*4

検診の正味の利益を最大化する適切な検診回数。検診が多すぎても少なすぎてもよくない。

別の言い方をします。2年に1回の子宮頸がん検診を1年に1回に増やしたところで、子宮頸がんで亡くなる人の数はほとんど減らせません。検診でがん死を予防できるがんは2年に1回の検診でもほとんどが見つかります。2年に1回の検診でがん死を防げないようながんは1年に1回の検診でもほとんどが防げません。一方で、検診回数を増やすと、異常を指摘される人の数が増え、精密検査や治療を受ける人の数が増えます。

最適な検診間隔についてはいくぶんか不確実なところがあり、専門家の間でも意見が一致していないことはあります。マンモグラフィによる乳がん検診は日本を含め2年に1回が推奨されていることが多いですが、ACS(米国がん協会)は45歳から54歳の女性に対しては1年に1回を推奨しています*5。日本では細胞診による子宮頸がん検診は2年に1回が推奨されていますが、USPSTF(米国予防医学専門委員会)は3年に1回を推奨しています*6。しかしながら、意見の不一致は特定の検診の最適な検診頻度についてであって、検診回数が多すぎても少なすぎてもよくないことについては議論はありません。

名古屋市会議員の塚本つよし氏は、男性のみを対象にしたPSAによる前立腺がん検診の検診間隔が毎年なのに対し、女性のみを対象にした乳がん検診や子宮頸がん検診が隔年であることに疑問を持ったようです((https://twitter.com/1192mizuho/status/1553340093015793664))。何らかの男女差別がある可能性を塚本氏は考慮されたのかもしれませんが、実際のところは医学的に最適な検診間隔が採用されたに過ぎません。見かけ上の機会平等を名目に、「前立腺がん検診が毎年だから乳がん検診と子宮頸がん検診も毎年やろう」といった理由で不適切な検診間隔のがん検診を行政が提供するようなことがあってはならないと私は考えます((https://twitter.com/1192mizuho/status/1554013999569575938、https://twitter.com/1192mizuho/status/1554014778758033409))。そのような検診は平等どころか不利益をもたらします((https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11272294/))。

日本で男女ともに対象となっている胃がん検診、大腸がん検診、肺がん検診について、女性は男性と比べて受診率が低い傾向があります*7。その理由については、正規雇用されている割合が少ない女性は職場での検診を受ける機会が少ない、出産や育児で忙しく検診を受ける時間が取れないなどの社会的な男女差に由来する可能性が考えられます。

本当の機会平等は、医学的に最適ではない検診を男女同じく毎年提供するといった表面だけのことではなく、男女に限らずすべての人に対し*8、利益だけでなく害についても情報が適切に提示された上で、医学的に最適な検診を受けたい人が受けることができる体制をつくることだと私は思います。それこそが政治家の仕事だと、私は信じます。


*1:■検診で乳がんが発見された人が100人いたとしてを参照

*2:一例としてhttps://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35333365/

*3:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25984846/

*4:正確には検診の強度screening intensityは検診の回数だけではなく、検診対象者の年齢や検診に使う検査方法も含む。たとえば、乳がん検診の対象者を50歳以上ではなく40歳以上にするほうが検診強度が強い。あるいは、子宮頸がんの検査方法を細胞診のみではなくHPV検査も併用する方法のほうが検診強度が強い

*5:https://www.cancer.org/cancer/breast-cancer/screening-tests-and-early-detection/american-cancer-society-recommendations-for-the-early-detection-of-breast-cancer.html

*6:https://www.uspreventiveservicestaskforce.org/uspstf/recommendation/cervical-cancer-screening

*7:https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/screening/screening.html

*8:男性であっても正規雇用されていなかったり、育児で検診を受ける時間が取れない人がいるだろう

抗がん剤を否定する自称医師のツイートへの注意喚起

抗がん剤治療は臨床的に効果が確認された標準治療である

ある自称医師が術後補助化学療法(がん組織を外科的に切除した後の抗がん剤治療)を否定するツイートしており、現時点でリツイートは1600件を超え、いいねも7000件を超えています*1。ですが、かの自称医師のツイートは誤りです。いくつものがんで、術後補助化学療法ががんの再発を減らすことが臨床試験で確認されており、世界的に標準治療となっています。たまに「抗がん剤治療が行われるのは日本だけ」というデマを散見しますが、たとえば"adjuvant chemotherapy"(術後補助化学療法)で検索してください。いまは自動翻訳の精度も上がったので騙される人は減っていると思います。

自称医師のツイートは「がんの手術後に微小な取り残しがあるといけないと医師は抗がん剤を勧めるが、がん細胞はふだんから1日5000個はできているのだから全員に抗がん剤を使わなければいけなくなるはず。これはおかしい」というものですが、ここにはごまかしがあります。5000個という数字はともかくとして、日常的にがん細胞が生じているのは事実です。それでも多くの人ががんにならないのは、やはり日常的に免疫系ががん細胞を退治しているからです。ですので、日常的な抗がん剤使用は不要で、むしろ有害です。

毎日たくさん生じるがん細胞の中には、ごくまれに、「免疫逃避機構」といって免疫系から逃れる能力を身に着ける細胞があります。そうした細胞は免疫系からの攻撃を逃れ、分裂増殖し、画像で発見されたり症状を引き起こしたりする大きさにがん組織が成長します。

抗がん剤治療を否定した医師はヤブか詐欺師

従来の免疫療法にいまいち効果がなかったのは、私たちが観測できるまで大きくなったがん組織の細胞は免疫逃避機構を持っているからです。言い換えれば、数千万分の1、数億分の1の確率で免疫系から生き残った超エリートのがん細胞由来だからです。そうしたがんに対して治癒を目指す治療をするは、現在の標準医療では、原則として手術で取り除くか、放射線で焼くしかありません。

術前に確認できる転移巣も可能なら切除します。しかし「転移はしているけど画像検査では確認できない」という微小な転移巣もあります。そこで抗がん剤の出番があります。大きながん組織は外科的に切除し、微小な転移巣は抗がん剤治療で叩くというのが、術後補助化学療法の考え方です。代替医療を好む方は「免疫力で転移巣を叩けばよい」というようなことをおっしゃいますが、そもそも免疫逃避機構をもったがん細胞ですので、そのままでは免疫系はがん細胞をやっつけることはできません。

術後補助化学療法を否定するツイートをした自称医師は、免疫逃避機構のことを知らないヤブ医者か、あるいは、知っていながら意図的に嘘をついた詐欺医者かのどちらかです。かの自称医師は「エイズウイルスは多くの学者が指摘しているように、存在しない」ともツイートもしています*2。エイズ否認主義は何十万という単位で人を殺したニセ医学です*3。愉快犯なのか、ただ無知なだけで善意でやっているのか、それとも詐欺の対象となるカモを集めているのか、意図はわかりませんが、かの自称医師ツイートを信じると命や健康の危険があります。ツイートを肯定的にリツイートすることもまた、誰かの命を脅かすことにつながります。

術後補助化学療法を行ったからと言って100%再発を防げるわけではありませんが、一定の割合で再発を減らすことはできます。抗がん剤治療なので副作用はあります。ですが、たとえば白血病の治療のようにすべてのがん細胞を殺すために大量に抗がん剤を使うわけではなく、外来でも施行可能な程度におさまるのが一般的です。過去と比べて、吐き気止めなどの副作用への対策も進歩しています。いったん術後化学療法をはじめても、副作用が辛ければ、抗がん剤の量を減らしたり、治療間隔を伸ばしたり、中止にしたりすることもできます。

免疫療法を含め、がん治療は進歩している

「免疫チェックポイント阻害薬」といって、がんの免疫逃避機構を阻害する薬もあります。免疫細胞からの攻撃を逃れるがん細胞が持つ分子をブロックすることで効果を発揮します。有名なのは「オプジーボ(一般名:ニボルマブ)」で、いまでは保険適用内で多くのがんに利用できます。本庶佑先生がノーベル賞を受賞した研究をもとに開発されました。

薬の開発、研究はいまも進んでいます。まだ第二相試験の段階ですが、2022年6月にThe New England Journal of Medicine誌の掲載された論文によると、ミスマッチ修復機構欠損を有するステージIIまたはIIIの直腸がんの患者さんに、ドスタルリマブという免疫チェックポイント阻害薬を投与すると、治療を完了した12人中全員が、画像上の腫瘍が消え、追跡期間中に再発や進行は認められていません*4

事前の計画では、薬の投与後にがんが残っていた場合、標準的な化学放射線療法や外科手術を追加して行う予定でしたが、それは不要になりました。もちろん、長期的には再発するかもしれません。まだ小規模の研究に過ぎず、多くの人に使うと効かない人もきっといるでしょう*5。もしかすると、自己免疫疾患などの副作用が生じることが今後明らかになる可能性もあります。ですが、「固形がんの治癒を目指す治療は、原則として外科的切除か放射線療法である」という常識が覆るはじまりかもしれません。

がん治療は日進月歩です。がんにかかったときは、インターネット上の怪しい情報ではなく、主治医のお話をよく聞いてください。主治医が信頼できないのであれば、セカンドオピニオンを取るという方法もあります。世界的に標準となっている治療であれば、おおむね、日本では保険診療内で受けることができます。逆に、大金を要求するような治療法は疑わしいことが多いことを知っておいてください。


*1:http://twitter.com/KojiKoj94192232/status/1548097004882259969、宣伝に加担することになりかねないのでURLは示すがリンクはしない。

*2:https://twitter.com/KojiKoj94192232/status/1545683593250238464

*3:■新しいニセ医学「新型コロナ否認主義」でも言及した。ごく一部のトンデモが唱えているエイズ否認主義ですら、主流は「エイズウイルスとされているウイルスは存在するが、エイズという病気の原因ではない」というものであって、かの自称医師のツイートはその点でも誤りだ。全体的に雑で、カモを釣りあげようとしてニセ医学的なツイートをしているのではないかと個人的には見ている

*4:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35660797/、日本語で得られる情報は■モノクローナル抗体薬dostarlimab投与でdMMR直腸がんが消失 | 海外がん医療情報リファレンス

*5:一般的に、初期の小規模の研究で華々しい結果が出た研究が注目されがちなので、平均への回帰によって研究が進むにつれ徐々に効果が落ちていくように見える