キムチが「がん寄与度1位」の衝撃?
ソウル大学の研究を基にした■「キムチがないとご飯が食べられないのに」……がん寄与度1位に「衝撃」=韓国 | wowKorea(ワウコリア)という記事が話題になりました。元の論文は、■Fraction of cancer incidence and mortality attributable to dietary factors in Korea from 2015 to 2030です。
タイトルは釣り気味ですが、記事の内容はおおむね論文に基づいています。記事によれば、韓国人の食習慣ががんの発生および死亡に寄与する割合を推定した結果、「2020年時点で韓国人全体のがん発生の6.08%、がん死亡の5.70%が、特定の食事要因に起因」していることがわかりました。そのうち、がん発生に最も大きな影響を与える単一要因は「塩蔵野菜の摂取」であり、全体のがん発生の2.12%、がん死亡の1.78%を引き起こしていると推定されました。
韓国における塩蔵野菜といえば、要するにキムチです。キムチは発酵食品で健康に良いと一般的にイメージされていることもあり、そのためタイトルに「衝撃」とつけることで、多くの人の関心を引いたのでしょう。塩分の多い食品は胃の粘膜を傷つけ、炎症を起こしやすくします。傷ついた粘膜では発がん物質の影響を受けやすくなり、ピロリ菌による炎症も続きやすくなります。塩蔵食品の保存過程で生じる化学物質の影響も加わり、これらが重なって胃がんのリスクを高めると考えられています。
食生活の中で「がん寄与度1位」というのは少し意外に感じるかもしれませんが、韓国ではキムチの消費量が多いことを考えれば、それほど驚くことではないのかもしれません。飲酒(アルコール摂取)のほうが寄与しているのは、と思いましたが、食事要因とは別とされています。韓国におけるアルコール摂取の「寄与度」は、がん発生の3.86%、がん死亡の3.43%でした*1。まあそれぐらいだよね~。ちなみに喫煙の「寄与度」は、がん発生の13.17%、がん死亡の20.69%です*2。まさしく桁違い。いずれも2020年時点の推定値を同じグループの報告で示しています。唐辛子を心配するコメントもありましたが、唐辛子については胃がんとの関連があるとする報告もあるものの、一貫した結論が出ておらず、現時点では特に重要視されていません。
そもそも「寄与度」って何?
元の記事のタイトルに準じて「寄与度」と書いてきましたが、疫学の指標で寄与度と言えるものは複数あります。ここで言われている「寄与度」は、正確には、集団寄与危険割合(PAF;population attributable fraction)のことです。集団寄与危険割合とは、その集団がまったくリスク因子に曝露されなかったとしたら達成されるであろう疾患の減少の割合のことです。なんか小難しいですね。キムチの例でいえば、「全てのキムチを、生まれる前に消し去りたい!」という願いがかなったとき、2020年の韓国のがん発生の2.12%、がん死亡の1.78%が減少するであろうということです。
どうやったらそんな推定ができるのでしょうか?相対リスクと集団における曝露割合から計算できます。ちょっとやってみましょう。考え方を理解するためにざっくりです。
まず相対リスクについて考えましょう。研究によると、たくさんキムチを食べる人は、それほど食べていない人と比べて、胃がんになりやすい傾向があります。量に比例してリスクは高まり、40g/日増えるごとに相対リスクが1.06倍になるとされます。韓国におけるキムチの平均摂取量が約145g/日で、おおよそ相対リスクは1.24倍、つまり胃がんが24%増えます。ちなみに、日本での漬物の推定摂取量は10~20g/日ぐらいのようです。曝露割合とは、この例では、たくさんキムチを食べる人の割合です。キムチの摂取量は連続した量なので本来は層別化すべきですが、ここはざっくり95%としましょう*3。
集団寄与危険割合の計算は図にするとわかりやすいでしょう。集団全体では、塩蔵食品の過剰摂取の割合は95%です。よって、塩蔵食品をそれほど食べていない人で胃がんになった人が50人いたとしたら、塩蔵食品を過剰摂取しているけれども塩蔵食品とは無関係に胃がんになった人は950人です。すべてのキムチを消し去ってもこの950人はそのままです。それでは塩蔵食品に関連する胃がん発生はどれぐらいでしょうか。相対リスクは1.24倍、24%増えるので950×0.24=228人です。キムチのなかった世界線ではこの228人は胃がんになっていませんでした。

集団寄与危険割合は、胃がん全体のうち、塩蔵野菜がなかったら減少していた疾患の割合です。胃がん全体は、50+950+228=1228人。228人を胃がん全体の合計1228人で割ると228÷1228=18.6%。つまり、胃がんの発生における塩蔵野菜の集団寄与危険割合は約18.6%です。がんは胃がんだけではありません。韓国がん登録統計ベースによると2020年の胃がんが全がんの中で占める割合が約11.9%です。全がんの発生における塩蔵野菜の集団寄与危険割合は、18.6%×11.9%=2.2%。論文の結果(2.12%)とほぼ一致しました。考え方としてはこんな感じです。
集団寄与危険割合は集団の指標であって、あなたのリスクではない
集団寄与危険割合は、集団における指標であり、個人のリスクの指標ではありません。塩蔵野菜は胃がんのリスク因子でありますが、平均的な韓国人ほど大量に食べたとしても相対リスクは1.24倍で、それほど高くはありません。それでも食生活の中で集団寄与危険割合が1位になったのは、曝露割合、つまり韓国においてキムチを食べる人の割合が高いからです。社会全体に与える影響を考えるときと、個人のリスクを考えるときでは、使う指標も異なるということです。
韓国および日本における胃がんの最大のリスク因子はピロリ菌感染です*4。衛生状態の改善や除菌療法の普及で、ピロリ菌の感染割合は減少し、それに伴って胃がんの発生や死亡も減少しています。塩分は胃がんだけではなく高血圧をはじめとした心血管疾患のリスク因子でもあるので医学的には過剰摂取はおすすめできませんが、キムチの個人レベルでのリスクは大きくはありません。キムチがないとご飯が食べられないほどキムチが好きなら、無理に控える必要はないと考えます。
*1:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40045582/
*2:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40045583/
*3:Supplementary Material 3.によれば、9 g/日をカットオフとすると、2005年において男性96.4%、女性93.0%が過剰摂取とされています。なぜ2005年かとというと潜在期間を15年と仮定しているためです
*4:胃がんにおけるピロリ菌感染の集団寄与危険割合はざっくり80%ぐらい。過去にさかのぼってピロリ菌を消し去ると、現在の胃がん患者は80%減ります。ちなみに各リスク因子の集団寄与危険割合を合計すると100%を超えることもあります。

