医療ジャーナリストを自称しておられる木原洋美氏のFacebookによれば、私こと名取宏による指摘は「根拠のない言いがかり」であることが証明されたそうである。
■(3) 木原 洋美 - 名取宏氏のSNS上での私に対するくだらない誹謗中傷が、氏の早とちりによる根拠のない言いがかりであることが証明されました... | Facebook
事実は、私の指摘が誤っていたのではなく、何を指摘されたのか木原氏が理解できていないだけである。木原氏のいう「くだらない誹謗中傷」とは、認知症治療薬「ドネペジル(商品名アリセプト)」が病的疲労に効果があることが証明されたとする木原氏のプレジデントオンラインの記事に対する批判のことである。以下、Xのポストとブログをリンクする。
「新型コロナ後遺症」に代表される病的疲労に対し、認知症治療薬「ドネペジル」の有効性を突き止めた、と称する記事。「治療薬の開発は進んでいない」理由として、特許切れで薬価が下がり製薬会社の利益にならないことなどを挙げている。だが、他にも大きな理由があると私は考える。 https://t.co/7UVXOGc5y3
— 名取宏(なとろむ) (@NATROM) July 29, 2025
■否定的な臨床試験の結果が出たのに「劇的に効く!」ことにする手口 ―病的疲労とドネペジルの事例から.
新型コロナウイルス感染症後遺症における慢性疲労に対しドネペジルの有効性を評価した二重盲検は否定的な結果だった。主要評価項目も副次評価項目も有意差なし。ポイントは、「治療薬を発見した」と称する記事が否定的な結果が出た論文の発表後に書かれたことである。記事には臨床試験について一言も触れられていない。記事では「なぜ特効薬の開発は進んでいないのか」などと書かれていたけど、それは「ヒトを対象にした臨床試験で有効性が認められなかったから」である。
木原氏は「この後、正規の論文が発表されて」「ドネペジルは効果が証明されており、プレジデントの記事の通りとなって」いると主張した。その「正規の論文」の書誌情報を示すよう求めたものの木原氏から回答は得られていない。実際のところ、木原氏は学会発表の抄録と正規の論文を混同しているだけであろう。抄録では、すでに行われた臨床試験を再解析し「ドネペジルが有効なCOVID-19後遺症患者群を同定した」とあった。事後解析だけではドネペジルの効果を証明したことにはならない。あらためて「ドネペジルが有効なCOVID-19後遺症患者群」を定義し、その集団を対象に、ドネペジルを投与する群と対照群を比較する臨床研究を実施する必要がある。
今回の木原氏の発言は、その事後解析が正規の論文になったことがきっかけである。ただ、木原氏は論文そのものは読んでおらず、慈恵大学のプレスリリースしか読んでいない可能性が高いと私は推測している。なぜなら、論文を読めば、この研究が事後解析であること、その結果が仮説生成的なものであり、ドネペジルの有効性を証明したものではないことが理解できるはずだからである。その点は、私が以前から指摘してきた内容と矛盾しない。論文は以下で全文が読める。
ポイントを解説しよう。元のランダム化比較試験ではドネペジルの有効性は認められなかったが、著者らは新型コロナ後遺症患者の倦怠感にヒトヘルペスウイルス6B(HHV-6B)の再活性化に伴うSITH-1タンパク質の発現が寄与しているという仮説に基づき、サブグループ解析を行った。元試験で登録された110人のうち、感染後60日以上疲労が持続した73人を抽出し*1、さらに血中抗SITH-1抗体陽性者52人と陰性者21人に層別化した。52人のうち実薬(ドネペジル)群は26人、プラセボ(対照)群は26人だった。ちなみにこのサブグループ解析は、事前に予定されたものではなく、事後的に選定された*2。
解析の結果、抗体陽性群において、ドネペジルはプラセボと比較して、3週時点のHADSうつ病尺度スコアおよび8週時点のチャルダー疲労尺度スコアで統計学的に有意な改善を示した。ただし、8週時点のHADSうつ病尺度スコア、3週時点のチャルダー疲労尺度スコア、3週および8週時点のPHQ-9総スコアでは有意な改善は認められなかった。ちなみに元試験の主要評価項目は3週時点のチャルダー疲労尺度スコアである*3。本命の「3週間後の疲労感改善」は、サブグループ解析ですら有効性は証明できなかったわけである。
ここで多重比較の問題に気づいた読者もいるだろう。今回の解析では、3つの評価指標について3週時点と8週時点の比較が行われており、少なくとも合計6回の統計学的検定が実施されている。検定回数が増えれば増えるほど、偶然によって「有意差あり」という結果が出る可能性も高くなる。この点は著者らも認識しており、本研究では多重比較に対する補正としてFDR(False Discovery Rate)補正を実施している。その結果、抗SITH-1抗体陽性群で認められた3週時点のHADSうつ病尺度スコアおよび8週時点のチャルダー疲労尺度スコアの有意差は、補正後には統計学的有意差は認められなくなる。
まとめると、本論文で示されたのは、事後的に設定されたサブグループ解析において、さらに複数の評価項目・評価時点を対象とした検討の中で、一部の指標に名目上の有意差が認められたという結果に過ぎない。したがって、この研究から言えるのは、論文でも述べられているように、ドネペジルの有効性が「示唆された」程度であり、「治療薬を発見した」と結論づけることはできない。3週時点の疲労尺度スコアの改善は示されておらず、木原氏の「短時間ですっきりと解消してくれる薬までも突き止めた」という記述を裏付ける証拠にはならない。仮にドネペジルが有効であるとしても血中抗SITH-1抗体陽性者に限った話であり「医薬品がダメならサプリメントとしてでもいいので、認知症の診断なしに患者さんが手に入れられるようになんとかできれば」という近藤一博氏の発言は不適切である。
研究者やプレスリリースの受け売りを書くだけならジャーナリストとは言えないと私は考える。少なくとも原著論文を読み、理解するだけの能力は必要であろう。実際、今回紹介した論文には、このサブグループ解析は試験開始前に計画されたものではなく、試験終了後に実施された事後解析であること、そして結果は「探索的(exploratory)」「仮説生成的(hypothesis-generating)」なものとして解釈すべきであることが明記されている。さらに、この結果から直ちにドネペジルの有効性が証明されたとは言えず、抗SITH-1抗体陽性患者をあらかじめ対象として設定した前向き臨床試験による検証が必要であることを、著者ら自身が認めている。つまり、この論文が示しているのは「ドネペジルが有効かもしれない患者群を見いだした」という段階であって、「ドネペジルが新型コロナ後遺症に有効であることを証明した」という段階ではない。これは私が以前から指摘してきた内容そのものである。したがって、今回の論文は私の指摘が「根拠のない言いがかり」であったことを示すものではない。むしろ、事後解析から得られた結果は仮説生成にとどまり、別途臨床試験が必要であるという私の指摘の妥当性を裏付ける内容になっている。
木原氏は「誰か彼(名取氏)に…教えてやってくれるとありがたい」と自身のFacebookに書いている。別に誰かに頼まなくても、以前のように木原氏自身が当ブログにコメントしていただければよいのでは。その際は、丸山ワクチンに関するいくつかの質問にお答えいただけると幸いである。また、木原氏のFacebook読者の方々からのご意見やご質問も歓迎する。私は木原氏のFacebook投稿にリンクを張り、読者が元の発言を確認できるようにしている。同様に、木原氏が私のブログ記事へのリンクを示せば、読者は容易に双方の主張や根拠を比較したうえで判断できるだろう。もちろん、そのような相互参照を行うかどうかは木原氏の判断であり、私から無理に求めるつもりはない。ただ、議論の内容に自信があるのであれば、読者に両方の情報源を提示することに特段の支障はないように思われる。