NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

エホバの証人の「輸血拒否」に、医療機関はどこまで応じるべきか

宗教上の理由から輸血を拒否する「エホバの証人」の信者と、医療機関との間で訴訟が起きています。


■「診療拒否は違憲」 エホバの証人信者5人が沖縄県を提訴


報道によると、エホバの証人の信者5人が、輸血を受け入れないことを理由に県立病院で診療を断られたとして、沖縄県を相手取り損害賠償などを求めて提訴しました。同様の訴訟は、名古屋市立大や滋賀医科大、熊本大に対しても起こされています。

個人的には臨床医としてエホバの証人の患者さんを診療した経験はありますが、内科ということもあって輸血するかどうかシビアな決断をしたことはありません。とはいえ、病態が違えば、そうした判断を迫られていた可能性は十分にあります。決して他人ごとではない問題です。エホバの証人の輸血拒否に関係する論点は多岐にわたりますが、今回の事例は未成年ではなく成人、また緊急時ではなく時間的な余裕のある状況での話です。そこで、ここでは成人の待機手術に話を限ります。それでも、存外、複雑な問題です。

まず、前提として、成人患者が輸血を受けるか受けないかの自己決定は「個人の権利」として尊重されるべきです。たとえ、輸血しなければ生命の危険がある場合であってもです。この点については広く認められています。輸血拒否の意思表示を明確に示した患者に対し、手術中に救命のため無断で輸血した事例は、医師側が敗訴したという判例があります*1。主な理由は説明義務違反です。ざっくばらんに言えば「万が一のときには輸血をするという方針を前もって説明しないのは、患者の『だったら手術をやめる』という自己決定権を侵害してるからダメだろ」ということです。

患者の自己決定権が尊重されることは当然として、医療機関側にもどんな場合も輸血をしないという条件(「絶対的無輸血」)で手術を引き受ける義務はありません。また、「できるだけ輸血をしないという方針でいくけど、万が一のときは救命のために輸血するよ(「相対的無輸血」)」と前もって説明していれば、説明義務違反にはなりません。説明を受けたうえで、その病院で手術を受けるか受けないかは、患者さんが決定すればいいという考え方です。今回、提訴された沖縄県の県立病院もそのような方針を取っています。こうした方針の医療機関は珍しくありません。

患者さんの命を預かる医療人として『いかなる場合でも輸血をしない』という制限のもとでは治療本来の「救命」が達せられません

こうした方針でおおむねトラブルはなかったのですが、最近になって訴訟が相次いでいます。エホバの証人側に何らかの方針変更があった可能性があります。個人的な推測ですが、相対的無輸血方針の医療機関が多くなった結果、エホバの証人の患者さんが受診できる病院がきわめて限られてきたためではないかと考えます。滋賀医科大学医学部附属病院が、エホバの証人の患者さんの白内障手術をめぐって提訴された事例もあります。白内障手術で輸血が必要になることは通常まずありません。それでも病院として相対的無輸血の方針を採っている以上、「できる限り輸血はしないが、生命を救うためにどうしても必要になれば輸血する」という方針をあらかじめ説明し、患者さんの意思を確認することになります。でないと、万が一のときに説明義務違反で負けます。

一方、患者側からすれば、輸血しないと死ぬかもしれないような手術だけでなく、白内障手術のように通常は輸血を必要としない治療であっても、万一の場合の輸血に同意しなければ治療を受けられないことになります。近くに絶対的無輸血方針の医療機関があればよいのですが、必ずしもあるとは限りません。遠方の医療機関まで出向かなければならなかったり、場合によっては治療を受けられる医療機関そのものを見つけるのが難しかったりするでしょう。そうなると、単なる「不便」の問題ではなく、医療へのアクセスが実質的に制限されていることになります。こうした状況をなんとかしたい、というのが今回相次いでいる提訴の背景にあるのでしょう。

輸血を受けるかどうかを自分で決めることも、必要な医療にアクセスできることも、患者にとって重要な権利です。受診できる医療機関が著しく限られているのであれば、それを問題として訴訟という形で問い直そうとするのも理解できます。一方で、だからといって個々の医療機関や医療者に、絶対的無輸血という条件で手術を引き受けるよう強制することは難しいです。輸血すれば救命できるのに、目の前で患者さんの状態が悪化し亡くなっていくという心理的負担は、医師としてけっこうキツイっすよ。地域医療を支えるために労働条件が少々悪くても公立病院で働こうという熱心で志の高い医師にとっては余計にそうでしょう。冒頭で「存外、複雑な問題」と述べたのはこのような理由からです。解決する手段は思いつきません。


大腸がん検診を受けよう…それはそれとして大腸がん検診を受けていても大腸がんで死ぬことはある

作家の東野圭吾さんが大腸がんで亡くなったと報じられた。SNSでは「大腸がん検診を受けていなかったのだろうか」といった声も見られる。実際のところはどうだったのか私は知らないが、仮に大腸がん検診を受けていたとしても、大腸がんで亡くなることはある。

大腸がん検診は、大腸がん死亡を減少させることが証明された、有効性のあるがん検診である。現在の日本では、40歳以上に対して年に1回の便潜血検査による大腸がん検診が推奨されている。該当する人たちは、ぜひ大腸がん検診を受けることをおすすめする。症状がなくても検診を受けよう。というか、症状がない人たちががん検診の対象である。便通異常や血便といった症状があれば、検診を待たず、すみやかに医療機関に受診すべし。


便潜血検査による大腸がん検診の有効性はどの程度か?

さて、「大腸がん検診を受けていても大腸がんで亡くなる人もいる」ことと「大腸がん検診は大腸がん死を減少させる」ことは両立する。大腸がん検診は有効だが一方で限界もあり、大腸がん死を完全に防ぐことはできない。「検診さえ受けていれば大腸がんで死ぬことはない」という考えは誤解である。

「そうは言っても、中には検診で防げない大腸がん死もあるものの、多くは防げるんでしょ」とお思いの方もいるだろう。しかし、臨床的証拠に基づけば、むしろ大腸がん死の多くは検診でも防げず、中には検診で防げる大腸がん死もある、という表現のほうが正確である。一般的に、がん検診の利益は過大評価されがちだ。

複数のランダム化比較試験を統合したコクラン・システマティックレビューによると、便潜血検査による大腸がん検診は、大腸がん死亡の相対リスクを16%減少させることが示されている*1。検診を行わなければ100人が大腸がんで亡くなる集団があるとする。便潜血検査による大腸がん検診を受ける機会を提供すると、16人の大腸がん死を防げるが、84人の大腸がん死を防ぐことはできない。

コクランレビューで用いられた便潜血検査は現在日本で使われているものより性能が低く、さらに受診しなかった人も解析に含まれているため、実際の死亡リスク減少は16%より大きいと考えられる。とは言え、有効性のおおよその目安はご理解していただけたであろう。


内視鏡による大腸がん検診はどうか?

「便潜血検査は精度が低い。最初からいわゆる大腸カメラ、下部消化管内視鏡を行えばよいのだ」という意見もある。しかし、がん検診の有効性は感度・特異度だけでは決まらない。現在のところ、全大腸内視鏡検査による大腸がん検診は、日本では推奨グレードC、科学的根拠が十分ではないため対策型検診としては勧められていない*2。海外では、内視鏡による大腸がん検診も推奨の対象になっているが、同時に便潜血も推奨されており、優劣はつけられていない。

内視鏡の感度は高いが、やはり大腸がん死を完全に防ぐことはできない。最近の論文を紹介しよう。2026年5月のLancet誌。

■Long-term effects of colonoscopy screening on colorectal cancer incidence and mortality: a multicountry, population-based randomised controlled trial - PubMed

ノルウェー、ポーランド、スウェーデンの55~64歳の男女8万人超を対象としたランダム化比較試験。13年の追跡後、大腸内視鏡検査によるスクリーニング群において大腸がん死は28217人中106人(0.41%)、非スクリーニング群では56366人中236人(0.47%)。相対リスクは0.88、95%信頼区間は0.68~1.08。大腸がん死を完全に防ぐことができないどころか、有意差がない。

死亡率に有意差がないからといって大腸内視鏡検査による大腸がん検診の有効性が否定されたわけではない。大腸がんの発生率はスクリーニング群1.46%対対照群1.80%で、相対リスク0.81、95%信頼区間0.71~0.90と、有意に減少している。死亡率の差が非有意となった要因としては、大腸がん死亡率が事前想定を下回り、統計学的検出力が不足したことが挙げられている。抗がん剤を中心とした治療の進歩によって、大腸がん全体の死亡率自体が低下したためと考えられる。


内視鏡と便潜血、どちらがよい?

コクランレビューは、現在よりかなり以前に実施された便潜血検査の研究をまとめたものであり、現在の内視鏡検査と比較することはできない。参考になるのは、最近行われた内視鏡対便潜血を比較したランダム化比較試験であろう。2025年4月のLancet誌。

■Effect of invitation to colonoscopy versus faecal immunochemical test screening on colorectal cancer mortality (COLONPREV): a pragmatic, randomised, controlled, non-inferiority trial - PubMed

スペインの50~69歳の男女5万人超を対象にしたランダム化非劣性比較試験。大腸がん死は内視鏡群0.22%、便潜血群0.24%で有意差なし(非劣性)*3。非劣性であれば、集団においては、内視鏡よりも費用や侵襲性の面で優れる便潜血検査を一次検査に使用するほうが合理的である。

日本でも、全大腸内視鏡検査対便潜血反応検査のランダム化比較試験が進行中である(大腸内視鏡検査の有効性評価のためのランダム化比較試験、UMIN000001980)。フォロー終了予定日が2026年3月なので、そのうち結果が発表されることを期待したい。結果次第では、日本の大腸がん検診の推奨が変更されるかもしれない。

まとめると、内視鏡と便潜血、どちらがよいかはまだわかっていない。差があるとしても小さい。とくにこだわりがなければ、市町村が推奨する検診を受けておくのが無難であろう。


*1:https://www.cochrane.org/evidence/CD001216_screening-colorectal-cancer-using-faecal-occult-blood-test-hemoccult

*2:■大腸がん | 国立がん研究センターがん対策研究所

*3:ただし、この結果は「検診を受けたかどうかにかかわらず、検診を勧められた人全員」を対象にした解析(intention-to-screen;ITS)である

ドネペジルがコロナ感染後疲労を改善させると証明されたのか?論文を読んでみた

医療ジャーナリストを自称しておられる木原洋美氏のFacebookによれば、私こと名取宏による指摘は「根拠のない言いがかり」であることが証明されたそうである。


■(3) 木原 洋美 - 名取宏氏のSNS上での私に対するくだらない誹謗中傷が、氏の早とちりによる根拠のない言いがかりであることが証明されました... | Facebook


事実は、私の指摘が誤っていたのではなく、何を指摘されたのか木原氏が理解できていないだけである。木原氏のいう「くだらない誹謗中傷」とは、認知症治療薬「ドネペジル(商品名アリセプト)」が病的疲労に効果があることが証明されたとする木原氏のプレジデントオンラインの記事に対する批判のことである。以下、Xのポストとブログをリンクする。





■否定的な臨床試験の結果が出たのに「劇的に効く!」ことにする手口 ―病的疲労とドネペジルの事例から.



新型コロナウイルス感染症後遺症における慢性疲労に対しドネペジルの有効性を評価した二重盲検は否定的な結果だった。主要評価項目も副次評価項目も有意差なし。ポイントは、「治療薬を発見した」と称する記事が否定的な結果が出た論文の発表後に書かれたことである。記事には臨床試験について一言も触れられていない。記事では「なぜ特効薬の開発は進んでいないのか」などと書かれていたけど、それは「ヒトを対象にした臨床試験で有効性が認められなかったから」である。

木原氏は「この後、正規の論文が発表されて」「ドネペジルは効果が証明されており、プレジデントの記事の通りとなって」いると主張した。その「正規の論文」の書誌情報を示すよう求めたものの木原氏から回答は得られていない。実際のところ、木原氏は学会発表の抄録と正規の論文を混同しているだけであろう。抄録では、すでに行われた臨床試験を再解析し「ドネペジルが有効なCOVID-19後遺症患者群を同定した」とあった。事後解析だけではドネペジルの効果を証明したことにはならない。あらためて「ドネペジルが有効なCOVID-19後遺症患者群」を定義し、その集団を対象に、ドネペジルを投与する群と対照群を比較する臨床研究を実施する必要がある。

今回の木原氏の発言は、その事後解析が正規の論文になったことがきっかけである。ただ、木原氏は論文そのものは読んでおらず、慈恵大学のプレスリリースしか読んでいない可能性が高いと私は推測している。なぜなら、論文を読めば、この研究が事後解析であること、その結果が仮説生成的なものであり、ドネペジルの有効性を証明したものではないことが理解できるはずだからである。その点は、私が以前から指摘してきた内容と矛盾しない。論文は以下で全文が読める。



■Frontiers | Donepezil ameliorates fatigue and depression in PASC patients with HHV-6B SITH-1-induced acetylcholine deficiency



ポイントを解説しよう。元のランダム化比較試験ではドネペジルの有効性は認められなかったが、著者らは新型コロナ後遺症患者の倦怠感にヒトヘルペスウイルス6B(HHV-6B)の再活性化に伴うSITH-1タンパク質の発現が寄与しているという仮説に基づき、サブグループ解析を行った。元試験で登録された110人のうち、感染後60日以上疲労が持続した73人を抽出し*1、さらに血中抗SITH-1抗体陽性者52人と陰性者21人に層別化した。52人のうち実薬(ドネペジル)群は26人、プラセボ(対照)群は26人だった。ちなみにこのサブグループ解析は、事前に予定されたものではなく、事後的に選定された*2。

解析の結果、抗体陽性群において、ドネペジルはプラセボと比較して、3週時点のHADSうつ病尺度スコアおよび8週時点のチャルダー疲労尺度スコアで統計学的に有意な改善を示した。ただし、8週時点のHADSうつ病尺度スコア、3週時点のチャルダー疲労尺度スコア、3週および8週時点のPHQ-9総スコアでは有意な改善は認められなかった。ちなみに元試験の主要評価項目は3週時点のチャルダー疲労尺度スコアである*3。本命の「3週間後の疲労感改善」は、サブグループ解析ですら有効性は証明できなかったわけである。

ここで多重比較の問題に気づいた読者もいるだろう。今回の解析では、3つの評価指標について3週時点と8週時点の比較が行われており、少なくとも合計6回の統計学的検定が実施されている。検定回数が増えれば増えるほど、偶然によって「有意差あり」という結果が出る可能性も高くなる。この点は著者らも認識しており、本研究では多重比較に対する補正としてFDR(False Discovery Rate)補正を実施している。その結果、抗SITH-1抗体陽性群で認められた3週時点のHADSうつ病尺度スコアおよび8週時点のチャルダー疲労尺度スコアの有意差は、補正後には統計学的有意差は認められなくなる。

まとめると、本論文で示されたのは、事後的に設定されたサブグループ解析において、さらに複数の評価項目・評価時点を対象とした検討の中で、一部の指標に名目上の有意差が認められたという結果に過ぎない。したがって、この研究から言えるのは、論文でも述べられているように、ドネペジルの有効性が「示唆された」程度であり、「治療薬を発見した」と結論づけることはできない。3週時点の疲労尺度スコアの改善は示されておらず、木原氏の「短時間ですっきりと解消してくれる薬までも突き止めた」という記述を裏付ける証拠にはならない。仮にドネペジルが有効であるとしても血中抗SITH-1抗体陽性者に限った話であり「医薬品がダメならサプリメントとしてでもいいので、認知症の診断なしに患者さんが手に入れられるようになんとかできれば」という近藤一博氏の発言は不適切である。

研究者やプレスリリースの受け売りを書くだけならジャーナリストとは言えないと私は考える。少なくとも原著論文を読み、理解するだけの能力は必要であろう。実際、今回紹介した論文には、このサブグループ解析は試験開始前に計画されたものではなく、試験終了後に実施された事後解析であること、そして結果は「探索的(exploratory)」「仮説生成的(hypothesis-generating)」なものとして解釈すべきであることが明記されている。さらに、この結果から直ちにドネペジルの有効性が証明されたとは言えず、抗SITH-1抗体陽性患者をあらかじめ対象として設定した前向き臨床試験による検証が必要であることを、著者ら自身が認めている。つまり、この論文が示しているのは「ドネペジルが有効かもしれない患者群を見いだした」という段階であって、「ドネペジルが新型コロナ後遺症に有効であることを証明した」という段階ではない。これは私が以前から指摘してきた内容そのものである。したがって、今回の論文は私の指摘が「根拠のない言いがかり」であったことを示すものではない。むしろ、事後解析から得られた結果は仮説生成にとどまり、別途臨床試験が必要であるという私の指摘の妥当性を裏付ける内容になっている。

木原氏は「誰か彼(名取氏)に…教えてやってくれるとありがたい」と自身のFacebookに書いている。別に誰かに頼まなくても、以前のように木原氏自身が当ブログにコメントしていただければよいのでは。その際は、丸山ワクチンに関するいくつかの質問にお答えいただけると幸いである。また、木原氏のFacebook読者の方々からのご意見やご質問も歓迎する。私は木原氏のFacebook投稿にリンクを張り、読者が元の発言を確認できるようにしている。同様に、木原氏が私のブログ記事へのリンクを示せば、読者は容易に双方の主張や根拠を比較したうえで判断できるだろう。もちろん、そのような相互参照を行うかどうかは木原氏の判断であり、私から無理に求めるつもりはない。ただ、議論の内容に自信があるのであれば、読者に両方の情報源を提示することに特段の支障はないように思われる。



*1:これも事後的な解析。60日以内の登録者を含めるか含めないかでも統計学的検定の施行回数が増え、多重性の問題が生じる

*2:解析対象となったバイオマーカーは抗SITH-1抗体だけではないのかもしれない。複数のバイオマーカーについて再解析し、有効そうなもののみを発表したのかもしれない。やはり多重性の問題が生じる

*3:https://jrct.mhlw.go.jp/latest-detail/jRCT2031220510