NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

テクテクライフ利根川渡河作戦

位置情報ゲーム『テクテクライフ』をはじめてみた

位置情報ゲームは、Ingressを数年間はプレイした。たいへん楽しかったが、あるときご近所の味方のエージェント(プレイヤー)に補足されて、コミュニティに誘われたところでやめた。飽きていたこともあったが、人間関係をわずらわしいと感じたからだ。ポケモンGOもしばらくやったが、レイドバトル(協力プレイ)が導入されたあたりで脱落した。位置情報ゲームは好きなので何かないかと考えていたところ、「テクテクライフ」というゲームをやってみた。


■テクテクライフ公式サイト


はじめてから2ヶ月ぐらい経ったが、なかなか面白い。基本は通った場所の地図をただ塗っていくだけ。競争も協力もない。ひたすら孤独に塗る。こういうのでいいんだよこういうので。移動スピードが早いからといってペナルティはないので、効率だけを考えるなら、ゲームの名称に反して、テクテク歩くのではなく鉄道や車などの乗り物に乗って移動するのがいいのだが、新型コロナウイルス感染症の流行でなかなか遠出ができない。もっぱら散歩および通勤で塗っている。

以前から休日には、1~2時間ぐらいかけた散歩に出かけるのだが、散歩する楽しみが増えた。IngressやポケモンGOでも「近所だけど行ったことのない場所」に行く機会ができて面白かったが、テクテクライフはポータルやポケストップのような特定の場所でなくても行く必要がある。通ったことのない小径に入り、見事な梅の木を見つけたりする。また、立ち止まって特定の場所で操作する必要がないのもいい。同行者に待ってもらわなくてもいいからだ。歩きスマホをさせないための工夫だとのこと。

通勤は同じ場所ばかり通るので新しく塗れるところはもうない。「ふだんの生活圏を塗ってしまったら、あとはやることが少ない」というのがテクテクライフの欠点である。旅行ができない現状ではなおさらそうだ。その救済措置というわけではないが、現在地以外の場所を塗る機能がついている。その一つが「街区ガチャ」だ。ゲーム内通貨を支払うことで全国のどこかの場所をランダムに一か所だけ塗れる。ちなみに課金しなくても実績解除やデイリーボーナスでゲーム内通貨は容易に手に入る。

自宅から遠いところも塗れる

いったん自宅から遠い場所を「街区ガチャ」で塗れば、その場所に接している場所を「となりぬり」することもできる。「となりぬり」は一定量のスタミナを消費するが、スタミナはゲーム内通貨や時間で回復する。私は最初に引いたガチャで千葉市美浜区打瀬を引いた。千葉市は行ったことがないし、これから行く機会があるかどうかわからないが、これがご縁で打瀬を起点に、毎日千葉市を塗りまくった。千葉市を4%塗ったぐらいで他の都道府県を塗りたくなった。各都道府県を塗ると実績解除になるのだ。

さて、どこを塗ろうか。どうせなら、行く機会の少ないところを塗りたい。東京都は今後、行く機会がある。そこで茨城県を目指して北上した。しかし、千葉県と茨城県の県境には利根川があったのだ。「となりぬり」は距離が遠いと塗れない。利根川ほどの広い川は越せないのである。

川なら上流に行けば細くなる。いつかは越えられるはずだ、と思って利根川の千葉県側をさかのぼっていたが、野田市で詰まった。野田市は西は江戸川、東は利根川で、合流地点から上流へは行けない。ええ?千葉県って川にはさまれていなかったっけ?「となりぬり」では千葉県から出られないのでは?*1

もう一回「街区ガチャ」を引けばいいだけの話だが(使わないのでゲーム内通貨は大量にたまっていた)、それでは何かに負けた気がする。そこで気が付いた。野田市は一部利根川の向こうにある。

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野田市の一部は利根川の茨城県側にある(赤矢印は加工)。どっかで見たような覚えがあったが、PATOさんの■千葉県の県境はぜんぶ川らしいので歩いて確かめてきた | SPOTだった。

なんとかして利根川を渡れ

これを利用すれば利根川を渡れるのではないか。作戦はこうだ。まず野田市のどこかの地区を80%以上塗る。利根川のこっち側が大半だから80%は塗れるはずだ。地区の80%以上を塗ると「はなれぬり」が使える。「はなれぬり」では、「となりぬり」できない街区も塗れる。ただ、「はなれぬり」はゲーム内通貨では使えない。月額780円か、3時間120円か、8時間250円かが必要だ。無料の体験コースもある。というかすでに私は月額780円を課金済みであった。利根川渡河作戦の開始である。

ひたすら野田市木野崎を塗った。1日では塗れない。ちまちまとスタミナの回復を待ちつつ、塗る。塗る。ゴルフ場は区域が細かくて塗るのが面倒だ。

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やっと64%。


塗り面積割合に応じて水色が濃くなる。ちなみに、木野崎の南の三ツ堀が濃いのは、当初、三ツ堀地区から渡河しようとして失敗したから。野田市については、醤油問屋の若旦那がいたことと、春風亭一之輔師匠の出身地であることぐらいしか知らなかった。野田市の木野崎となるとテクテクライフをプレイしていなければ、一生ご縁がなかったかもしれない。いつか現地にも行って、千葉県と茨城県の県境を歩いて越えたい。

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無事、木野崎地区を、80%塗ることができた。


木野崎地区を80%以上塗ったところ、「ぬり残し表示機能」を使って、利根川の向こう側にぬり残した街区を「はなれぬり」することができた。無事に利根川を渡り、茨城県を塗ることができた。作戦成功だ。その後、北上し、群馬県の東端、埼玉県の東北端を塗ってそれぞれ実績解除した後に、現在は福島県を目指して栃木県を北上中である。


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■Ingressと健康

*1:後日、江戸川の川幅の狭いところから春日部市南部へ渡れることに気づいた

ワクチンを接種しない人を批判してはいけない

新型コロナウイルスワクチンが、日本でも今年の2月から順次接種される予定だ。発症予防と重症化予防の効果は確かで、短期的な安全性も海外で数万人単位の臨床試験および千万人単位での実地での接種が済んでおりほぼ確認されている。重篤な副作用はあるが頻度は十分に小さく、害より利益が上回るのは明確だと私は判断し、順番が来た時点ですみやかに接種を受けるつもりである。

しかしながら、他者への感染予防効果については、効果は示唆されるものの、現時点では確実とは言えない*1。また、当然のことであるが1年以上を単位とした長期的な副作用の有無はまだわからない。ワクチンを接種するのをためらい、保留する人がいるのは当然のことだ。あるいは、どんなにまれであっても重篤な副作用が起きる可能性があるワクチンを接種したくない人もいるであろう。

どのような医療を受けるかを決める権利は本人にある*2。もちろん、ワクチンについてもそうだ。ワクチン接種が強制されたり、ワクチンを接種しないことを選択した人が責められたりすることがあってはならない。同調圧力によって、事実上の強制となるのもよくない。

新型コロナウイルスに感染すると重症化しやすい高齢者や基礎疾患のある人と接する機会のある、医療従事者や施設職員についても、原則としてワクチン接種が強制されてはならない。そもそも感染予防効果はまだ不明確であるし、よしんば将来、感染予防効果が明確になったとしても、強制ではなく推奨に留めるべきである。自発的なワクチン接種率が低い場合、感染症に弱い人たちが安全に過ごせる権利と医療従事者・施設職員が自らが受ける医療を選択する権利が両立できないジレンマが生じるかもしれないが、どちらの権利も尊重されるべきであり、安易にどちらかの権利が無視されてはならない。

なお、ワクチンについての不正確な情報発信や不安を煽る報道を批判してならないとは言っていないことに注意していただきたい。ワクチンを不安に思い接種しないことと、ワクチンの不安を煽って他者にワクチン接種を忌避させることは、明確に区別されるべきだ。理想は、すべての人がワクチンについての正しい情報にアクセスでき、自分の意思でワクチンを受けるかどうかを決定できることである。ワクチンを接種しない人を批判してもこの理想に寄与しない。

それに、新型コロナワクチンが十分なだけ供給されるのはかなり先の話だ。とりあえず接種したい人にどんどん接種すればいい。ワクチン接種をしたくない人に、なぜ接種しないのか問い詰めるのはよくない。接種しない本当の理由は、注射は痛いからとか、単に面倒だとか、なんとなく嫌とか、だったとしても、問い詰められたら、「早すぎる開発・承認は信頼できない」とか「長期的な副作用が心配」とかもっともらしい答えを考えるだろう。どうかするとネット上で見かけた陰謀論の類いを答えるかもしれない。一度口にすると、一貫性を保つため、ワクチンが余るようになっても忌避し続けかねない。ワクチンを接種したくない人には、「そうなんだ。じゃあ私、先にコロナワクチン打つね」ぐらいのテンションで対応するのがよいのではないかと考える。

接種がはじまったらワクチンとの因果関係の有無に関わらず重篤な副作用が疑われる事例は必ず出るし、副作用の不安を煽るマスコミも必ず出る。もちろん、不適切な報道に対する批判をしてもよいが、副作用を訴えた本人や家族を批判するべきではない*3。そして、副作用が疑われる事例には補償も含めて適切に対処し、十分な調査を行い、データを公開する。

ワクチンを接種したい人だけが接種し、粛々と安全性と効果のデータを積み上げるほうがよいと思われる。というか、実際問題、本当の強制なんてできないのでそうするしかない。安全性と効果の十分なデータがそろったとしても、全員がワクチンを自発的に接種することはないだろう。むしろそのような社会は不健全だ。全員ではないにせよ多くの人が自発的にワクチンを接種し、一定数以上の人が免疫を獲得できれば流行はおさまる。そこを目指そう。

*1:程度はともかく感染予防効果もあるに決まっていると個人的には考える。発症予防効果が95%で感染予防効果が0%なんてきわめて考えにくい

*2:未成年の場合は医療水準や社会通念に照らして適切だとされている医療を親権者が受けさせないのは医療ネグレクトに相当するが、現時点では新型コロナワクチンは小児は対象外なのであまり考えなくもよい

*3:しばしば「反ワクチン」側は、不安を煽るデマに対する批判を「被害者」に対する批判にすり替える。医療者のごくごく一部であっても、ワクチン「被害者」を非難するような発言があれば、彼らは「ワクチン接種率が低いのは、デマのせいではなく、医療者が被害者を非難するからだ」と主張するだろう。彼らに口実を与えてはいけない

「低気圧の体調不良には五苓散が効く」のか?

要約:「低気圧の体調不良」という病態は存在する。「低気圧の体調不良には五苓散が効くという研究」はあるが質は高くない。とは言え、実地臨床では五苓散のような漢方薬は有用である。


ちょちょんまゲさんから、「低気圧の体調不良には五苓散が効くという研究」について評価してほしいというご要望があった。



もともとは、■水素水や血液クレンジングなど『疑似科学』を科学的に評価している明治大学のウェブサイト Gijika がなかなか良い仕事していると話題にというTogetterまとめについた『個人的には「低気圧で体調不良」が市民権を得ているのが気になっている。(台風接近より、「新幹線で東京から軽井沢」の方が急激に倍くらい気圧は下がる)』というid:IthacaChasmaさんのブックマークコメント、および、id:kalcanさんの『低気圧の体調不良には五苓散が効くという研究があり実際に処方されるのに、それを疑うコメントに星が集まるところが科学的とは何かを考えさせられる』というさんのブックマークコメントがきっかけだと思われる。

最初の私の感想は「低気圧の体調不良には五苓散が効くという研究」は、おそらくあるのだろう。症例報告なのかケースシリーズなのかコホート研究なのか症例対照研究なのかランダム化比較試験なのかは知らないが。漢方薬はかなり質の高い研究が行われていることがあるので油断ならない。「低気圧の体調不良」という病態の存在については、症例の定義からして難しいので、そんなに質の良い研究があるのは考えにくい。ただ、気圧と体調不良の関係は一般社会では存在は信じられており、実地臨床でもそのように訴える患者さんはまれではない。別に既存の科学知識と矛盾する病態であるわけでもないし、気圧と体調不良の関係を積極的に疑う医師はほとんどいないと思われる。

よく知らない医学知識はまずググる

「思われる」でお返事してもよかったが、興味もあったので調べてみた。ついでに、よくわからない医学知識について調べるときの私のよくやるやり方を順に述べてみる。それぞれのやり方があってこれが正解というものではないが、参考になれば幸いだ。

漢方薬についての医学論文を検索するのは難しい。ことに英文では。そこで、まずGoogle先生に聞いてみた。ご存知のようにウェブ上の医学情報は玉石混交であるが、基礎的な知識や、次のステップで論文を検索するための用語を得るには有用だ(もちろんあとで信頼できる文献で裏を取る。これが大事)。それに最近はアルゴリズムが改善されてGoogle検索の質も良くなっている。

検索ワードはそのまま「低気圧の体調不良には五苓散が効くという研究」。ざっと、開業医、和文医学雑誌、製薬会社のサイトなどがみつかった。一般論として開業医のサイトは質の振れ幅が大きく、とんでもないデタラメが載っているものもあれば、ものすごくレベルが高いサイトもある。和文医学雑誌は必ずしも学術的にレベルが高いわけではないけど一定の質は確保されており、実地臨床で使われている状況を知ったり文献を探す参考になる。製薬会社のサイトはあからさまなトンデモはまれだけど強い利益相反があり注意を要する。

私が検索した時点でのGoogle検索1位は、


■”雨が近づくと起こる頭痛”に五苓散 | フォレスト呼吸器内科クリニック町田 | 町田駅


標準的な漢方医学に基づくと思われる。漢方医学は国際的には代替医療に分類され標準的と呼ぶのはおかしいのではあるが、日本ローカルでは一大ジャンルであり、体系だった学問とみなされており、保険診療で漢方薬を処方することも可能だ。このサイトでは『五苓散は「雨の前日に悪化する頭痛」の90%に有効』という文献が紹介されている。

1)灰本元他:慢性頭痛の臨床疫学研究と移動性低気圧に関する考察(五苓散有効例と無効例の症例対照研究)Φυτο1(3):4-9,1998.

1998年とちょっと古く、日本語タイトルの論文であるので、それほど質の高いエビデンスとは考えにくい*1。それから雑誌名がよくわからない。ロシア語なの?「90%に有効」といっても、自然治癒やプラセボ効果を含んでの数字ではないかと直感的には思われる。入手可能なら後で読んでみることにして次に行く。

Google検索2位は、


■雨の前の頭痛(気圧低下に伴う頭痛)× 五苓散[漢方スッキリ方程式(1)]|Web医事新報|日本医事新報社


医師向けの簡単な症例報告および解説記事であって学術的なものではない。器質的異常なく緊張型頭痛とされていた40歳女性の慢性頭痛が五苓散で改善した、というものだ。ここでも灰本らの研究が引用されている。ミクロレベルの水が脈管から漏れて脳浮腫を起こし頭痛が生じるという仮説が提示されているが、臨床レベルではメカニズムの重要性は相対的には低い。それよりも「雨の前に悪化する頭痛に対して五苓散を投与すると有効率が高い」という記述がどれぐらい確からしいのか重要である。ここでも90.5%に有効とある。ホントかなあ。

Google検索3位は、


■ロート キアガード | ロート製薬: 商品情報サイト


五苓散のOTC薬(処方箋なしで買える薬)の紹介・宣伝であった。専門家へのインタビューはあるが文献の紹介はない。「天気頭痛」「気圧頭痛」「低気圧頭痛」という病名が挙げられている。あとで医中誌先生に聞いてみよう。

医学論文を検索する

漢方薬の研究なので、日本語の医学論文データベースである「医中誌」(医学中央雑誌刊行会によるサービス)でまず調べたかったのであるが、有料サービスで自宅からは使えない。先に「PubMed」(アメリカ国立医学図書館の提供する医学論文データベース)で調べてみようとした。が、英語で低血圧頭痛ってなんていうんだろう?low pressure headahce?それだと気圧じゃなくて血圧が低下したときに起こる頭痛のように見えるなあ。ふと思いついてrain headacheでGoogle先生に聞いてみたところ、■Barometric Pressure Headaches: What You Should Knowというサイトが引っかかった。はい、"Barometric Pressure Headaches"という用語、いただきました。Barometric Pressure Headachesだと、「気圧」という意味だけで「低気圧」とは限らないし、また「頭痛」だけではなく「低気圧の体調不良」全般はどうなのか、という疑問が湧くが、とりあえず置いといて、Barometric Pressure HeadachesをPubmed先生に聞いてみると29件。引っかかってくる論文が多ければ、系統的レビューやメタ解析に絞ったり、一定のインパクトファクター以上の雑誌に掲載された論文だけに絞ったりするが、今回は29件だけなので一通り眺めてみた。Best matchで1位が


■Headache and Barometric Pressure: a Narrative Review - PubMed


論文総数29件で、1位の論文がNarrative Reviewというのは、それほど詳しく調べられてはいない病態なのかなあと思われる。2位が、


■Randomized Controlled Trial Examining the Effects of Balloon Catheter Dilation on "Sinus Pressure" / Barometric Headaches - PubMed


なんとランダム化比較試験。sinus pressure headache(副鼻腔炎はないが副鼻腔の圧の変化で副鼻腔炎のような症状を呈する頭痛のことらしい)に対し、副鼻腔の入り口をバルーンで拡張する介入群と、単に鼻腔内で拡張する対照群に分けて、6か月間観察したが頭痛の程度には差がなかった。入口を広げて空気を通りやすくすれば頭痛が治るのでは、という仮説に基づいてのことだろう。興味深いけど「低気圧の体調不良」とはちょっと違うような気がする。3位が


■Triggers, Protectors, and Predictors in Episodic Migraine - PubMed


片頭痛の悪化のトリガーがいくつかあってそのうちの一つが気圧という話。"most likely low barometric pressures are migraine triggers(低気圧が片頭痛のトリガーになっている可能性が高い)"との記載あり。4位の


■Influence of barometric pressure in patients with migraine headache - PubMed


にも"Barometric pressure change can be one of the exacerbating factors of migraine headaches.(気圧の変化は片頭痛の悪化要因の一つになりうる。)"とある。そのほか、目についた研究はこれ。


■Weather and headache onset: a large-scale study of headache medicine purchases - PubMed


日本からの論文。頭痛薬の購入数と気象の関係を調べた。市販薬のうちのロキソプロフェン(代表的な商品名ロキソニン)の売り上げの割合は、平均気圧の低下、降水量の増加、湿度の上昇があると増加することが示された。ユニークで興味深い研究だと思う。なお、29件の論文の中には気象によるものだけではなく、飛行機や高山での頭痛の論文も結構混じっていた。治療に関する論文は副鼻腔の入り口をバルーンで拡張したランダム化比較試験以外には見当たらない。漢方薬の研究もPubmedでは引っかからない。

私の個人的な意見では「気象と体調不良の関係があってもまったく不思議ではなく、よって低気圧から頭痛が起こることはありうる。ただ、実際には必ずしも低気圧だけが影響しているのではなく、低気圧および湿度や温度変化やそのほかもろもろの気象条件が影響しているのだろう」ぐらい。

勤務先の病院では医中誌が使える。なんと「天気頭痛」「気圧頭痛」「低気圧頭痛」では検索に引っかからない。「気象病」では58件。うち、無料で全文読めるのは10件。そのうちの最新の1件のURLを紹介する。「低気圧で体調不良」という病態があるかどうかは、これを読んでもらえればよろしかろうと思う。


■気象変化と痛み


否定的な報告もあるものの、疫学レベルに加え、実験室におけるヒトへの暴露実験、動物実験と広く証拠があり、「低気圧で体調不良」という病態の存在は確かだと思われる。

治療についてはどうか。「気象病 五苓散」で医中誌検索すると2件引っかかるが、一つは症例報告、もう一つは「漢方薬の中の五苓散の投与が、気象病に伴う舌痛症の痛みに対してどの程度の痛み軽減の効果を現すかを科学的に検討した」とあるが詳細がわからない。

『五苓散は「雨の前日に悪化する頭痛」の90%に有効』という研究

本命の『五苓散は「雨の前日に悪化する頭痛」の90%に有効』という灰本元他の論文は医中誌では検索できない。CiNii(国立情報学研究所の学術情報データベース)やGoogle Scholarで該当論文にたどり着くのは容易だが全文どころか要約も見つけることはできなかった。あまりよいことではないが、仕方ないので孫引きする。「医療法人瑞心会渡辺病院」の「実践漢方講演会」のスライドより。


■初学者のための漢方入門セミナー~漢方診察を知らなくても使える漢方~

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頭痛に対する五苓散の有効要因

「データの裏付けのある方剤」として灰本らの研究が紹介されている。3か月以上の慢性頭痛患者を対象に、五苓散を42例に投与し、うち21例が有効だった。頭痛に対する五苓散の有効要因として「風邪をひきやすい」「手が冷たい」「動悸」「足が冷える」などの項目のうち、「症状が雨の前日に悪化(はい/いいえ)」という問いに対して、五苓散有効例21人中19人が「はい」、2人が「いいえ」、五苓散無効例21人中2人が「はい」、19人が「いいえ」。p値0.0025、オッズ比16.3*2。これをもって『五苓散は「雨の前に悪化する頭痛」の約9割に有効である。また,雨の前日に頭痛が「悪化しない人」に対して「悪化する人」では約16倍の有効率である』としている*3

本研究のタイトルには「五苓散有効例と無効例の症例対照研究」とある*4。一般的に症例対照研究のエビデンスレベルは、ランダム化比較試験より下、症例報告やケースシリーズより上とされている。ただ、一口に症例対照研究といっても質の高いものから低いものまである。本研究はあまり質が高いとは言えない*5

痛みという主観的な症状を評価するのであるからプラセボ効果が強く効いてくる。被験者あるいは調査者が「五苓散は雨の前に悪化する頭痛に有効であろう」という予断を持っていればそれだけで結果が偏る。また、「生活習慣 食事15項目、飲酒と喫煙9項目、症状86項目」をはじめとして合計140項目が調査項目になっており、それだけタイプ1エラーが起こりやすい。

そもそも、五苓散の頭痛に対する効果を評価したいのなら、対照群は五苓散を投与しない頭痛患者であるべきなのに本研究の対照群は五苓散投与無効例だ。極端な話をすれば、五苓散に頭痛を改善させる特異的効果がまったくなく、「症状が雨の前日に悪化しない頭痛患者」を悪化させるだけだとしても、同様の結果が出うる。薬の有効性を検証するにはあまり採用されない不思議な研究デザインだと思われる。

エビデンスレベルは高くないとは言え、実地臨床では漢方薬は有用

五苓散の特異的効果を検証するには、理想的には二重盲検下のランダム化比較試験で検証したいところである。ただ、漢方薬のプラセボをつくるのは難しいので、非盲検で、対照を通常の頭痛診療としてもよい。そのほうが実地臨床に近い。現実の患者さんが受診したときには、通常の診療を行うかそれとも漢方薬を処方するかを選択しなければならないが、よりよい選択を行うために臨床試験が行われるのだ。通常の診療よりも、「体のどこかに水が滞って症状が出ているようです。水分バランスを調整する漢方薬を試してみましょう」とか説明された上で漢方薬を処方されたほうが良くなるかもしれないよ。ぶっちゃけた話をすれば、仮に五苓散にプラセボ効果しかなくったって、患者さんが良くなればそれでいいのである。

実地臨床の場では、安全、安価に、効率よくプラセボ効果を発揮させる方法が有用である状況もある。そして、漢方薬はわりと安全で安価なのだ(保険診療で使えるやつはとくに)。日本で漢方医学を実践している医師の多くは、標準医療を否定することはなく、漢方医学の限界を承知した上で漢方薬を処方している。まれに漢方医学の効果を過大評価している医師もいるが漢方医学がダメってことにはならない。いわゆる「西洋医学」とされる特定の治療法や診断法についても、たとえば風邪に安易に抗菌薬を処方するような不適切な診療を行う医師もいるわけで。

もちろん、効果の高い標準治療があればまずそちらを採用すべきだ。また、漢方薬が使えなくても一般的な診療の範囲内で「安全、安価に、効率よくプラセボ効果を発揮させる方法」はある。しかし、「雨の前の頭痛」のように標準治療が存在せず、一般的な診療では効果が乏しいケースもある。限界があることを承知の上で、漢方薬という選択肢があるのは患者さんのためにもよいことだと思う。

*1:CiNiiによれば「フィト 1(3), 8-15, 1999」

*2:性・年齢調整後。未調整だと16.3にはならない

*3:■雨の前の頭痛(気圧低下に伴う頭痛)× 五苓散[漢方スッキリ方程式(1)]|Web医事新報|日本医事新報社

*4:全文を読んでいないので確証は持てないが厳密には症例対照研究とは言えないように思われる。症例を集めて症例対照研究風味で解析しただけなのでは

*5:ついでに言えばどんなに質が高くてもこの症例対照研究では『五苓散は「雨の前に悪化する頭痛」の約9割に有効である』とは言えない。症状が雨の前日に悪化する慢性頭痛21名中19名に有効で、有効率90%、あるいは90.5%としたのであろうが、コホート研究と違って症例対照研究では暴露群中のアウトカム有りの割合はわからない。厳密な症例対照研究ではなく症例を一定期間もれなく集めて症例対照研究風味で解析したのであれば、「少なくとも研究対象となった施設において、特異的効果なのかプラセボ効果なのかはわからないが、『五苓散は「雨の前に悪化する頭痛」の約9割に有効であった』とはいえる。