NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

新型コロナ流行後もがん死亡率は増加していない

日本のがん死亡率は減少し続けている

新型コロナの流行によって、医療体制のひっ迫や検診の遅れから、がん死亡率が増えるのではないかという懸念がありました。しかし、実測データを見る限り、新型コロナ流行後もそのような上昇は確認されていません。がん情報サービスのグラフデータベース*1から、日本の男女計・全年齢・全部位について、世界人口で年齢調整(高齢化の影響を除外)したデータを示します。

日本の年齢調整がん死亡率(男女計・全年齢)の年次推移を示す折れ線グラフ。2000年頃の約105(人口10万対)から一貫して低下し、2024年頃には約75まで減少している。出典は国立がん研究センター。中央に「日本のがん死亡率は減少している。」という赤字の強調テキストがある。
日本の年齢調整がん死亡率はコロナ禍以降も上昇していない

2024年までの実測データでは、がん死亡率は長期的に減少傾向が続いています。医療の進歩、喫煙割合の低下、ピロリ菌感染割合の低下などが影響していると考えられます。

2021年からの見かけのがん死亡率上昇は推計モデルの影響

一方で、2021年以降にがん死亡が増えているように見えるグラフと新型コロナワクチンとの関連を示唆する投稿も拡散されました。

このグラフはOur World in Dataのものですが、実測値ではなく推計モデルに基づいています*2。グラフをよく見ると“Estimated(推計)”とありますね。Our World in Dataは、オックスフォード大学に関連する研究グループが各種統計を整理・可視化しているサイトで、一次データをそのまま示しているとは限りません。より詳しく見ると" IHME, Global Burden of Disease (2025)"とあります。IHME(保健指標評価研究所)は数理モデルを用いて「世界疾病負荷(GBD)」を推計している組織です。GBDは、各国で定義や精度の異なる死亡・疾病データを比較可能にするため、補正や推計によって整備された国際的なデータベースです。各国の統計は取り方も精度もばらばらで、そのままでは単純比較はできません。その違いをならして比較できる形にするのがGBDです*3。ただし、パンデミックのような特殊な状況では推計の不確実性が大きくなることが知られています。

2021年以降にがん死亡が増えたように見えるのは推計モデルの影響です。コロナ禍では死亡の総数が急増し、さらにCOVID-19による死亡の死因分類が揺らぐなど、死因データが不安定になりました*4。そのためGBDでは補正や再配分(モデル推計)が行われ、一部の死因に推計上の「見かけの増加」が生じます。

Our World in Dataには、推計ではなく、死亡診断書の死因に基づく実測のがん死亡率のグラフも掲載されています*5実測データでは2021年以降のがん死亡率の上昇は確認されていません。死因統計の整備された国では、こうした実測データのほうが状況をより適切に反映していると考えられます。以上を踏まえると、実際にはがん死亡率は上昇していませんが、SNSなどの一部において、推計モデルによる見かけ上の変化をワクチンの影響と誤解されているようです。

Our World in Dataによる各国の年齢調整がん死亡率(人口10万対)の推移を示す折れ線グラフ(2000~2023年)。イギリス、フランス、ニュージーランド、日本、スペイン、米国の6か国はいずれも長期的には低下傾向だが、2021年以降は一部で上昇しているように見える。データはIHMEの推計モデルに基づく。グラフ上に「2021年からがん死亡率が上昇しているように見えるグラフ。推計モデルによる。」という赤字の注記がある。
推計モデルによる各国のがん死亡率の推移
Our World in Dataによる各国の年齢調整がん死亡率(人口10万対)の推移を示す折れ線グラフ(2000~2023年)。データはWHO死亡統計(死亡診断書の死因に基づく実測値)。日本、米国、スペイン、フランス、英国、ニュージーランドのいずれも長期的に低下傾向で、2020年以降も明確な上昇は見られない。グラフ上に「死亡診断書の死因に基づく実測のがん死亡率のグラフ。コロナ禍によるがん死亡率上昇は観察されない。」という赤字の注記がある。
実測データによる各国のがん死亡率のグラフ

「都合が悪いからデータを入れ替えた」わけではなく、もともと推計データと実測データが掲載されていた

さらに、「Our World in Dataが出典を変更した」「都合が悪いからデータを入れ替えた」という誤解も広がりました。

事実は、はじめから推計データと実測データという別のデータが存在しているだけです。どちらも閲覧可能であり、片方が消されたり、書き換えられたりしたわけではありません。

「ターボがん」には根拠なし

よしんば2021年以降にがん死亡率が上昇していたとしても、ただちに新型コロナワクチンのせいだとするのは誤りです。時間的な一致は因果関係を意味しません。因果関係の判断には、時間的一致に加え、関連の強さ・一貫性・生物学的妥当性などを満たす疫学的証拠が必要です。実際には、すでに示したように、多くの人がワクチンを接種している状況において、人口レベルで接種後にがん死亡が増加したという事実は確認されていません。また、ワクチン接種群でがん発生が一貫して増加しているとする信頼できる疫学的証拠はありません。いわゆる「ターボがん」といった言説は、現時点で科学的な根拠を欠いています。

がん死亡率は新型コロナ流行後も減少傾向が続いており、ワクチンによる人口レベルでの悪影響は確認されていません。推計モデルの値をそのまま現実の変化と受け取ると、誤解が生じます。データの性質を踏まえて解釈することが、医学情報を正しく理解するうえで重要です。

「がん寄与度」って何?キムチと胃がんから考える「原因の割合」の計算方法

キムチが「がん寄与度1位」の衝撃?

ソウル大学の研究を基にした■「キムチがないとご飯が食べられないのに」……がん寄与度1位に「衝撃」=韓国 | wowKorea(ワウコリア)という記事が話題になりました。元の論文は、■Fraction of cancer incidence and mortality attributable to dietary factors in Korea from 2015 to 2030です。

タイトルは釣り気味ですが、記事の内容はおおむね論文に基づいています。記事によれば、韓国人の食習慣ががんの発生および死亡に寄与する割合を推定した結果、「2020年時点で韓国人全体のがん発生の6.08%、がん死亡の5.70%が、特定の食事要因に起因」していることがわかりました。そのうち、がん発生に最も大きな影響を与える単一要因は「塩蔵野菜の摂取」であり、全体のがん発生の2.12%、がん死亡の1.78%を引き起こしていると推定されました。

韓国における塩蔵野菜といえば、要するにキムチです。キムチは発酵食品で健康に良いと一般的にイメージされていることもあり、そのためタイトルに「衝撃」とつけることで、多くの人の関心を引いたのでしょう。塩分の多い食品は胃の粘膜を傷つけ、炎症を起こしやすくします。傷ついた粘膜では発がん物質の影響を受けやすくなり、ピロリ菌による炎症も続きやすくなります。塩蔵食品の保存過程で生じる化学物質の影響も加わり、これらが重なって胃がんのリスクを高めると考えられています。

食生活の中で「がん寄与度1位」というのは少し意外に感じるかもしれませんが、韓国ではキムチの消費量が多いことを考えれば、それほど驚くことではないのかもしれません。飲酒(アルコール摂取)のほうが寄与しているのは、と思いましたが、食事要因とは別とされています。韓国におけるアルコール摂取の「寄与度」は、がん発生の3.86%、がん死亡の3.43%でした*1。まあそれぐらいだよね~。ちなみに喫煙の「寄与度」は、がん発生の13.17%、がん死亡の20.69%です*2。まさしく桁違い。いずれも2020年時点の推定値を同じグループの報告で示しています。唐辛子を心配するコメントもありましたが、唐辛子については胃がんとの関連があるとする報告もあるものの、一貫した結論が出ておらず、現時点では特に重要視されていません。


そもそも「寄与度」って何?

元の記事のタイトルに準じて「寄与度」と書いてきましたが、疫学の指標で寄与度と言えるものは複数あります。ここで言われている「寄与度」は、正確には、集団寄与危険割合(PAF;population attributable fraction)のことです。集団寄与危険割合とは、その集団がまったくリスク因子に曝露されなかったとしたら達成されるであろう疾患の減少の割合のことです。なんか小難しいですね。キムチの例でいえば、「全てのキムチを、生まれる前に消し去りたい!」という願いがかなったとき、2020年の韓国のがん発生の2.12%、がん死亡の1.78%が減少するであろうということです。

どうやったらそんな推定ができるのでしょうか?相対リスクと集団における曝露割合から計算できます。ちょっとやってみましょう。考え方を理解するためにざっくりです。

まず相対リスクについて考えましょう。研究によると、たくさんキムチを食べる人は、それほど食べていない人と比べて、胃がんになりやすい傾向があります。量に比例してリスクは高まり、40g/日増えるごとに相対リスクが1.06倍になるとされます。韓国におけるキムチの平均摂取量が約145g/日で、おおよそ相対リスクは1.24倍、つまり胃がんが24%増えます。ちなみに、日本での漬物の推定摂取量は10~20g/日ぐらいのようです。曝露割合とは、この例では、たくさんキムチを食べる人の割合です。キムチの摂取量は連続した量なので本来は層別化すべきですが、ここはざっくり95%としましょう*3

集団寄与危険割合の計算は図にするとわかりやすいでしょう。集団全体では、塩蔵食品の過剰摂取の割合は95%です。よって、塩蔵食品をそれほど食べていない人で胃がんになった人が50人いたとしたら、塩蔵食品を過剰摂取しているけれども塩蔵食品とは無関係に胃がんになった人は950人です。すべてのキムチを消し去ってもこの950人はそのままです。それでは塩蔵食品に関連する胃がん発生はどれぐらいでしょうか。相対リスクは1.24倍、24%増えるので950×0.24=228人です。キムチのなかった世界線ではこの228人は胃がんになっていませんでした。

胃がんのうち塩蔵野菜に関連すると推定される割合の説明図。塩蔵野菜の低摂取群5%では胃がん50例、高摂取群95%では胃がん1178例(うち950例は塩蔵野菜と無関係、228例は塩蔵野菜に関連すると推定)。この228例が胃がん全体1228例の18.6%を占め、集団寄与危険割合(PAF)を示す。
塩蔵野菜摂取と胃がんの関係を示す図。胃がん1228例中228例(18.6%)が塩蔵野菜に関連すると推定

集団寄与危険割合は、胃がん全体のうち、塩蔵野菜がなかったら減少していた疾患の割合です。胃がん全体は、50+950+228=1228人。228人を胃がん全体の合計1228人で割ると228÷1228=18.6%。つまり、胃がんの発生における塩蔵野菜の集団寄与危険割合は約18.6%です。がんは胃がんだけではありません。韓国がん登録統計ベースによると2020年の胃がんが全がんの中で占める割合が約11.9%です。全がんの発生における塩蔵野菜の集団寄与危険割合は、18.6%×11.9%=2.2%。論文の結果(2.12%)とほぼ一致しました。考え方としてはこんな感じです。


集団寄与危険割合は集団の指標であって、あなたのリスクではない

集団寄与危険割合は、集団における指標であり、個人のリスクの指標ではありません。塩蔵野菜は胃がんのリスク因子でありますが、平均的な韓国人ほど大量に食べたとしても相対リスクは1.24倍で、それほど高くはありません。それでも食生活の中で集団寄与危険割合が1位になったのは、曝露割合、つまり韓国においてキムチを食べる人の割合が高いからです。社会全体に与える影響を考えるときと、個人のリスクを考えるときでは、使う指標も異なるということです。

韓国および日本における胃がんの最大のリスク因子はピロリ菌感染です*4。衛生状態の改善や除菌療法の普及で、ピロリ菌の感染割合は減少し、それに伴って胃がんの発生や死亡も減少しています。塩分は胃がんだけではなく高血圧をはじめとした心血管疾患のリスク因子でもあるので医学的には過剰摂取はおすすめできませんが、キムチの個人レベルでのリスクは大きくはありません。キムチがないとご飯が食べられないほどキムチが好きなら、無理に控える必要はないと考えます。


*1:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40045582/

*2:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40045583/

*3:Supplementary Material 3.によれば、9 g/日をカットオフとすると、2005年において男性96.4%、女性93.0%が過剰摂取とされています。なぜ2005年かとというと潜在期間を15年と仮定しているためです

*4:胃がんにおけるピロリ菌感染の集団寄与危険割合はざっくり80%ぐらい。過去にさかのぼってピロリ菌を消し去ると、現在の胃がん患者は80%減ります。ちなみに各リスク因子の集団寄与危険割合を合計すると100%を超えることもあります。

少量飲酒の害をどう考えるか?

少量のアルコールでも有害であることを伝えたForbes JAPANの記事が注目を集めている。



■アルコール摂取は「適量」でも健康に有害 近年の研究が示唆 | Forbes JAPAN 公式サイト(フォーブス ジャパン)



医学的には妥当な内容である。記事にもあるように、少量のアルコールでも健康に悪影響があることが近年の研究によって明らかになってきた。もっとも、「近年」といってもここ10年ぐらいの話で、一般向けのメディアでも繰り返して紹介されており、それほど新しい話ではない。それでもなお今回の記事が注目を集めていることから、この事実は十分に浸透しているとは言い難い。その点において本記事は知識の普及に一定の役割を果たしており、評価に値する。

大量のアルコールが有害であることは周知の事実である。議論の焦点は、少量の、一日に純アルコール換算で10g程度(日本酒やワインなら約90mL、ビールなら約250mLに相当)のアルコール摂取の健康に対する影響である。大きく分けて、考え方は三通りある。


1.少量なら有益だ。
2.有害でも有益でもなく、影響はない。
3.少量でも有害だ。


「酒は百薬の長」という言葉があるように、少量飲酒は健康上の利益があるという考え方もある。実際、少量飲酒者は非飲酒者と比較してがんの罹患率や死亡率が低いという疫学研究も存在する。しかし、少量飲酒そのものが罹患率や死亡率の低さをもたらしていると、直ちに結論づけることはできない。健康上の理由から飲酒を控えている人が非飲酒者に含まれていたり、社会経済的に恵まれた人ほど少量飲酒にとどまっている傾向があったりするためである。こうした影響を丁寧に除去すると、少量飲酒によるとされてきた健康上の利点は認められなくなってきた。

少量飲酒に健康上の利益がないとして、どの程度の飲酒量から健康への悪影響が現れるのか。言い換えれば、飲酒量には「これ以下なら安全」と言える閾値が存在するのだろうか。これは議論があるところで、対象とする疾患や研究のサンプルサイズによって結論は分かれる。ただ、少量飲酒による影響は小さいため、統計学的に有意差が認められなくても、影響が存在しないと断定することはできない。おおむね、現在のコンセンサスは、「これ以下であれば安全」と言い切れる飲酒量は見いだされておらず、健康リスクの観点からは飲酒しないことが最も安全だ、というものである。

「酒だけ槍玉に挙げるな。砂糖や加工肉や労働だって有害だろう」と思う方がいらっしゃるのは理解できる。ただ、他に有害なものがあるからといってアルコール摂取の害がなくなるわけではない。そもそも私は、お酒だけが特別に攻撃されているとも思わない。むしろ、これまであまりに大目に見られてきたと思う。喫煙と同じような話だ。かつてはどこでも当たり前のようにタバコを吸えたが、今振り返ればむしろそれがおかしかった。アルコールをめぐる認識も、同じように更新されつつある。

言うまでもないが、全員が禁酒すべきだとは思わない。ここまでの話は公衆衛生の視点からのものであって、個人がどう生きるか、何を楽しむかは別の次元の問題だ。私もお酒は嗜む。少量の飲酒でも害があることを承知した上で酒を飲んでいる。人生において何を重視するかという個人の価値観の問題でもある。一方で、世の中には「体に悪い」「やめたほうがいい」と分かっていても、どうしても飲酒をやめられない人がいる。これは意志の弱さや性格の問題ではなく、「アルコール依存症」という治療が必要な病気である。本人を責めても解決にはならない。専門家による診療と、周囲の理解や支援が重要だ。アルコール依存症を診療している医療機関を受診するのが望ましい。

日本社会は飲酒にかなり寛容に見える。24時間いつでも酒が買え、テレビでは酒類の広告が流れ、「酒の上での失敗」として多くの問題が見過ごされがちである。しかし、飲酒の影響は医学的リスクにとどまらず、飲酒運転やハラスメントなど、社会的な害にも及ぶ。そう考えると、広告規制や酒税の見直しといった対策が、今以上に検討されてもよいかもしれない。