NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

世界はゆっくりと良くなっている 日本の年齢別がん死亡率の推移

日本において、がんは死因順位の第1位である。がんにかかる人やがんで死ぬ人をゼロにすることはできないが、医学は進歩し、予防法も治療法も改善している。全世界でも日本でも、年齢別がん死亡率や年齢調整がん死亡率は徐々に減少している。ここでは日本の年齢別がん死亡率の推移をグラフで紹介しよう。引用はすべて■Cancer Over Timeから。


日本の小児のがん死亡率は減少している

すべてのがんの死亡率でみると、日本の小児(0歳~14歳)のがん死亡率は、男女ともに1970年ごろをピークに、以降は減少し続けている。小児には白血病やリンパ腫などの血液系の悪性腫瘍が多い。これらのがんに対する化学療法(抗がん剤治療)は大きく進歩している。

日本の0~14歳の全がん粗死亡率(10万人年あたり)の推移、男女

日本のAYA世代のがん死亡率は減少している

AYA世代とはAdolescent and Young Adult(思春期・若年成人)ことをいい、一般的に15歳から39歳までの年齢層を指す。日本のAYA世代のがん死亡率も、やはり男女ともに1970年ごろをピークに、以降は減少し続けている。この年代で女性のほうが死亡率が高いのは、女性に特有の子宮頸がん、男性ではきわめてまれな乳がんの寄与もあるのだろう。

日本の15~39歳の全がん粗死亡率(10万人年あたり)の推移、男女

日本の40歳台、50歳台、60歳台、70歳台のがん死亡率は減少している

40歳台、50歳台、60歳台、70歳台のがん死亡率もやはり減少している。60歳~69歳の女性だけは2010年から微増しているように見えるが年齢調整をすると微減である。60歳後半の相対的な人口増が効いているのであろう。

日本の40~49歳の全がん粗死亡率(10万人年あたり)の推移、男女
日本の50~59歳の全がん粗死亡率(10万人年あたり)の推移、男女
日本の60~69歳の全がん粗死亡率(10万人年あたり)の推移、男女
日本の70~79歳の全がん粗死亡率(10万人年あたり)の推移、男女

50歳台以上では男女のがん死亡率は逆転し、女性と比べて男性のほうががん死亡率は高い。50歳台では男性のがん死亡率が急減して女性に追いつきつつあるのが興味深い。男性のがん死亡率が高い原因の一つは喫煙である。近年、喫煙率が減少していることを反映し、男性のがん死亡率が急激に減少しているのであろう。

日本の80歳以上のがん死亡率は、微減ではあるが、やはり減少している

80歳以上についても、2000年ごろをピークに、その後はわずかながら減少している。人は必ず死ぬので、がん以外の病気で死ななくなればそのぶん、がん死亡は増える。そのため高齢者層のがん死亡率は、医学が進歩してもなかなか下がりにくい。2000年ごろまで80歳以上のがん死亡率が上昇していたのはそのためであろう。それでも2000年以降はがん死亡率は減少している。

日本の80歳以上の全がん粗死亡率(10万人年あたり)の推移、男女

日本を含め、世界的に年齢調整がん死亡率は減少している

各年齢層ではがん死亡率は減少しているが、それ以上に高齢者層が増えているため、全年齢を合わせた日本のがん粗死亡率は上昇している。「日本だけ、がん死亡率が上昇している」というデマを散見する。確かにアメリカ合衆国など近年のがん粗死亡率が減少傾向の国もあるが、たとえばカナダやポルトガルや韓国では日本と同じくがん粗死亡率は上昇している。先進国における粗死亡率の傾向の違いは高齢化の程度の違いを反映しているに過ぎない。

「日本だけ」デマは、抗がん剤否定や喫煙の害の否定といった他のデマとも結びついている。「日本人だけが損をしている」と人々を騙すことで利益を得る人たちがいるのであろう。インターネットが使える現代は誰でもその気になれば、日本以外でもがん粗死亡率が上昇している先進国が存在すること、抗がん剤治療は日本を含め多くの国で標準医療として使われていること、喫煙は肺がんをはじめとしてさまざまな病気の原因であることなどを、検証できる。

人口の高齢化の影響を補正した年齢調整がん死亡率は、医学の進歩による予防法や治療法を反映し、日本だけでなく世界的にも減少している。まだまだ解決すべき問題点はたくさんあるし、がんで亡くなる人をゼロにすることはできないが、世界は少しずつではあるが、よくなっている。


エナジードリンクの過量摂取で脳は溶けるか?

「エナジードリンクを飲み過ぎると脳が溶けると聞いたことがあるが本当か?」というご質問をいただきました。いい質問だと思います。エナジードリンクは、カフェインやビタミンなどが入った清涼飲料水です。一般に市販されているものですから通常の使用量であればそうそう大きな害はなさそうですが、大量に摂取すると何か有害なことが起きるのではないか、というのは合理的な懐疑です。簡単に答えだけを教えてもいいのですが、せっかくですから、私がどうやって情報を収集しているのかの過程も合わせてご説明します。

まずはざっくりインターネットで検索する

「脳が溶ける」というのは正確な医学用語ではありませんので医学論文検索には使えません。そこで、最初は「エナジードリンク 脳が溶ける」でネット検索します。GoogleでもBingでもかまいません。すると、アメリカ合衆国において、日常的に大量のエナジードリンクを摂取していたオーバーワーク気味のサラリーマン男性が脳出血を起こして倒れたことを紹介するサイトが数件見つかりました。質問者も、おそらくこういうサイトの情報を目にしたのでしょう。患者さんや家族の固有名詞から、大元と思われる海外のメディアのサイトにたどれました。


■Woman Shares What Energy Drinks Did To Her Husband While She Was 9 Months Pregnant | Bored Panda


頭部が欠けたように見える男性の写真にはインパクトがあります。脳出血の治療の一環として、脳の圧力が高くなりすぎるのを避けるため、手術後に頭蓋骨の一部を外したままにしておくことはあります(減圧開頭術)。通常は、急性期を過ぎれば元に戻すための手術(頭蓋形成術)を行います。写真のような明らかに頭部の形が著しく変わった状態で退院することがあるのかどうかは、専門外なので私にはわかりません。

医学論文を検索する

メディアの情報がどこまで事実かどうかは判断は難しいです。日本のメディアであれば、ある程度は信用度が推測できますが、海外のサイトではそれもできません。そこで、医学論文を検索してみます。「脳が溶ける」では論文の検索は難しいですが「脳出血」という用語がわかりました。医学論文を検索するサイト■PubMedではenergy drink cerebral hemorrhage(脳出血、エネルギードリンク)で2件引っかかりました。そのうち、全文無料の症例報告を読んでみました。


■Aneurysmal subarachnoid hemorrhage and severe, catheter-induced vasospasm associated with excessive consumption of a caffeinated energy drink - PMC


論文のタイトルを機械翻訳すると「カフェイン入りエナジードリンクの過剰摂取に伴う動脈瘤性くも膜下出血および重度のカテーテル誘発性血管痙攣」です。症例は44歳女性ですので、メディアで紹介されたのとは違う人です。習慣的に大量のエナジードリンクを消費していたところ、急性クモ膜下出血を起こし、止血のためのカテーテル治療が行われましたが、動脈が収縮して新たに脳梗塞が起きました。

論文の著者も述べていますが、一例の症例報告なのでエナジードリンクとクモ膜下出血の因果関係はわかりません。エナジードリンクを飲んでいなくでもクモ膜下出血を起こす人はいます。本症例も、たまたまエナジードリンクとは無関係にクモ膜下出血を起こしたのかもしれません。あるいは、エナジードリンクそのものではなく、エナジードリンクを大量摂取するような環境要因が原因かもしれません。メディアで紹介された男性についても同様の考察ができます。仕事による過労が脳出血の原因であって、エナジードリンクを飲んでいなくても脳出血を起こしていたかもしれません。

とはいえ、カフェインをはじめとするエナジードリンクの成分は血圧などの生理機能に影響を与えることが知られています。エナジードリンクの過剰摂取が血圧の上昇を、ひいてはクモ膜下出血の一因になるのは十分にありそうです。エナジードリンクが健康ボランティアの血管弛緩を媒介する血管内皮に与えるという先行研究に言及した上で、クモ膜下出血だけではなくその後の動脈の収縮もエナジードリンクの影響である可能性を論文の著者は指摘しています。症例報告であってもIntroduction(導入)やDiscussion(考察)で多くの先行研究が言及されており、参考になります。エナジードリンクは、脳出血だけではなく、とくに心血管系疾患との関連が疑われています。ガッツリ調べたいときはこれらの論文にさかのぼって読んでいきます。

公的なサイトで情報収集する

ただ、一般の方は医学論文なんて読んでいられませんし、時間だって有限です。簡単なのは公的サイトでの情報収集です。たとえば、「エナジードリンク 厚生労働省」「エナジードリンク 消費者庁」です。ピンポイントで脳出血に関連した情報は見つかりませんが、エナジードリンクの一般的なリスクについてだいたいのところがわかります。宣伝や質の低いメディアを排除したければ「エナジードリンク site://www.mhlw.go.jp」などのサイト内検索も有効です。

海外ならCDC(アメリカ疾病予防管理センター)やNIH(アメリカ国立衛生研究所)が公的な情報源になるでしょう。CDCは青少年のエナジードリンク摂取にかなり批判的です。


■Energy Drinks | Healthy Schools | CDC


他の健康問題ならWHO(世界保健機関)でもいいのですが、エナジードリンクは一部の先進国に限定されているからでしょうか、あまり情報は得られませんでした。ほか、NHS(イギリス国民保健サービス)も参考になります。WHOやアメリカ合衆国やイギリスの公的サイトで情報を集めて、その最大公約数的なところは現時点では専門家のコンセンサスが得られているとみなしていいと思います。たまに「WHOは××と言っているんだよ!!」といったデマがありますので、必ず一次情報にあたること。

そのうちにチャットAIに聞くのも有力な手段となってくるでしょう。ただし、先ほどエナジードリンクで脳が溶けるかBingのチャットAIに尋ねたところ、おおむね正しい回答をしてくれたものの、一般サイトを根拠にしていました。根拠にするサイトが間違っていたら回答も間違います。「医学論文を参照して答えて」などと質問を工夫すればいいかもしれませんが、現時点ではちょっと危ういです。

まとめ

「脳が溶ける」という表現は医学的には適切とは言えないものの、エナジードリンクの過剰摂取で、脳出血やクモ膜下出血のリスクを増やす可能性はあります。大量摂取はやめましょう。


「ファーストペンギン」って海に突き落とされる奴じゃないんだ…

最近、「ファーストペンギン」という言葉をよく聞く。ペンギンの群れの中で、天敵がいるかもしれない海の中に最初に飛び込む個体のことで、リスクをとって挑戦する勇敢な行為を称えるポジティブな意味合いを持つ。だが、私はファーストペンギンという言葉からは異なる意味を連想してしまうのだ。

イギリスの生物学者、リチャード・ドーキンスは、「利己的な遺伝子」という著作において、生存競争に勝って生き残る遺伝子の性質は利己的であることを論じている。個体レベルの行動は利己的なこともあれば利他的こともあるが、利己的な行動の一例として、ドーキンスは海に飛び込むのをためらうペンギンの例を挙げている。


南極のコウテイペンギンで報告されているひきょうな行動についてなら、おそらくだれでも[利己的な行動だと]ただちに同意できるであろう。このペンギンたちは、アザラシに食べられる危険があるため、水際に立ってとびこむのをためらっているのがよく見られる。彼らのうち一羽がとびこみさえすれば、残りのペンギンたちはアザラシがいるかどうかを知ることができる。当然だれも自分がモルモットになりたくはないので、全員がただひたすら待っている。そしてときどき互いに押しあって、だれかを水中につきおとそうとさえするのである。

ファーストペンギンという言葉からは、群れのメンバーから突き落とされた個体をどうしても私は連想してまうのだ。最初に水中に入ったペンギンは、魚を食べることはできるであろうが、別に独り占めできるわけではない。アザラシがいないことが確認できれば、他のペンギンたちも次々と飛び込むであろう。人間のビジネス社会と違って、リアルのファーストペンギンはハイリスクローリターンなのだ。だからこそ、どのペンギンもファーストペンギンになりたがらないのである。

こうしたペンギンの利己的行動はそこそこ知られていると思っていた。というのも、かつて「高校教師」というテレビドラマで紹介されていたからだ。桜井幸子が演じる女子高生が真田広之が演じる高校教師に電話で「ペンギンの話が聞きたい」とか言うわけですよ。ペンギンの群れが押し合いへし合いして天敵がいるかもしれない海に他の個体を突き落とす話だけどな。みんな覚えていないの?森田童子が主題歌を歌っていたあれだよ。

いま、改めて調べてみたら、ドラマの「高校教師」は1993年放送、つまり30年前だった。公衆電話からかけていて、10円玉入れて「あと3分話せる」とかやっていた。そりゃあ、覚えていないよねえ。