NATROMのブログ

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乳がん検診と子宮頸がん検診が毎年ではなく2年に1回なのはなぜか?

名古屋市会議員の塚本つよし氏が、子宮頸がん検診と乳がん検診の検診間隔が2年に1回の隔年であり、毎年がダメな理由についての説明を求めるツイートをしておられました。よい質問だと思います。ツイッターでもお答えしましたが、ブログでも解説いたします。

端的に言えば現在の日本で行われている子宮頸がん検診と乳がん検診は、毎年の検診を行っても、隔年の検診と比べて、検診による害が大きくなるわりには得られる利益が小さいと考えられているからです。

子宮頸がん検診も乳がん検診も、検診によってがん死が減ることが示されています。ただ、検診を受ければ100%がん死を予防できるわけではなく、検診を受けていてもがんで亡くなる人はいます*1。がんで死ぬ人をもっと減らすには、もっと多くの検診を行ったほうがいいように直観的には思えますが、必ずしもそうではありません。

どんなに検診間隔を短くしても検診で救える人数には上限があります。というのも、検診で発見可能な大きさに病変が達したときにすでに他の臓器に転移しているようながんは、検診では救うのが難しいからです。そのようながんは、よしんば毎日検診していたとしても、がん死を避けることはできません。

一方で、がん検診の回数を増やすと検診に伴う害は増えます。検診の害はさまざまありますが、たとえば、実際にはがんではないにがんの疑いがあると判定される偽陽性は、検診回数を増やせば増えます*2。偽陽性は心理的な不安や、本来は必要のなかった検査を増やすので有害です。

検診の回数を増やしすぎると、検診から得られる利益よりも害のほうが増えます。かといって、検診の回数を減らし過ぎると検診の害は小さくなるものの検診から十分な利益が得られません。検診から得られる利益と害の差(正味の利益)を最大化するのが適切な受診間隔です。

検診の強度と利益についての図を検診の強度と価値を論じた論文より引用します*3。検診回数が少ないと検診の害は小さいですが検診の利益も小さいです。検診の回数を増やすと検診の利益は急速に増加します。最適な検診回数を超えて検診回数を増やしても、検診の利益の増加は小さく、一方で検診の害の増加の方が大きくなります*4

検診の正味の利益を最大化する適切な検診回数。検診が多すぎても少なすぎてもよくない。

別の言い方をします。2年に1回の子宮頸がん検診を1年に1回に増やしたところで、子宮頸がんで亡くなる人の数はほとんど減らせません。検診でがん死を予防できるがんは2年に1回の検診でもほとんどが見つかります。2年に1回の検診でがん死を防げないようながんは1年に1回の検診でもほとんどが防げません。一方で、検診回数を増やすと、異常を指摘される人の数が増え、精密検査や治療を受ける人の数が増えます。

最適な検診間隔についてはいくぶんか不確実なところがあり、専門家の間でも意見が一致していないことはあります。マンモグラフィによる乳がん検診は日本を含め2年に1回が推奨されていることが多いですが、ACS(米国がん協会)は45歳から54歳の女性に対しては1年に1回を推奨しています*5。日本では細胞診による子宮頸がん検診は2年に1回が推奨されていますが、USPSTF(米国予防医学専門委員会)は3年に1回を推奨しています*6。しかしながら、意見の不一致は特定の検診の最適な検診頻度についてであって、検診回数が多すぎても少なすぎてもよくないことについては議論はありません。

名古屋市会議員の塚本つよし氏は、男性のみを対象にしたPSAによる前立腺がん検診の検診間隔が毎年なのに対し、女性のみを対象にした乳がん検診や子宮頸がん検診が隔年であることに疑問を持ったようです((https://twitter.com/1192mizuho/status/1553340093015793664))。何らかの男女差別がある可能性を塚本氏は考慮されたのかもしれませんが、実際のところは医学的に最適な検診間隔が採用されたに過ぎません。見かけ上の機会平等を名目に、「前立腺がん検診が毎年だから乳がん検診と子宮頸がん検診も毎年やろう」といった理由で不適切な検診間隔のがん検診を行政が提供するようなことがあってはならないと私は考えます((https://twitter.com/1192mizuho/status/1554013999569575938、https://twitter.com/1192mizuho/status/1554014778758033409))。そのような検診は平等どころか不利益をもたらします((https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11272294/))。

日本で男女ともに対象となっている胃がん検診、大腸がん検診、肺がん検診について、女性は男性と比べて受診率が低い傾向があります*7。その理由については、正規雇用されている割合が少ない女性は職場での検診を受ける機会が少ない、出産や育児で忙しく検診を受ける時間が取れないなどの社会的な男女差に由来する可能性が考えられます。

本当の機会平等は、医学的に最適ではない検診を男女同じく毎年提供するといった表面だけのことではなく、男女に限らずすべての人に対し*8、利益だけでなく害についても情報が適切に提示された上で、医学的に最適な検診を受けたい人が受けることができる体制をつくることだと私は思います。それこそが政治家の仕事だと、私は信じます。


*1:■検診で乳がんが発見された人が100人いたとしてを参照

*2:一例としてhttps://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35333365/

*3:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25984846/

*4:正確には検診の強度screening intensityは検診の回数だけではなく、検診対象者の年齢や検診に使う検査方法も含む。たとえば、乳がん検診の対象者を50歳以上ではなく40歳以上にするほうが検診強度が強い。あるいは、子宮頸がんの検査方法を細胞診のみではなくHPV検査も併用する方法のほうが検診強度が強い

*5:https://www.cancer.org/cancer/breast-cancer/screening-tests-and-early-detection/american-cancer-society-recommendations-for-the-early-detection-of-breast-cancer.html

*6:https://www.uspreventiveservicestaskforce.org/uspstf/recommendation/cervical-cancer-screening

*7:https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/screening/screening.html

*8:男性であっても正規雇用されていなかったり、育児で検診を受ける時間が取れない人がいるだろう