NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

抗がん剤を否定する自称医師のツイートへの注意喚起

抗がん剤治療は臨床的に効果が確認された標準治療である

ある自称医師が術後補助化学療法(がん組織を外科的に切除した後の抗がん剤治療)を否定するツイートしており、現時点でリツイートは1600件を超え、いいねも7000件を超えています*1。ですが、かの自称医師のツイートは誤りです。いくつものがんで、術後補助化学療法ががんの再発を減らすことが臨床試験で確認されており、世界的に標準治療となっています。たまに「抗がん剤治療が行われるのは日本だけ」というデマを散見しますが、たとえば"adjuvant chemotherapy"(術後補助化学療法)で検索してください。いまは自動翻訳の精度も上がったので騙される人は減っていると思います。

自称医師のツイートは「がんの手術後に微小な取り残しがあるといけないと医師は抗がん剤を勧めるが、がん細胞はふだんから1日5000個はできているのだから全員に抗がん剤を使わなければいけなくなるはず。これはおかしい」というものですが、ここにはごまかしがあります。5000個という数字はともかくとして、日常的にがん細胞が生じているのは事実です。それでも多くの人ががんにならないのは、やはり日常的に免疫系ががん細胞を退治しているからです。ですので、日常的な抗がん剤使用は不要で、むしろ有害です。

毎日たくさん生じるがん細胞の中には、ごくまれに、「免疫逃避機構」といって免疫系から逃れる能力を身に着ける細胞があります。そうした細胞は免疫系からの攻撃を逃れ、分裂増殖し、画像で発見されたり症状を引き起こしたりする大きさにがん組織が成長します。

抗がん剤治療を否定した医師はヤブか詐欺師

従来の免疫療法にいまいち効果がなかったのは、私たちが観測できるまで大きくなったがん組織の細胞は免疫逃避機構を持っているからです。言い換えれば、数千万分の1、数億分の1の確率で免疫系から生き残った超エリートのがん細胞由来だからです。そうしたがんに対して治癒を目指す治療をするは、現在の標準医療では、原則として手術で取り除くか、放射線で焼くしかありません。

術前に確認できる転移巣も可能なら切除します。しかし「転移はしているけど画像検査では確認できない」という微小な転移巣もあります。そこで抗がん剤の出番があります。大きながん組織は外科的に切除し、微小な転移巣は抗がん剤治療で叩くというのが、術後補助化学療法の考え方です。代替医療を好む方は「免疫力で転移巣を叩けばよい」というようなことをおっしゃいますが、そもそも免疫逃避機構をもったがん細胞ですので、そのままでは免疫系はがん細胞をやっつけることはできません。

術後補助化学療法を否定するツイートをした自称医師は、免疫逃避機構のことを知らないヤブ医者か、あるいは、知っていながら意図的に嘘をついた詐欺医者かのどちらかです。かの自称医師は「エイズウイルスは多くの学者が指摘しているように、存在しない」ともツイートもしています*2。エイズ否認主義は何十万という単位で人を殺したニセ医学です*3。愉快犯なのか、ただ無知なだけ善意でやっているのか、それとも詐欺の対象となるカモを集めているのか、意図はわかりませんが、かの自称医師ツイートを信じると命や健康の危険があります。ツイートを肯定的にリツイートすることもまた、誰かの命を脅かすことにつながります。

術後補助化学療法を行ったからと言って100%再発を防げるわけではありませんが、一定の割合で再発を減らすことはできます。抗がん剤治療なので副作用はあります。ですが、たとえば白血病の治療のようにすべてのがん細胞を殺すために大量に抗がん剤を使うわけではなく、外来でも施行可能な程度におさまるのが一般的です。過去と比べて、吐き気止めなどの副作用への対策も進歩しています。いったん術後化学療法をはじめても、副作用が辛ければ、抗がん剤の量を減らしたり、治療間隔を伸ばしたり、中止にしたりすることもできます。

免疫療法を含め、がん治療は進歩している

「免疫チェックポイント阻害薬」といって、がんの免疫逃避機構を阻害する薬もあります。免疫細胞からの攻撃を逃れるがん細胞が持つ分子をブロックすることで効果を発揮します。有名なのは「オプジーボ(一般名:ニボルマブ)」で、いまでは保険適用内で多くのがんに利用できます。本庶佑先生がノーベル賞を受賞した研究をもとに開発されました。

薬の開発、研究はいまも進んでいます。まだ第二相試験の段階ですが、2022年6月にThe New England Journal of Medicine誌の掲載された論文によると、ミスマッチ修復機構欠損を有するステージIIまたはIIIの直腸がんの患者さんに、ドスタルリマブという免疫チェックポイント阻害薬を投与すると、治療を完了した12人中全員が、画像上の腫瘍が消え、追跡期間中に再発や進行は認められていません*4

事前の計画では、薬の投与後にがんが残っていた場合、標準的な化学放射線療法や外科手術を追加して行う予定でしたが、それは不要になりました。もちろん、長期的には再発するかもしれません。まだ小規模の研究に過ぎず、多くの人に使うと効かない人もきっといるでしょう*5。もしかすると、自己免疫疾患などの副作用が生じることが今後明らかになる可能性もあります。ですが、「固形がんの治癒を目指す治療は、原則として外科的切除か放射線療法である」という常識が覆るはじまりかもしれません。

がん治療は日進月歩です。がんにかかったときは、インターネット上の怪しい情報ではなく、主治医のお話をよく聞いてください。主治医が信頼できないのであれば、セカンドオピニオンを取るという方法もあります。世界的に標準となっている治療であれば、おおむね、日本では保険診療内で受けることができます。逆に、大金を要求するような治療法は疑わしいことが多いことを知っておいてください。


*1:http://twitter.com/KojiKoj94192232/status/1548097004882259969、宣伝に加担することになりかねないのでURLは示すがリンクはしない。

*2:https://twitter.com/KojiKoj94192232/status/1545683593250238464

*3:■新しいニセ医学「新型コロナ否認主義」でも言及した。ごく一部のトンデモが唱えているエイズ否認主義ですら、主流は「エイズウイルスとされているウイルスは存在するが、エイズという病気の原因ではない」というものであって、かの自称医師のツイートはその点でも誤りだ。全体的に雑で、カモを釣りあげようとしてニセ医学的なツイートをしているのではないかと個人的には見ている

*4:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35660797/、日本語で得られる情報は■モノクローナル抗体薬dostarlimab投与でdMMR直腸がんが消失 | 海外がん医療情報リファレンス

*5:一般的に、初期の小規模の研究で華々しい結果が出た研究が注目されがちなので、平均への回帰によって研究が進むにつれ徐々に効果が落ちていくように見える