NATROMのブログ

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因果関係も不明なのに「ワクチンの副反応が出やすい素因」を特定できるはずがない

2023年8月からX(旧Twitter)にて、元杏林大学保健学部准教授の平岡厚さんと対話を続けています。平岡さんは「HPVワクチンの深刻な副反応・薬害としての自己免疫性脳症が、相当規模で存在していると推測」しておられます。具体的にはワクチン接種者の「数千人に1人」が「POTS, CRPS, ME/CFS, 繊維筋痛症などの症状が入れかわり立ちかわり現れ、認知障害なども絡む」症状を呈するとしています。

平岡さんの主張の一つに、「接種を受けると副反応が出やすい素因」を持つ人をワクチン接種対象から外すことで問題解決が可能になるというものがあります。


ここでは副反応が出やすい素因として、何らかの遺伝的差異が想定されています。しかしながら、現時点でHPVワクチンの副反応が出やすい遺伝的要因は知られていません。特定のHLA(ヒト白血球抗原)の対立遺伝子が関連しているという話はありましたが、再現性はありませんでした。HPVワクチン副作用疑いとHLAとの関連は無いか、あったとしても弱いので、ワクチン接種対象選択には使えません。



■HLA(ヒト白血球抗原)とHPVワクチン「副作用」の関連は確認されていない - NATROMのブログ



そもそも、「HPVワクチンを接種して重篤有害事象を発した人としなかった人の間に何らかの遺伝的差異が検出されれば、接種を受けると副反応が出やすい素因を持つ人がいることが分かる」という主張は誤りです。平岡さんの想定する遺伝的差異を調べる方法では、副反応が出やすい素因はわかりません。副反応ではなく、ワクチン接種と因果関係のない紛れ込みの疾患の感受性遺伝子かもしれないからです。

平岡さんはB型肝炎ワクチン(HBワクチン)の安全性についてはお認めになっているので、HBワクチンと多発性硬化症を例として説明しましょう。フランスにおいて、HBワクチンと多発性硬化症の関連が疑われ、青少年に対するワクチン接種が中止になったことがありましたが、その後の複数の研究ではワクチンと多発性硬化症との関連は認められませんでした*1。HBワクチン接種によって多発性硬化症は増加しない、というのが世界的なコンセンサスです。

しかし、「HBワクチンを接種して多発性硬化症を発症した人としなかった人の間」で遺伝的差異を調べると、なんらかの差異は発見できるでしょう。HBワクチンを接種しようとすまいと、一定の割合で多発性硬化症を発症する人はいます。いわゆる「紛れ込み」です。また、ワクチンとは無関係に、多発性硬化症に関連する遺伝的要因は知られています。紛れ込みの多発性硬化症患者と、正常対照を比較するとそうした遺伝的要因は検出できるでしょうが、「副反応が出やすい素因」ではありません。

そうした遺伝的要因を持つ人をワクチン接種対象から外すと、「HBワクチン接種後に多発性硬化症を発症する人」は確かに減りますが、そうした人たちはワクチンを接種しなくても多発性硬化症を発症しますので、全体としての多発性硬化症の発症は減りません。単に、HBワクチンから利益を得られる人を減らすだけです。

翻ってHPVワクチンです。「HPVワクチンを接種して重篤有害事象を発した人としなかった人の間」で遺伝的差異を調べ、「重篤有害事象を発した人」に多かった遺伝的要因を持つ人をワクチン接種対象から外しても、問題解決にはなりません。

平岡さんが陥っている誤りの原因は適切な比較をしていないことです。「副反応が出やすい素因」を知るには、「HPVワクチンを接種して重篤有害事象を発した人としなかった人の間」を調べるのではなく、「素因を持ちHPVワクチンを接種した集団」「素因を持たずHPVワクチンを接種した集団」「素因を持ちHPVワクチンを接種しない集団」「素因を持たずHPVワクチンを接種しない集団」の4つの集団を比較する必要があります。けっこうたいへんです。そんな研究は誰もやらないし、倫理委員会も通らないでしょう。なぜなら、そもそもHPVワクチンによって重篤な副作用が起きること自体が証明されていないからです。

HPVワクチン接種の有無および副反応が出やすい素因の有無で4集団に分けて比較する前に、HPVワクチン接種の有無の2集団で、重篤副作用とされる症状を発症した人の数を比較すべきです。これまで何度も述べてきましたが、ワクチンを接種した人とワクチンを接種しない人とを比較した大規模な研究ではことごとく、HPVワクチンと「重篤副作用とされる症状」との因果関係は証明されませんでした。ワクチンと副反応の因果関係を証明することができないのに、「副反応が出やすい素因」を知ることはできません。平岡さんが提案する「副反応が出やすい素因」によるワクチン接種対象選択は問題の解決には寄与しません。