NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

新型コロナデマ検証本と薬局栄養指導本を書きました

機会があってこのたび、共著ではありますが、本を2冊書かせていただきましたのでご紹介します。

新型コロナとワクチンの「本当のこと」がわかる本~【検証】新型コロナ デマ・陰謀論

発売日は2021年12月28日です。複数のメンバーの共著で、私が執筆したのは、

Q 06 新型コロナウイルスの存在は証明されていない?
Q 07 新型コロナの死者とされているのはインフルエンザの死者?
Q 08 PCR検査は信用できない?
Q 09 日本のPCR検査のCt値の基準は不必要に高い?
Q 11 PCR検査の発明者がPCR検査を否定している?
Q 13 新型コロナウイルスに感染したら解熱剤を使ってはいけない?
Q 22 新型コロナワクチンの治験は終わっていない?
Q 27 ワクチン接種で病気は予防できない?
【コラム】身近な人が陰謀論にはまったときの対応

の九項目です。

原稿を執筆するにあたっていろんな新型コロナに関するデマ・陰謀論関係の本を読みました。興味深いことにそういった本にもレベルの差があります。私の期待水準が下がりすぎておかしくなっているだけかもしれませんが、近藤誠氏の書いたものはそれなりちゃんとしているんですな。一方、私が読んだ中でいちばんすごかったのは、飛鳥昭雄氏の『秘密率99% コロナと猛毒ワクチン』でした。

突っ込まずにはいられず本にも書きましたが、飛鳥氏によれば、「PCRを発見した」キャリー・マリスは、「死ぬ直前の94年」に、「PCRは診断と治療には絶対に用いないでくれ!!」と言い残したのだそうです。一般に流布している情報ではマリスが亡くなったのは2019年です。まともな事実確認もせずにいい加減に書き散らしたか、あるいはもしかすると、「マリスは1994年ごろに亡くなったが、マリスの死は25年間も秘密にされていたんだよ!」と主張なさっておいでなのかもしれません*1

他の方が書いた項目にも、ワクチン接種部位が磁石に反応するとか、ワクチンにマイクロチップが入っているとか、ワクチンを打つとゾンビ化するとか、そうした主張に対する対抗言論が書かれています。家族に読ませて評判がよかったのはその辺りです。単純に読んで面白い。一項目が数ページで読みやすいのもポイントです。


今日から使える薬局栄養指導Q&A

管理栄養士の成田崇信さんとの共著です。発売日は2022年2月1日です。成田崇信さんは、はてなブロガーでもあり、■とラねこ日誌を書かれています。はてなブロガーコラボの本と言って過言ではないでしょう。

想定読者は薬局で栄養指導を行う薬剤師さんあるいは管理栄養士さんです。ですが、一般の方々が読んでいただいても役に立つと思います。義母が貧血や嚥下障害があるのですが、さっそく参考にしています。読み物としても、Part4の「食品と健康をめぐるQ&A」なんて面白いと思います。

企画の段階から成田さん、編集者の方、私の3人で何度もリモート会議をしたのですが、ひじょうに有意義な体験でした。職場にも多職種が参加するカンファレンスはありますが、どうしても個々の患者さんの対応に注目しがちです。総論的な大きな展望を議論できたことは貴重な体験でした。会議をするだけで充実し仕事をしたつもりになってしまい、なかなか執筆意欲が湧かない、という負の側面もありましたが。

食事や栄養は奥が深いです。薬剤と比べると比較試験は少なく、背景の食文化や個人の価値観の違いもあって既存の研究の解釈や適用には注意を要します。しかし、というか、だからこそ、食事や栄養の情報を適切に扱うことは重要でやりがいがあります。この本を書くことでその点を再認識いたしました。

以上、本の紹介でした。複数の本の企画が平行して走っていると、一方の締め切りともう一方の校正が重なったりしてたいへんでした。読んでもらえるとうれしいです。それではみなさん、よいお年を。


*1:マリスの死を25年間前倒しする「真実」の利点は、「マリスが『感染症の診断にPCRが使えない』と主張していたのが事実であるなら、マリスが死ぬ2019年までに感染症の診断に広範囲にPCRが使用されていたことにマリスが沈黙していたのはなぜか?」」という疑問に対して「マリスはすでに亡くなっていたからだ」という答えが得られることだ

「万能薬」ができるわけ

ニセ医学の多くは効果が特定の疾患に限定されず、きわめて多様な疾患に効くと吹聴されている。例を挙げれば、血液クレンジングは慢性疲労・肩こり・冷え性、頭痛、不妊症、更年期障害、高脂血症、高血圧、花粉症、アトピー性皮膚炎、認知症・脳血管障害の予防、美肌効果、気管支喘息、動脈硬化・狭心症・心筋梗塞の予防、がん、悪性リンパ腫、白血病、インフルエンザ、肝炎、HIVに適応があると称されている*1。まさしく「万能薬」と言っていい。

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「こすぎレディースクリニック」のウェブサイトにあるオゾン療法(血液クレンジング)の適応(一部)。

「stage IVの非小細胞肺がんに効果がある」などと適応を絞ったニセ医学はあまりない。万能を謳う理由の一つは潜在的な顧客(カモ)の数であろう。商売をするなら顧客が多いほうがいいので、がんにもアトピーにもアンチエイジングにも効くと称しておくほうが都合がいい。

ニセ医学の適応が広い理由は他にもある。ニセ医学を推奨する人の目的は必ずしもビジネスではない。その療法に効果があることを心から信じ、多くの人々を助けようという熱意を持っているときもある。ただ、効果の有無を正確に判定する能力が欠如しているゆえに、結果的にニセ医学を推奨してしまうだけである。

ある治療法に効果があるかどうかを判定するのは難しい。このブログの読者であればランダム化比較試験が望ましいことはご理解しているであろう。ランダム化比較試験は、治療を受ける介入群と、受けない対象群をランダムにわけ、効果の差を観察、比較する。臨床医の実感では効果ありとされていた治療法がランダム化比較試験で効果が確認されなかった事例はいくらもある。

臨床医の実感はしばしば間違う。自然治癒、平均への回帰、選択バイアス、プラセボ効果などなど、効果のない治療法を効果ありと誤認する要因はたくさんある。よくある例が風邪(普通感冒)に対する抗菌薬だ。抗菌薬は風邪に効果があると誤認されてよく処方されていた。風邪に抗菌薬が効かないことが周知され徐々に処方は減っているが、現在でも処方している臨床医は少なくない*2

信頼できるランダム化比較試験の結果が得られない段階で、医師の裁量権の範囲内でエビデンスに乏しい治療を行うことは必ずしも否定しない。しかし、その場合、「もしかしたら効果がなく副作用だけあるかもしれない。私がこの治療を行うことで助かる命も助からなくなるかもしれない」という可能性を念頭においた覚悟が必要だ。「論文よりも命が大事」「効くかもしれないからダメ元で使えばよい」などというのは覚悟から逃げている。

覚悟がないまま、 効果の有無を正確に判定する能力が欠如している臨床医がエビデンスに乏しい治療をしていると、医学界のコンセンサスからどんどん離れていく悪循環に陥る危険がある。フィードバックが働かないからだ。他の医師からの批判は耳に入らず、自然治癒かプラセボ効果で効果があると感じた一部の患者の支持を頼りに、効果のない治療法を続けてしまう。臨床医の主観では多くの患者に効果があるのに医学界からはなぜか認められない治療法に見え、陰謀論につながりやすい。そのうち、他の疾患にも試して「効果がある」と誤認するようになると「万能薬」ができあがる。「ギランバレー症候群様の方にイベルメクチンが効いた」という話を聞いて、このようなことを考えた。「イベルメクチンは万能すぎて製薬会社が困る」「イベルメクチンは癌にも効くようだ。癌になったらイベルメクチン飲もう」という声もある。危うい。

「イベルメクチンをニセ医学と一緒にするな」という反応が予想できる。もちろん、イベルメクチンはニセ医学ではない。特定の寄生虫疾患に対しては特効薬であり、新型コロナウイルス感染症にも効果がある可能性があり質の高い臨床試験の結果を待っているところである。「イベルメクチンをニセ医学と一緒にするな」という声は、私にではなく、陰謀論に陥りイベルメクチンを万能薬として扱いはじめた人たちに挙げてもらいたい。

*1:執筆時点で「血液クレンジング」でGoogle検索1位だった「こすぎレディースクリニック」のウェブサイトによる

*2:風邪に似た別の細菌感染症に抗菌薬を投与することは当然ある

過剰診断が多いほど検診から恩恵を受けたと感じる人が多くなる「ポピュラリティパラドクス」

乳がん検診はがん死を減らすが過剰診断も生じる

マンモグラフィーによる乳がん検診は乳がん死を減らす一方で過剰診断も生じる。つまり検診がなければ生涯無症状で乳がんと診断されなかったはずの人も乳がんだと診断してしまう。乳がん検診は複数のランダム化比較試験が行われており、過剰診断の割合はおおむねわかっている。以前、ある研究に基づいた『■検診で乳がんが発見された人が100人いたとして』という記事において、検診で乳がんと診断された人のうち過剰診断は約29%だという数字を紹介した。検診のおかげで乳がん死を免れる人は約3%、検診で乳がんが発見されても乳がんで亡くなる人も約3%、残りの約65%は検診を受けなくてもいずれ症状が出て乳がんと診断されるが、診断されてから治療しても乳がん死しない人である*1

この記事の感想に「私は運よく検診で乳がん死を免れた3%であったのだろう」というものがあった。この感想を述べた方は検診で乳がんが発見され、治療を受け、現在も再発もなく生きておられるのであろう。この方は検診のおかげで命拾いしたと認識しておられるし、おそらく治療を行った医療者もそのように説明している。しかしながら、この方が検診のおかげで乳がん死を免れたとは限らないし、むしろその確率は低い。

検診で発見された乳がんの予後は良い。先ほど言及した研究に基づけば、検診で発見された乳がん患者100人のうち97人は乳がんでは死なない。しかしその97人のうち検診のおかげで乳がん死を免れたのは3人だけだ。65人は症状が出てからの治療でも間に合う乳がんを前倒しして発見されたもので、29人はそもそも検診がなければ乳がんと診断されることがなかった人(過剰診断)である。

前倒し診断は、手術範囲が小さくて済むといった利益はもしかしたらあるかもしれないが実際のところは不明確である一方で、病気である期間が長くなるという明確な害がある。過剰診断には利益はなく治療の負担や心理的不安といった害だけがある。これらの検診の害が容認されているのは乳がん死の減少という利益があるからだ。乳がん検診は、少数の乳がん死回避という利益を得るために、広く薄く害を生じる医療介入である。

過剰診断が多ければ多いほど、検診のおかげで命が助かったと思う人が多くなり、検診に「人気」が出る

興味深いのは、検診で乳がんが発見され治療を受けた人の多くが「検診から利益を得た。検診のおかげで命拾いした」と考えることだ。患者さんだけではなく医療者も同様である。「検診をした後にがんが再発・進行しないから検診に効果があった」と考えるのは単純な「3た論法」であり、論理構造としては「ホメオパシーのレメディの摂取後に病気が治ったからレメディが効いた」と同じである。「検診外で発見されたがんと比べて、検診で発見されたがんが予後がいいから検診は有効だ」というのは直観的には正しそうだが、やっぱり誤りである。直感に反して、検診で発見されたがんの予後が良くても、がん検診が有効だとは言えない

仮の話として、過剰診断を100%除外できる改良型乳がん検診技術が開発されたとしよう。過剰診断が減るぶんだけ害が少ない優れた検診であるはずだが、検診で発見されたがんの予後は悪くなる。過剰診断がある従来の検診だと検診で診断された乳がん100人中3人、割合で3%が乳がん死するが、過剰診断(100人中29人)が除外できる改良型検診だと検診で診断された71人中3人、割合で4%強が乳がん死する。

逆に過剰診断をたくさん見つけてしまう検診では、検診で発見されたがんの予後はきわめて良くなる。過剰診断が多ければ多いほど「検診から利益を得た」と誤って考える患者さんや医療者が多くなってしまう。検診で命拾いしたと誤認した患者さんは他の人にも検診を勧めるだろうし、医療者も患者さんから感謝され、より多くの人に検診を行う動機付けになる。過剰診断という害が大きければ大きいほど検診に人気が出る。この現象を「ポピュラリティパラドクス(人気に関する矛盾, popularity paradox)」という*2

ポピュラリティパラドクスは、がん死を減らすといった利益のない検診でも起こる。というか、むしろ、検診から利益を得にくい予後のよいがん腫で起こりやすい。利益より害が大きい医療介入が広く行われるのは薬害と同じ構図であるが、検診から害を被った人が検診から恩恵を受けたと誤認するので被害が認識されにくい。ワクチンや治療薬の副作用への懸念の100分の1でもよいから、検診の害についても関心を持っていただければ幸いである。

エビデンスに基づかずポピュラリティパラドクスに基づいて検診を推奨している医療者もいる

検診を推奨したいのであれば、検診から得られる利益が害を上回ることを示す必要がある。公的に推奨されているがん検診はいずれも検診によってがん死が減少することが確認されている。根拠に基づいた医療(EBM)が浸透した現在では、検診群が対照群と比較して、がん死*3を減らすランダム化比較試験が必要とされる。ランダム化比較試験ができないなら、コホート研究や症例対照研究といった観察研究が必要だ。いずれにせよ「検診で発見されたがん患者群」対「検診外で発見されたがん患者群」で比較してはならない。

しかしながら、一部の医療者が、がん検診の疫学を理解しないまま検診を推奨しているのが現状だ。「がんを見つけてもらい命を救われた当事者の感謝の声がたくさんある。どんどん検診を広めるべき」という主張は、「ホメオパシーのレメディを摂取したおかげで病気が治ったという体験談がたくさんある。どんどんホメオパシーを広めるべき」という主張と同レベルである*4。患者さんが誤認するのはやむを得ないが、医療者ががん検診を勧めるのであれば、基本的ながん検診の疫学を理解してからにすべきである。

*1:研究によっても数字は異なるが大きくは違わない。検診で発見された乳がんの多くは生命予後を変えない前倒し診断で、その次に多いのが過剰診断で、検診で乳がん死を免れる患者は少ない

*2:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2647432/

*3:もしくは浸潤がんの発症などの重大な有害アウトカム

*4:むしろ検診の害を認識できていないぶんだけホメオパシーの体験談よりも悪質かもしれない