NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

「万能薬」ができるわけ

ニセ医学の多くは効果が特定の疾患に限定されず、きわめて多様な疾患に効くと吹聴されている。例を挙げれば、血液クレンジングは慢性疲労・肩こり・冷え性、頭痛、不妊症、更年期障害、高脂血症、高血圧、花粉症、アトピー性皮膚炎、認知症・脳血管障害の予防、美肌効果、気管支喘息、動脈硬化・狭心症・心筋梗塞の予防、がん、悪性リンパ腫、白血病、インフルエンザ、肝炎、HIVに適応があると称されている*1。まさしく「万能薬」と言っていい。

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「こすぎレディースクリニック」のウェブサイトにあるオゾン療法(血液クレンジング)の適応(一部)。

「stage IVの非小細胞肺がんに効果がある」などと適応を絞ったニセ医学はあまりない。万能を謳う理由の一つは潜在的な顧客(カモ)の数であろう。商売をするなら顧客が多いほうがいいので、がんにもアトピーにもアンチエイジングにも効くと称しておくほうが都合がいい。

ニセ医学の適応が広い理由は他にもある。ニセ医学を推奨する人の目的は必ずしもビジネスではない。その療法に効果があることを心から信じ、多くの人々を助けようという熱意を持っているときもある。ただ、効果の有無を正確に判定する能力が欠如しているゆえに、結果的にニセ医学を推奨してしまうだけである。

ある治療法に効果があるかどうかを判定するのは難しい。このブログの読者であればランダム化比較試験が望ましいことはご理解しているであろう。ランダム化比較試験は、治療を受ける介入群と、受けない対象群をランダムにわけ、効果の差を観察、比較する。臨床医の実感では効果ありとされていた治療法がランダム化比較試験で効果が確認されなかった事例はいくらもある。

臨床医の実感はしばしば間違う。自然治癒、平均への回帰、選択バイアス、プラセボ効果などなど、効果のない治療法を効果ありと誤認する要因はたくさんある。よくある例が風邪(普通感冒)に対する抗菌薬だ。抗菌薬は風邪に効果があると誤認されてよく処方されていた。風邪に抗菌薬が効かないことが周知され徐々に処方は減っているが、現在でも処方している臨床医は少なくない*2

信頼できるランダム化比較試験の結果が得られない段階で、医師の裁量権の範囲内でエビデンスに乏しい治療を行うことは必ずしも否定しない。しかし、その場合、「もしかしたら効果がなく副作用だけあるかもしれない。私がこの治療を行うことで助かる命も助からなくなるかもしれない」という可能性を念頭においた覚悟が必要だ。「論文よりも命が大事」「効くかもしれないからダメ元で使えばよい」などというのは覚悟から逃げている。

覚悟がないまま、 効果の有無を正確に判定する能力が欠如している臨床医がエビデンスに乏しい治療をしていると、医学界のコンセンサスからどんどん離れていく悪循環に陥る危険がある。フィードバックが働かないからだ。他の医師からの批判は耳に入らず、自然治癒かプラセボ効果で効果があると感じた一部の患者の支持を頼りに、効果のない治療法を続けてしまう。臨床医の主観では多くの患者に効果があるのに医学界からはなぜか認められない治療法に見え、陰謀論につながりやすい。そのうち、他の疾患にも試して「効果がある」と誤認するようになると「万能薬」ができあがる。「ギランバレー症候群様の方にイベルメクチンが効いた」という話を聞いて、このようなことを考えた。「イベルメクチンは万能すぎて製薬会社が困る」「イベルメクチンは癌にも効くようだ。癌になったらイベルメクチン飲もう」という声もある。危うい。

「イベルメクチンをニセ医学と一緒にするな」という反応が予想できる。もちろん、イベルメクチンはニセ医学ではない。特定の寄生虫疾患に対しては特効薬であり、新型コロナウイルス感染症にも効果がある可能性があり質の高い臨床試験の結果を待っているところである。「イベルメクチンをニセ医学と一緒にするな」という声は、私にではなく、陰謀論に陥りイベルメクチンを万能薬として扱いはじめた人たちに挙げてもらいたい。

*1:執筆時点で「血液クレンジング」でGoogle検索1位だった「こすぎレディースクリニック」のウェブサイトによる

*2:風邪に似た別の細菌感染症に抗菌薬を投与することは当然ある