NATROMのブログ

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過剰診断が多いほど検診から恩恵を受けたと感じる人が多くなる「ポピュラリティパラドクス」

乳がん検診はがん死を減らすが過剰診断も生じる

マンモグラフィーによる乳がん検診は乳がん死を減らす一方で過剰診断も生じる。つまり検診がなければ生涯無症状で乳がんと診断されなかったはずの人も乳がんだと診断してしまう。乳がん検診は複数のランダム化比較試験が行われており、過剰診断の割合はおおむねわかっている。以前、ある研究に基づいた『■検診で乳がんが発見された人が100人いたとして』という記事において、検診で乳がんと診断された人のうち過剰診断は約29%だという数字を紹介した。検診のおかげで乳がん死を免れる人は約3%、検診で乳がんが発見されても乳がんで亡くなる人も約3%、残りの約65%は検診を受けなくてもいずれ症状が出て乳がんと診断されるが、診断されてから治療しても乳がん死しない人である*1

この記事の感想に「私は運よく検診で乳がん死を免れた3%であったのだろう」というものがあった。この感想を述べた方は検診で乳がんが発見され、治療を受け、現在も再発もなく生きておられるのであろう。この方は検診のおかげで命拾いしたと認識しておられるし、おそらく治療を行った医療者もそのように説明している。しかしながら、この方が検診のおかげで乳がん死を免れたとは限らないし、むしろその確率は低い。

検診で発見された乳がんの予後は良い。先ほど言及した研究に基づけば、検診で発見された乳がん患者100人のうち97人は乳がんでは死なない。しかしその97人のうち検診のおかげで乳がん死を免れたのは3人だけだ。65人は症状が出てからの治療でも間に合う乳がんを前倒しして発見されたもので、29人はそもそも検診がなければ乳がんと診断されることがなかった人(過剰診断)である。

前倒し診断は、手術範囲が小さくて済むといった利益はもしかしたらあるかもしれないが実際のところは不明確である一方で、病気である期間が長くなるという明確な害がある。過剰診断には利益はなく治療の負担や心理的不安といった害だけがある。これらの検診の害が容認されているのは乳がん死の減少という利益があるからだ。乳がん検診は、少数の乳がん死回避という利益を得るために、広く薄く害を生じる医療介入である。

過剰診断が多ければ多いほど、検診のおかげで命が助かったと思う人が多くなり、検診に「人気」が出る

興味深いのは、検診で乳がんが発見され治療を受けた人の多くが「検診から利益を得た。検診のおかげで命拾いした」と考えることだ。患者さんだけではなく医療者も同様である。「検診をした後にがんが再発・進行しないから検診に効果があった」と考えるのは単純な「3た論法」であり、論理構造としては「ホメオパシーのレメディの摂取後に病気が治ったからレメディが効いた」と同じである。「検診外で発見されたがんと比べて、検診で発見されたがんが予後がいいから検診は有効だ」というのは直観的には正しそうだが、やっぱり誤りである。直感に反して、検診で発見されたがんの予後が良くても、がん検診が有効だとは言えない

仮の話として、過剰診断を100%除外できる改良型乳がん検診技術が開発されたとしよう。過剰診断が減るぶんだけ害が少ない優れた検診であるはずだが、検診で発見されたがんの予後は悪くなる。過剰診断がある従来の検診だと検診で診断された乳がん100人中3人、割合で3%が乳がん死するが、過剰診断(100人中29人)が除外できる改良型検診だと検診で診断された71人中3人、割合で4%強が乳がん死する。

逆に過剰診断をたくさん見つけてしまう検診では、検診で発見されたがんの予後はきわめて良くなる。過剰診断が多ければ多いほど「検診から利益を得た」と誤って考える患者さんや医療者が多くなってしまう。検診で命拾いしたと誤認した患者さんは他の人にも検診を勧めるだろうし、医療者も患者さんから感謝され、より多くの人に検診を行う動機付けになる。過剰診断という害が大きければ大きいほど検診に人気が出る。この現象を「ポピュラリティパラドクス(人気に関する矛盾, popularity paradox)」という*2

ポピュラリティパラドクスは、がん死を減らすといった利益のない検診でも起こる。というか、むしろ、検診から利益を得にくい予後のよいがん腫で起こりやすい。利益より害が大きい医療介入が広く行われるのは薬害と同じ構図であるが、検診から害を被った人が検診から恩恵を受けたと誤認するので被害が認識されにくい。ワクチンや治療薬の副作用への懸念の100分の1でもよいから、検診の害についても関心を持っていただければ幸いである。

エビデンスに基づかずポピュラリティパラドクスに基づいて検診を推奨している医療者もいる

検診を推奨したいのであれば、検診から得られる利益が害を上回ることを示す必要がある。公的に推奨されているがん検診はいずれも検診によってがん死が減少することが確認されている。根拠に基づいた医療(EBM)が浸透した現在では、検診群が対照群と比較して、がん死*3を減らすランダム化比較試験が必要とされる。ランダム化比較試験ができないなら、コホート研究や症例対照研究といった観察研究が必要だ。いずれにせよ「検診で発見されたがん患者群」対「検診外で発見されたがん患者群」で比較してはならない。

しかしながら、一部の医療者が、がん検診の疫学を理解しないまま検診を推奨しているのが現状だ。「がんを見つけてもらい命を救われた当事者の感謝の声がたくさんある。どんどん検診を広めるべき」という主張は、「ホメオパシーのレメディを摂取したおかげで病気が治ったという体験談がたくさんある。どんどんホメオパシーを広めるべき」という主張と同レベルである*4。患者さんが誤認するのはやむを得ないが、医療者ががん検診を勧めるのであれば、基本的ながん検診の疫学を理解してからにすべきである。

*1:研究によっても数字は異なるが大きくは違わない。検診で発見された乳がんの多くは生命予後を変えない前倒し診断で、その次に多いのが過剰診断で、検診で乳がん死を免れる患者は少ない

*2:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2647432/

*3:もしくは浸潤がんの発症などの重大な有害アウトカム

*4:むしろ検診の害を認識できていないぶんだけホメオパシーの体験談よりも悪質かもしれない