NATROMのブログ

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剖検データでは過剰診断を否定できない

要約:

  • 成人において、剖検では生前に診断されなかった甲状腺がんがたくさん見つかる。小さいがんがあまりにもたくさん見つかるので、現在の治療介入基準の10mmより大きいがんは相対的に少なく見えるが、発生率(罹患率)と比べると多い。
  • 小児の甲状腺がんが剖検で見つかっていないことは剖検される小児症例が少ないことで説明可能である。


甲状腺がんは、治療しなくても一生症状を出さずに終わるような病気まで見つけてしまう、いわゆる過剰診断が多いことが知られています。証拠は豊富にありますが、その一つが、剖検における甲状腺がんの多さです。剖検とは、亡くなった人の遺体を解剖して、死因や病気の有無・進行状況を調べることです。甲状腺がんの症状が出ていない人の甲状腺にがんが見つかることがあります。もしその人が生前に甲状腺検査を受けて甲状腺がんと診断されていたら、それは過剰診断です。

剖検における甲状腺がんの有病割合は、報告によっても差がありますが、おおむね10%とされていることが多いです。報告によって差があるというのが曲者で、約0.5%から30%超まで非常に幅があります*1。甲状腺がんは、一所懸命に探すとたくさん見つかるという特徴があります。甲状腺を細かい切片に切ってくまなく調べると、よりサイズの小さながんまで見つかるので、有病割合は高くなります。生きている人に対する検査も同様で、超音波検査で長い時間をかけて丁寧に走査して小さい結節まで徹底的に拾い上げる方針と、ざっくり大きな結節を見落とさなければよしとする方針では、見つかる甲状腺がんの数に差が出ます。ただ、超音波検査ではあまりにも小さいがんは見つけられないので、剖検のほうが有病割合の幅が大きくなりがちです。

たまに「剖検で発見された甲状腺がんのほとんどが10mm以下であり、治療介入基準の10mmより大きいがんはほとんどない。だから、10mmより大きい甲状腺がんは過剰診断ではない」といった意見を聞きますが誤りです。「一所懸命に探す」と、数mm以下の甲状腺がんがたくさん見つかります。よって、相対的に10mmより大きい甲状腺がんの割合は小さくなって当然です。言い換えると、分母を「サイズにかかわらず剖検で発見されたすべての甲状腺がんの数」、分子を「剖検で発見された10mmより大きい甲状腺がんの数」とした指標は、分母が「一所懸命に探す」かどうかに大きく依存するのでほとんど参考になりません。

剖検では10mm以下のがんがあまりにも多いため、相対的に10mmより大きいがんは少なく見えますが、それでも一般集団の発生率(罹患率)と比べるとより多くの10mmより大きい甲状腺がんが剖検で見つかっています。たとえば、フィンランドで行われた101例の連続した剖検から、36例52個の甲状腺がんが見つかりました*2。症例数とがんの個数が一致しないのは、一人の甲状腺から複数のがんが発見されることもあるからです。さて、52個の甲状腺がんのうち、10mmより大きいがんは2個のみです。これを「治療介入基準の10mmより大きいがんはほとんどない」と解釈するのは誤りです。たった101例しか調べていないのに、2個も見つかったと解釈すべきです。一方、52個という数字の重要性は低いです。もっと一所懸命に調べていたらもっとたくさんのがんが見つかったでしょうし、手を抜いていたらもっと少なかったはずです。

101例中2例は有病割合で言えば約2%です。有病割合を発生率(罹患率)と比べてみましょう。当時のフィンランドの甲状腺がん発生率は、およそ5人/10万人年でした。もし過剰診断がなかったとしたら、100人程度を剖検したところで10mmより大きい甲状腺がんが見つかる可能性はそれほど高くないことは直感的に理解できると思います。もうちょっと定量的に考察してみましょうか。潜在期間(がんが検査で検出可能になってから症状が出て臨床的に診断されるまでの期間)と有病割合と発生率の関係は、次のように表されます。


有病割合≒発生率×潜在期間


この式に基づいて潜在期間を計算すると、潜在期間 ≒ 有病割合 ÷ 発生率 = 0.02 ÷(5人/10万人年)= 400年となります。もちろん、ヒトは400年も生きませんので、10mmより大きい甲状腺がんであっても多くは過剰診断であることを示唆しています。後述するように、剖検データは過剰診断が起こり得ることを示すのは適切ですが、過剰診断の割合の定量には向いていません。そこをあえて計算したのは、過剰診断の多さを示唆する研究を誤って過剰診断はほとんどないという結論に結び付ける意見が散見されるからです。また、当然のことですが、101例の剖検で15mm以上の甲状腺がんが発見されなかったからといって、「15mm以上なら進行は止まらず、過剰診断ではない」とは言えません。もっとたくさん調べれば、15mm以上のがんが見つかるかもしれないではないですか。実際、1020例の連続剖検で19mmのがんが見つかったという報告があります*3

「剖検で見つかっていないので20mm以上は過剰診断ではない」という声が聞こえてきそうです。さすがに20mm以上となると過剰診断である可能性は小さくなるとは私も思いますが、過剰診断ではないとは断言はできません。無症状の人が受ける検診で、30mmを超える甲状腺がんが発見されることもあります。その人は30mmの甲状腺がんをかかえながら、検診を受けるまでは甲状腺がんと診断されずに過ごしていたのです。その人が症状が出る前に死んだとしたら過剰診断ということになります。頻度はまれなので剖検で見つかっていなくてもおかしくはありません。

「〇〇mm未満はほとんどが過剰診断で、〇〇mm以上はほとんど過剰診断ではない」といったカットオフ値はありません。「〇〇mm~△△mmのがんのうち過剰診断の割合は80%、△△mm~□□mmのがんのうち過剰診断の割合は50%、□□mm~××mmのがんのうち過剰診断の割合は20%」といったグラデーションであると考えるのが合理的です。そう考えると、「10mmより大きい甲状腺がんには過剰診断はほとんどない」といった誤りに陥らずに済みます。

そもそも、剖検によるデータは、過剰診断かどうかが問題になる大きな甲状腺がんがどれぐらいあるのか、という定量的な問題を考えるのに向いていません。まず、扱える症例数に限りがあります。19mmだと1000例調べて1例あるかないかですから、比較が困難です。だからといって10000人を剖検するとなると労力がものすごくかかって現実的ではありません。剖検よりも、実臨床のデータを使うほうが合理的です。超音波検査では1mmといったきわめて小さいがんは見落としてしまいますが、大きながんは超音波検査で見落とされるおそれは小さいです。

扱える症例数以外にも問題があって、剖検研究の対象者は「剖検されるような人」だけという、無視できないバイアスがあります。対象者の全例を「連続」して剖検することでバイアスを減らすことができますが、まとまった数の連続剖検が可能な施設は限られます。大学病院のような施設だと、他の死亡者と比べて生前に綿密な検査を受け、よって無症状の病変も発見・治療されてしまう傾向があります。これは過剰診断を過小評価する方向へ働きます。以上は、成人の甲状腺がんの話です。成人の甲状腺がんに過剰診断が多いこと、ガイドラインに基づいて抑制的な診断・治療を行っても多くの過剰診断・過剰治療が生じることは国際的なコンセンサスです。剖検データをもってこうしたコンセンサスを否定する言説はすべて間違いです

それでは小児はどうでしょうか。剖検で小児の甲状腺がんが見つかっていないことを理由に福島県における小児甲状腺がんは過剰診断ではないという意見がありますが誤りです。この誤りは統計的検出力についての理解不足に由来します。福島県の第一巡目では、約30万人を対象に検査を行い、116人が甲状腺がんまたはその疑いと診断されました。有病割合は約0.04%、約2500人に1人に相当します。平時の小児の甲状腺がん発生率と比べると高いですが、剖検データで論じるには低すぎます。福島県の第一巡目と比べようとすれば剖検例を2500例を集めてもまだ足りません。小児の甲状腺がんに関しては、過剰診断あるいは被ばくによる増加か否か、剖検データでは否定も肯定もできません。高齢者と比べて小児は死亡事例が少ないから当然ですが、小児の剖検事例はきわめて少ないです。加えて、小児は成人以上に「剖検されるような人」というバイアスが強くかかります。大学病院で死亡し剖検される小児症例は、一般的な小児と比べて多くの点で異なるでしょう。小児について、剖検データから過剰診断が起きていないとする言説はすべて間違いです。

知識だけあってもダメですが、最低限の知識は建設的な議論の前提です。過剰診断の定義や一般的ながん検診の疫学について知らないまま、福島県の小児症例について議論ができるでしょうか。知識を得る努力を怠り「既存の知見に頼らないで自分で考察」しようとするのは知的怠慢にすぎません。不正義や権威と戦うには知識が必要です。このブログが、読者のみなさんが過剰診断やがん検診の基本を学ぶ入口になればと思います。このブログが「わかる」へ一歩近づくきっかけになれば、これほどうれしいことはありません。