要約:
- 2巡目以降に相当数の甲状腺がんが発見されていることは、被ばくの影響がなく過剰診断が起きているという主張と矛盾しない。被ばくの影響がなくても小児の集団を長期フォローアップすると多くの甲状腺がんが診断される。
- 甲状腺がんの増大速度が一定だと仮定するとさまざまな矛盾が生じる。甲状腺がんの増大速度は一定ではなく、急速に増大する期間を経て成長が止まるとする臨床的証拠がある。
- 甲状腺がんはガイドラインに基づいて抑制的な診断・治療を行っても、多くの過剰診断・過剰治療が生じる。
福島県では、東京電力福島第一原子力発電所事故当時に18歳以下であった約38万人を対象に、甲状腺検査が継続的に実施されています。初回検査(いわゆる1巡目)には約30万人が参加し、そのうち116人が甲状腺がんまたはその疑いと診断されました。以後、原則2年ごとの検査(2巡目以降)や、年齢の節目(25歳・30歳)に応じた長期フォローアップ検査が行われています。これまでに300人を超える方が甲状腺がんと診断されています。
平時における小児あるいは若年者の罹患率と比べ、多くの人が甲状腺がんと診断されていることには何らかの説明が必要です。放射線被ばくによる多発だという主張もあれば、数十年後に発症するがんまで含めて前倒しして発見している(狭義のスクリーニング効果)、あるいは、生涯にわたって無症状であるがん(過剰診断)を発見しているという主張もあります。
2巡目以降の多発見は被ばくの影響がなくても起こり得る
一部の論者は、2巡目以降も多数の甲状腺がんが見つかっていることを理由に、過剰診断では説明がつかないと主張しています。しかしこの見解は妥当ではありません。なぜなら、18歳以下の集団に対して継続的に超音波による甲状腺検査を実施すれば、放射線被ばくの影響がまったくなかったとしても、新たに甲状腺がんと診断される人が一定の割合で現れるのは当然だからです。放射線被ばくの影響はあるかもしれませんし、ないかもしれませんが、少なくとも2巡目以降の多発見から被ばくの影響があるとは言えません。
症状のない成人に対して超音波検査を行うと、通常の罹患率から予想されるよりもはるかに多くの甲状腺がんが見つかります。報告によって幅がありますが、たとえば人間ドックを受けた日本人(平均年齢49.7歳)を対象にした研究を集計すると、甲状腺がんの発見率は0.49%とされています*1。この報告を踏まえると、30万人の小児を50歳まで甲状腺検査を継続すると、その約0.5%、約1500人かそれ以上が甲状腺がんと診断されてしまうことになります。初回検査では116人しか診断されていませんから、2巡目以降にも甲状腺がんと診断される人が出てくるのは何の不思議もありません。以下は、「311子ども甲状腺がん損害賠償請求訴訟」における「第46準備書面:口頭説明資料(井戸弁護士)」からの引用です*2。

放射線被ばくの影響でがんが増加しているという証拠にはならない。むしろ、福島で甲状腺検査による害が起きていることを示していると、引用者は考える。
二巡目以降も数人から十数人の甲状腺がんの検出が続いていることから、過剰診断(潜在がん)では説明がつかず*3、被ばくによる影響であるとと主張したいのでしょう。しかしながら、既知の疫学的知見を踏まえると、たとえ被ばく影響がなくても2巡目以降に新たに甲状腺がんと診断される人が続出しても不思議はありません。甲状腺がん検診は明確な利益が示されていない一方で、過剰診断をはじめとした害があります。この図は、放射線被ばくの害ではなく、有用性の根拠が乏しい検査の害を表していると私は考えます。
がんの増大速度が一定だと仮定することで生じる矛盾
「そうは言っても、前回の検査で結節は認められなかったのに今回は治療介入を要するがんが発見されたのであれば、増大速度は速く、過剰診断とは言えないのでは?」という疑問を持たれる方もいらっしゃるでしょう。この疑問は、甲状腺がんの増大するスピードが一定であるという、証明されていない仮定に基づいています。この仮定は後述するように実際の臨床データと矛盾していますが、よしんば正しいと仮定すると現在の甲状腺がん診療の方針には深刻な問題が生じることになります。
過剰診断を否定する人たちの言い分の一つに「がんと診断されてもすぐに手術せず綿密に経過観察をおこなう『積極的監視』などの抑制的な介入によって過剰診断は最小限に抑えられている」というものがあります。実際、他のリスク因子のない径10mm以下の甲状腺がんは、通常、手術せずに積極的監視されます。しかし、「がんの増大速度が一定だ」という仮定が正しいのであれば、こうした抑制的な方針は危険です。たとえば、前回の検査で結節は認められなかったのに今回9mmの結節が発見されたしましょう。積極的監視とか言ってないで手術すべきではないのですか?一定の増大速度という仮定を採用するなら、積極的監視にも反対しなければ、論理的整合性がとれません。
また、がんの増大速度が一定だと仮定すると、2巡目や3巡目はともかく、それ以降の巡目で発見されたがんは放射線被ばくの影響による発生とは考えにくくなります。たとえば、1~4巡目では結節は指摘されず、5巡目に12mmの甲状腺がんが発見されたとしましょう。原発事故による放射線被ばくによって生じたがんが一定の増大速度で成長したのならば、5巡目でいきなり12mmで見つかるでしょうか。たとえば3巡目で8mm、4巡目で10mmと段階的に大きくなっていたならば納得できますが、そうした経過を示さない突然の出現は、放射線被ばくの影響と結びつけるには無理があります。
さらに言うなら、がんの増大速度が一定であるならば、福島県内において検診を受診していない集団や、福島県に隣接した地域から、臨床症状を呈した甲状腺がんが多く生じるはずです。1巡目において、37万人弱の検査対象者のうち、80%強が検査を受け、116人が甲状腺がんと診断されました。検査を受診しなかった20%弱にも「検査をすれば甲状腺がんと診断された人」がいたはずです。20人以上はいたという計算になります。2巡目以降は受診割合はさらに下がっています。放射性物質は行政区画の境界で止まるわけではありません。原子力発電所から遠い福島県の会津地方でも甲状腺がんが見つかっている以上、福島県に隣接した県外地区にも「検査をすれば甲状腺がんと診断された人」は相当数いたはずです。県の検査とは別に甲状腺がんと診断された人はいるにはいますが、必ずしも臨床症状が出たからではなく、症状はないが不安から検査を受けた人を含んでいます。仮に甲状腺がんが放射線被ばくによって多数発生し、なおかつ一定の速度で増大するのであれば、症状を呈して医療機関を受診し、がんと診断される人がもっと多く現れているはずです*4。
甲状腺がんは急速に増大する期間を経て成長が止まるという臨床的証拠
「がんの増大速度が一定でないなら、甲状腺がんは急速に増大してピタッと成長を止めるとでも?」という疑問を持つ方もいらっしゃるでしょう。甲状腺がんについてはそう考えるべき臨床的証拠があります。甲状腺がんの積極的監視に大きな業績を残した隈病院からの報告です*5。手術せずに積極的監視された多くの成人の微小甲状腺がんは、ほとんど増大しないか、収縮する例もあることがわかっています。引用した図において、黒丸は診断時点で10mmであることを示しています。Aは実際に観察された腫瘍の増大または縮小の範囲です。

甲状腺がんの増大速度は一定ではなく、より急速に増大する期間があったと考えられることを示す。
出生時点でがんが発生し、一定の増大速度で大きくなったと仮定したのが線Bです。診断された時点で急に成長が止まったと考えなくてはならず、この仮定は正しくなさそうです。線Cは出生後のある時点でがんが発生したと仮定したときの成長線です。Bよりも急速に増大しなければなりませんが、やはり診断時点で急に成長が止まるのは不自然です。診断直前の期間の成長速度は、診断直後の成長速度とそれほど変わらないはずです。そうなると線Dのように、診断前に急速に増大する期間があったと考えるのが妥当です。甲状腺がんの増大速度は一定ではなく、急速に増大する期間と成長を止める期間があるのです。
「この図は10mm以下の微小甲状腺がんに限った話であり、10mmより大きい甲状腺がんには当てはまらない」という反論が予想されます。しかし、10mmという基準は便宜的に設定されたものです。「9.5mmならピタッと成長を止めるが、10.5mmならどんどん成長する」といった明確な違いがあるわけではないのです。10mm以下の微小甲状腺がんのほとんどが過剰診断であるならば、10mmをわずかに超える甲状腺がんの多くも過剰診断です。ガイドラインに従って抑制的な診断あるいは治療を行っていても過剰診断や過剰治療は起きます。付け加えれば、福島県の小児の症例においても、直線的な増大ではなく、初期の増殖期の後の増殖停止パターンが観察されています*6。観察期間が短いという制限はありますが、過剰診断を否定する人たちが主張するような急速な増大を示すのなら、短い観察期間でも増大が観察されるはずです。
それでは、何mmまでが過剰診断なのでしょうか?手術を拒否した症例の追跡などの方法で検証したところ、15mmまでは積極的監視が可能であることを示す報告が複数あります*7。さらに、現在進行中の臨床試験では20mm以下の症例を積極的監視の対象として検討しているものもあります*8。いずれにせよ、過剰診断かどうかはある基準で明確に判断できるものではなく、連続的なスペクトラムとして捉える必要があります。命を脅かす甲状腺がんもかつては10mm以下だったときがあるはずなので、10mm以下は全部過剰診断というわけではありません。一方で20mm以上でも過剰診断ということもあります。何mmまでが過剰診断で、何mm以上が過剰診断ではない、などとは言えないのです。
たまに「積極的監視という選択があるから過剰診断の害はほぼない」と主張も耳にしますが誤りです。過剰診断がおきるからこそ積極的監視という選択肢があるのです。以上を踏まえると、甲状腺がんにおいては、抑制的に診断・治療していても一定の過剰診断が生じることは避けられません。過剰診断が極めて限定的と言えるほど診断・治療を控えると、今度は積極的監視中のがんが進行するリスクが増すことになりかねません。
甲状腺検査を続けると今後も新たに甲状腺がんと診断される人が出てきます。このまま十分な説明がないまま、医学的有用性が不明の甲状腺検査を続けることこそ、福島県の(当時の)子どもたちの権利を侵害しています。原告側の主張においては、既知の疫学的・臨床的知見を十分に踏まえた上での議論が求められると私は考えます。
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*1:https://www.japanthyroid.jp/common/20100102_07.pdf
*2:https://www.311support.net/news-250625/
*3:細かいことを言うと、潜在がん(latent cancer)と過剰診断(overdiagnosis)は異なる概念である。この文脈では重要ではないので詳述しない。
*4:福島県において、臨床症状をきっかけに甲状腺がんと診断された人がいないと主張しているわけではないことに注意。被ばく当時18歳以下でも、現在は半数以上は成人している。日本人の20~30歳の甲状腺がん罹患率はざっくり5人/10万人年。被ばくの影響がなくても甲状腺がんと診断される人がいても不思議ではない
*5:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30413323/
*6:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29145557/
*7:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30560718/, https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36178355/