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コレステロール大論争で科学リテラシーを学ぼう

林衛氏によれば、以下に引用するグラフが、心疾患のコレステロール原因説を否定するデータなのだそうだ。






林衛、Medical Bio, 2011年3月号, Page73〜78、コレステロール大論争:「動脈硬化学会VS脂質栄養学会」論点の腑分け より引用



このグラフからは、複数の地域において総コレステロール値が高いほど心疾患死亡率が高い傾向にあることが読み取れる。一般的には、コレステロールが心疾患の原因であることを示唆するデータであると解釈される。もちろん、これは観察研究であるから、このグラフだけではコレステロールが心疾患の原因であるとは断定できない*1。また、コレステロール以外にも心疾患の原因があることも容易に見て取れる。しかし、林衛氏はさらに踏み込んで以下のような主張を行った*2強調は引用者による。




しかし,いま改めてこのグラフを一瞥し,コレステロール原因説を否定するデータではないかと気づく読者もいるにちがいない。血中コレステロール200mg/dLあたりに注目してほしい(図1濃灰色部)。コレステロール値が同じでも,心疾患死亡率15%以上のフィンランドから,同10%程度で並ぶアメリカ,セルビア,南欧(内陸部),同5%足らずの南欧(ギリシャ,クレタ島)と日本まで,心疾患死亡率が大きくばらつくというのは,コレステロール以外の別のなにかが原因となっていることを意味するからだ(たとえば,フィンランドやアメリカでコレステロールと心疾患の双方を増やしている食生活が)。だとすると,「史上最大の新薬」(引用者注:コレステロールを下げる薬剤のスタチンのこと)でコレステロールを下げても心疾患の原因を取り去ることはできないことになる



正直、意味がわからない。Medical Bio誌の編集者はこの「論文」を掲載するにあたって林衛氏に説明を要求しなかったのであろうか。■コレステロールを下げると危険なのか?でも述べた通り、スタチンが心血管疾患による死亡を抑制することは複数の質の高い介入試験で示されているが、そういう知識がなかったとしても、林衛氏の主張に論理の飛躍があることはわかる。

コレステロール値が同じでも、地域によって心疾患死亡率が大きくばらつくことから、コレステロール以外にも心疾患の原因がある、というところまでは正しい。だからといって、「コレステロールを下げても心疾患の原因を取り去ることはできない」ことにはならない。心疾患には複数の原因があり、その一つである高コレステロール血症を改善させれば、心疾患は抑制できる。

林衛氏の言う「コレステロール原因説」が、「唯一コレステロールのみが心疾患の原因であるという説」という意味だと仮定すれば、林衛氏の主張を理解できる。しかしその場合、林衛氏はまったく誰も提唱していない説を否定しただけである。相手が言ってもいないことを否定するのはニセ科学でよくみられる*3。たとえば、喫煙以外にも肺がんの原因があることをもって、「タバコ肺がん原因説は間違いだ」と結論するトンデモ説はよく見る。

心疾患にはコレステロール以外にもさまざまなリスク因子があることはよく知られた事実である。林衛氏(とMedical Bio誌の編集者)は、心疾患が多因子疾患であることをご存知なかったのであろうか。

林衛氏は、現在、富山大学の人間発達科学部人間環境システム学科の准教授である。科学コミュニケーションや科学リテラシーを教えているらしい。「高コレステロール以外にも心疾患の原因がある」ことと「コレステロールは心疾患の原因ではない」ことを混同するような誤謬に陥らないように学生に教えるのが、科学コミュニケーションや科学リテラシーを担当する教員の役割だと思うのだが。

*1:たとえば、高コレステロール血症は心疾患の原因ではなく、交絡因子Xが高コレステロール血症および心疾患の原因かもしれない

*2:林衛、Medical Bio, 2011年3月号, Page73〜78、コレステロール大論争:「動脈硬化学会VS脂質栄養学会」論点の腑分け

*3:「わら人形論法」や「ストローマン論法」と呼ばれる