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胃がん検診を中止した泰阜村の事例はがん検診が無効である証明にはならない

がん検診には有効なものもあれば、無効なものもある。「がん検診さえ受けていれば安心」という考え方も、「がん検診にはまったく効果ない」という考え方もどちらも誤りである。以下に引用するツイートは、がん検診には効果がないどころか逆効果であるという、より間違った主張である。



「欧米ではがん検診は実施されていない」という主張は、インターネットで検索をする知恵があれば容易にデマだとわかる*1。泰阜村(やすおかむら)については、調べてみると、「がん検診を廃止したところ、全死因に占める胃がんによる死亡の割合が減った」という話であった。こちらは解説が必要であろう 。以下にリンクする「ルポ・長野県泰阜村‥老人保健福祉ジャーナル」にて泰阜村で胃がん検診が廃止された経過がわかる。



■ガン検診よりも福祉対策を…過疎高齢の村の選択は



要約すると

  • 人口2300人の泰阜村では、他の自治体と同じく、検診車による集団胃がん検診を行っていた。
  • 3年連続して見落としによる胃がんの死亡者が出た。
  • 1989年(平成元年)から集団胃がん検診を止め、個人検診に切り替えた。
  • 検診前後で、全死因に占めるがん死亡の割合は19.9%から19.7%と、ほとんど変化が見られなかった。検診に効果がなかったことになる。
  • 全死因に占める胃がん死の割合については、検診前後で6.0%から2.2%となった。

となる。胃がん検診制度の廃止前後の死因別構成割合の変化の表を以下に引用する*2






泰阜村における胃がん検診制度の廃止前後の比較



以上、要約と引用だけでも、察しの良い方は、泰阜村の事例が「がん検診は逆効果」という主張の根拠にはなりそうにないことがわかるであろう。

まず、人口2300人というのがポイントである。サンプルサイズが小さい。偶然という要因だけでも胃がんによる死亡者数は増減する。日本人の胃がんの粗死亡率は1年間に10万人あたり約40人である。人口2300人の村の胃がんの死亡者の期待値は0.92人だ*3。胃がんによる死亡がゼロの年もあれば、数人の年もあるだろう。

また、平均への回帰も「検診を中止したら胃がん死亡が減った」ように見える原因となる。泰阜村において「3年連続して見落としによる胃がんの死亡者が出た」ことが検診を中止したきっかけであった。ということは、検診中止前は平均よりも胃がん死が多いほうへ偏っていた可能性が高い。検診中止後は、本来の平均に近づくので胃がん死が減ったように見える。

胃がん検診はおそらく胃がん死を減らす。「おそらく」というのは厳密な比較試験がなされていないからである。しかし、比較試験はないものの、日本人約4万2000人を対象にした大規模なコホート研究で、胃がん検診が胃がん死を約半分(相対危険0.52)に減らすことが示されている*4。コホート研究はがん検診の効果を本来より大きく評価する傾向があるので、胃がん死を半分にするというのは過大評価であるかもしれない*5。それでも人口2300人の泰阜村の前後比較よりは信頼できる。

胃がん検診が胃がん死を約半分に減らすということは、胃がん検診を受けていても胃がんで死ぬことはありうるわけである。胃がんを「見落とす」こともあれば、検診で胃がんを発見できても救命できない場合もある。検診とはそういうものである。これまでの日本人のように胃がんによる死亡率が十分に大きければ、たとえ胃がん死をゼロにできなくても胃がん検診によるメリットはある。

検診のデメリットは、検査にかかるコストや偽陽性や過剰診断などである。上記リンク先でも、「検診を受けて再検査になったときのお年寄りの気持ちを考えてみて。それはもう死ぬほど不安。それでも結果を聞いて安心したいからみんな来るんですよ」という診療所の医師の言葉が引用されている。がん検診のデメリットについてまだあまり理解が進んでいない1998年の段階で、がん検診の偽陽性に伴う不安に注目している点は先見の明がある。胃がん死が年間1人いるかいないかという人口2300人の村で、胃がん検診より福祉対策に予算を振り分けるという判断にも一定の合理性はある。

しかしながら、「ガン検診は受診者の不安を煽るだけで気の毒だ」という言い方は不正確である。受診者の不安を煽るというデメリットがある一方で、がん死を減らすというメリットもあるのだから。


*1:欧米で行われているのは、乳がん検診、子宮頸がん検診、大腸がん検診であって、胃がん検診は行われていない。もともと胃がんの死亡率が低いためである。「欧米では胃がん検診は実施されていない」という主張なら正しいが、欲望生命氏は「がんもどき理論」の近藤誠氏を根拠としており、胃がん検診に限らず、広くがん検診のことを指して述べていることが、一連のツイートから明らかである

*2:リンク先では誤って「死亡率」とされている。また「各5年」とされているが、昭和58年〜63年は6年分だと思う

*3:厳密には年齢調整が必要だが大雑把な推定にはなる

*4:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16331632

*5:私は過大評価だと考える