NATROMのブログ

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「万能薬」は効かない

代替医療にもさまざまな種類があるが、その中でも「あらゆる病気にものすごく効く」と吹聴するタイプのものがある。たとえば、前回紹介した物質X(ミラクルミネラルソリューション)は、

  • 「エイズ、肝炎(A.B,C型)、マラリア、ヘルペス、結核、ほとんどのがんを含む、人類の数多くの病気の解決方法が発見されました。多種の病気を簡単に征圧できるようになりました」


と主張されている*1野島尚武博士による超ミネラル水は、

  • 「ガン・糖尿・アトピーをはじめほとんどの病気を治す遺伝子ミネラル療法です」


とされている*2。古いところでは、IRT(Induced Remission Therapy:誘導消失療法)なる治療法は、

  • 「ガン、エイズ、心臓病をはじめとする数々の難病を99%以上の確率で癒してしまう」


のだそうだ*3

ミラクルミネラルソリューションや超ミネラル水や誘導消失療法などの「万能薬」はすべてインチキである。「あらゆる病気にものすごく効く」という主張があった時点でインチキと断定してよい。どのように治療の効果判定が行われているかを考えればわかる。よしんば、あらゆる病気に効く万能薬が存在したと仮定して、あらゆる病気に効くことをどうやったら確かめられるだろう。病気の種類は数限りなく多い。それぞれの病気について臨床試験を行う必要がある。癌霊1号の事例を思いだそう。砒素が急性前骨髄球性白血病に効果があることを確かめるだけで、少なく見積もっても数年かかっている。あらゆる病気の中の一種類である悪性新生物の中の一種類である血液系腫瘍の中の一種類である白血病の中の一種類の急性前骨髄球性白血病への効果を確かめるだけで、数年の歳月と複数の研究機関が必要なのだ。

「万能薬」は、そうした臨床試験はなされていない。「○○療法はガン・糖尿・アトピーをはじめほとんどの病気を治します」というインチキ医療者の発言の本当に意味するところは、「まともな臨床試験なんてしていませんし、そもそも臨床試験がなぜ必要かも理解していませんが、○○療法がガン・糖尿・アトピーをはじめほとんどの病気を治すと私は根拠なく思い込んでいます」というものである。これが、たとえば、「○○療法は、stage IVの非小細胞肺癌の生存期間中央値を3カ月延ばします」という発言であったら、一応は裏をとらなければ否定できない。「ほとんどの病気を治す」という発言は、裏を取らずに否定してよい。

「万能薬」の持ち出される理由の一つは、潜在的な顧客の大きさによるのだろう。「stage IVの非小細胞肺癌に効果抜群」よりも「ありとあらゆる難病に効果抜群」と宣伝したほうが、カモの数が多くなる。標準医療には限界があるがゆえに、怪しいと思いつつも、一縷の望みをかけてインチキ「万能薬」に騙されてしまう人もいるだろう。超ミネラル水ならおそらくは無害だろうが、ミラクルミネラルソリューションは亜塩素酸ナトリウムであり有害である。自己責任論を理由に、インチキ医療を勧める言説に容認的である人たちは、ご自分が難病に罹り心が弱くなっても絶対に騙されないという自信がおありなのだろう。

さらに、「万能薬」には、標準医療を忌避しやすくなるという大きな副作用がある。「あらゆる病気を短期間で完治させる」素晴らしい治療法がなぜ普及しないのか、という疑問に対して用意される回答は陰謀論である。すなわち、「万能薬の効果を認めてしまうと、多くの製薬会社、医療機関、医師たちが路頭に迷うため、陰謀によって真実が封印されている」というわけだ。また、万能薬の存在は医学的定説と著しく矛盾をきたすため、ほとんどの「万能薬」は「定説はウソ」という主張とセットになっている。「万能薬」を信じてしまった人は、標準医療を避けるであろう。


*1:URL:http://jhumble-japan.health.officelive.com/default.aspx

*2:URL:http://www.super-mineral.com/mineralnituite.html

*3:URL:http://www.asyura2.com/0505/health10/msg/155.html