NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

吉村医院をモデルとする助産院と信友浩一先生のコラボ

■吉村医院の哲学のコメント欄にて、■糸島産家プロジェクト*1についての情報を教えていただいた。孫引きで申し訳ないが、糸島産家プロジェクトのページに紹介されていた読売新聞の記事を引用する。





「糸島産家プロジェクト」は昨年末、春日助産院(春日市)の大牟田智子院長や福岡市成人病センターの信友浩一病院長、街づくりイベントなどを企画する糸島市のNPO法人「いとひとねっと」代表の桑野陽子さん(47)ら6人が発起人となってスタート。自宅分娩も扱う春日助産院の「分院」という形で実現させようと、現在、立地場所を探している。
メンバーらが施設のモデルとして参考にしているのが愛知県岡崎市の「吉村医院」。同医院では可能な限り、医療の力に頼らない自然分娩を実践している。


「糸島産家プロジェクト」は吉村正医師を招いて講演会も開催している。発起人の一人である大牟田智子助産師は、「自然分娩」を支持する典型的な助産師といっていいだろう。過度な現代医学否定はないものの、取り入れている代替医療としてホメオパシーを挙げている*2。他の発起人やスタッフや協賛企業も、マクロビやらEMやら、ぶっちゃけて言えば、科学的根拠はわりとどうでもよいと考えている方々が多いようだ。

その中でもちょっと毛色の異なるのが、福岡市医師会成人病センター院長・信友浩一先生である。発起人の中で唯一の医師であるが産科医ではない。実は、信友先生は、医療崩壊について語る医師たちの間では有名である。信友先生を一躍有名にした「緊急提言」はネットで読める。ちょうど「たらい回し」が問題になっていた時期だ。一部を引用する。


■日本医療政策機構 : 【緊急提言】第8回「医師は被害者意識を捨てよ」


(1)医師は応召義務を果たしていない

医療問題にまつわるひとつ目のキーワードは、医師の応召義務。医師は、医療業務を独占している。独占しているのだから、必ず義務も出てくる。それが、応召義務。たとえば電力会社は、すべての国民に電力を供給しなければならない。その代わりに、地域の電力供給を独占できる権限が付与されている。つまり権利と義務を、同時に持っているのだ。へき地だから電気を供給しない、儲からないから送らないというとはできないのである。医師は、医療業務を独占していながら、応召義務を果たしていない。これが医療のもっとも本質的な問題だ。

東京や奈良のたらい回し事件もそう。自分の施設が満床だったら断るということが、習慣化されてしまっているから起きる。「施設完結型医療」を前提にしているなら、応召義務も果たしてもらわなければ理にかなわない。

「いまあるもの」で何とかするのが医療だ

求められているのは「地域完結型」の医療。自分の病院で対応できなければ、ほかの病院が対応できないか探してみるべきだろう。医師が不足していようが多かろうが、今いる人員でどうにかする。それが医療の大原則である。

我々はエコーの検査、超音波による検査機器がないからといって、診断をさぼったりはしない。あるいは、血圧計がなく、血圧が測れないからといって何も手当しないなどということもない。そもそも医療は、今あるものでどうにかするものだ。「CTがないからできない」──ありえない。「満床だから」──そんな理由でなぜ診療を断っていい、なぜ、許されるのか。そんな習慣をつけたのは誰か。医師たる者が、業務を独占しながら、応召義務を果たさない。いつ、医師の神経は麻痺したのだろうか。


信友先生の主張を一言で言えば、「たらい回しはけしからん。医師たるもの搬送要請を断ってはならない」というものである。このような主張をする医師は2種類に分類できる。有能な実践者と、無責任な傍観者である。自らが救急診療の現場に立ち、けっして患者を断わらない「実践者」が、他の医師に向かって「たらい回しはけしからん」と言うのはまだ理解できなくもない*3。一方、救急診療の現場から離れてしまった「傍観者」は、自分ではできもしないことを他人に要求する。ちなみに、緊急提言を行った当時の信友先生の役職は、「九州大学大学院医学研究院医療システム学分野教授」である。当時の医療系ブログの反応を3つほど紹介しておこう。


■医療システム教授は精神論がお好き - 新小児科医のつぶやき
■勤務医 開業つれづれ日記・2: ■牟田口中将あらわる 「医師は被害者意識を捨てよ」 信友 浩一 九州大学大学院医学研究院医療システム学分野教授
■他人を信じず被害者意識を捨てきれない医者たち: ぐり研ブログ


さて、吉村医院をモデルとする「糸島産家」に、信友先生が関係していることについて、最初は意外に思って「まさかのコラボ」とコメントしたが、よく考えてみると、これほど適任の医師はいないことに気付いた。よく考えてみよう。いくら自然分娩を目指しているといっても、一定の割合で産婦人科医師の介入が必要になる妊婦もいる。すると搬送先を確保する必要がある。しかし、まともな産婦人科医なら、吉村医院をモデルとする助産院からの搬送などとりたくない。そこで、信友先生の登場ですよ。「医師は、医療業務を独占している。独占しているのだから、必ず義務も出てくる。搬送を断るな」というわけだ。もういっそのこと、信友先生が院長を務める福岡市医師会成人病センターに搬送しちゃえばいい。調べた限りでは常勤の産婦人科医はいないが、信友先生は、



我々は産婦人科医がいないからといって、妊婦の搬送依頼を断ったりはしない。あるいは、胎児心拍モニターがなく、胎児心拍が測れないからといって何も手当しないなどということもない。そもそも医療は、今あるものでどうにかするものだ。「帝王切開ができないから受けない」──ありえない。「NICUがないから」──そんな理由でなぜ診療を断っていい、なぜ、許されるのか。そんな習慣をつけたのは誰か。医師たる者が、業務を独占しながら、応召義務を果たさない。いつ、医師の神経は麻痺したのだろうか。


と言って、搬送を引きうけ、「いまあるもの」で何とかしてくれるであろう*4



*1:URL:http://www.itoshimaubuya.com/

*2:URL:http://www.web-reborn.com/saninjoho/sanin/fukuoka/kasuga.html

*3:本当の現場を知っている医師は絶対にそんなこと言わないけどね

*4:まあ、実際には、産婦人科医の嘱託医がいないと助産院を開業できないはず