NATROMのブログ

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生物時計の謎に挑む


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■時間の分子生物学 時計と睡眠の遺伝子(講談社現代新書)

粂和彦著。著者紹介には「専門は分子生物学。生物時計と睡眠のメカニズムを研究。内科医として睡眠障害の診療も行う。雑誌『Cell』『Nature』『Science』等に論文を多数発表」とある。研究も臨床もか。すごいよなあ。本の内容も、分子生物学のレベルから、ヒトの睡眠障害まで、基礎から臨床まで広範囲にわたっている。

概日周期の分子生物学的な基盤の話もわかりやすく楽しめたが、人間の概日周期の測定の話が面白かった。ヒトの概日リズムは約25時間と言われているけれども、これは自分の意思で電気をつけたり消したりできる条件下であり、マウス等の動物実験とは条件が異なるのだそうだ。完全に外部からの刺激のない条件下での人間の概日周期は、ほぼ24時間で、個人差も30分以内なのだと。どうやって実験しているのかっていうと、病院の五部屋を音や光が漏れないよう改造し、被験者を閉じ込めるのだ。


食事は、外のスタッフが運びますが、五部屋に対してスタッフの総数は50人もいます。被験者にご飯を運んだり、話をしたりするスタッフがいつも同じ時間に来ると、被験者に時刻を「悟られてしまう」ので、勤務のローテーションはわざと不規則にしてあります。
被験者は全米からボランティアを募りますが、最長の実験では、六週間も世間から隔絶された場所で過ごすため、ボランティアと言っても、かなり高額な謝礼が支払われます。六週間の場合、100万円を超える額です。(P43)

心と体の健康が保てないと実験台にになれないので、被験者の確保がたいへんなのだそうだ。新聞やラジオやテレビに広告を出して被験者を募集しているとのこと。六週間はちょっとどうかと思うが、二週間ぐらいはやってみたいかもしれない。電話やネットは禁止。ビデオによる映画や本はよいそうである。映画や本の内容によっては行動の周期が変わりそうな気もするがどうなのだろう。

8章でナルコレプシーの原因遺伝子の解明(ただし、イヌおよびマウス)の解説は、前向き遺伝学(forward genetics::表現型から遺伝子を探す)と逆向き遺伝学(reverse genetics:遺伝子をいじって表現型の変化をみる)の良い実例である。二つの独立したグループが、それぞれ異なる方法で同じ結論に達したのは興味深い。


科学の進歩に立ち会っていると、さまざまな偶然に遭遇します。方法論も結果も、出発点や動機もまったく異なるために、お互いに交差することがなかった二つのグループの研究が、ほとんど同じ時期に同じ結論に到達したというのは、双方のグループにとって素晴らしく運の良いことでした。(P192)
考えて見れば、メンデルの法則の再発見も、ほぼ同時に3人によってなされているよなあ。