NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

医療費を成功報酬制に

個々の医師は優秀なのもいれば、そうでないのもいるけれども、システムという点では日本の医療制度はきわめて優秀である。平等で安価で、そこそこの質の医療を提供できる国はそうそうない。しかしながら、必ずしも患者側からみたら満足がいくわけでもなく、その点は改善しなくてはならないだろう。でもね、いくらなんでもそれはちょっとという主張もある。


■めぞん六星の書斎の部屋 今日のチョット気になること2/12のコメント欄より


やっぱり成功報酬制にすることが問題解決に繋がるのではないかと思ってしまいます。
ある医療関係者さんは成功報酬制にすると医療費が飛躍的に高くなると仰っていましたが、他の業種をみるとそのようにはならないと思えて仕方がありません。
まず、完治する可能性が高い病気に関しては医療費は高騰しないでしょう。
また、完治しにくい難病に関しては成功時の医療費は高くなりますが、月7万円以上の医療費については高額医療費の還付制度と金融制度があるので問題はないと思います。
また、極端な高騰がないであろうと考えるのは、医療も商売ですから他社との価格競争が起こるはずだからです。
もちろん、現在の医療制度では均一の料金ですからそのようにはなりません。
逆に言うとこの制度がある限り高騰しないと言うことにもなります。
医師の質やサービスに対する保証として成功報酬制にすることはそんなにおかしなことではないのではないかと思えてしまいます。


成功報酬ってのはつまり、「もし助かったら3千万円いただきますぜ、フフ」ってことだよね。公的な医療制度として成功報酬制を採用している国は私の知る限りない。どうして成功報酬制を採用している国はないのだろう?美容整形の分野では一部成功報酬制を採用していたりもするけれども、価格競争で安くなっているかい?美容整形は自由診療であり、保険は利かない。成功報酬制を採用する、しないに関わらず、自由診療では価格は供給側(医療機関)が決めることができるけど、かなり高額な設定である。

美容整形なら高価なら止めとこうでいいけれども、普通の病気ならそうはいかない。一定の需要は必ずあるのだ。供給側が少なければ価格の高騰が起こるのは目に見えている。で、日本の医師は多いのかな?3時間待ちの3分診療なのではなかったの?自由競争にすれば、医療費は上がる。アメリカ合衆国では、基本的に医療費は自由競争だけど、安くなっているかな?他の業種が自由競争にすれば安くなるから、医療費も自由競争にすれば安くなるだろうってのは、きわめて浅はかな考えである。医師の数を増やせば競争原理が働くかもしれないが、現状ですら「医師国家試験の合格率はバイクの免許の試験より高い。医師の数は多すぎて質が落ちている」とか言われているようだし。

成功報酬制でさらに問題になるのが、治りにくい症例に対する報酬である。たとえば、10%の治癒が見込まれる症例に対し治療費が10万円かかるとしよう。成功報酬制だと、少なくとも成功報酬100万円とらないとペイしない。1%の治癒しか見込まれない場合は1000万円だ*1。自由競争+成功報酬制では、貧乏人が難治性疾患にかかったらあきらめるか踏み倒せってことですな。「月7万円以上の医療費については高額医療費の還付制度と金融制度があるので問題はない」って、さらりと発言をしているのが、実はスゴイ。これをネタにしようと思ったのも、実はこの発言のためだ。私には「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」と聞こえた。

高額医療費の還付制度は、公的に医療費が固定されているからこそ可能なのである。たとえば、還付制度を残したまま自由競争にしてみよう。どうなるか。A病院で治療を受けると10万円、B病院で治療を受けると30万円かかるが、還付されるから自己負担はどちらも7万円ですむ。患者は別に安いほうを選択しようとはせんわな。つうか、むしろ高いほうを選びたくなるよな。となると、医療機関も平気で高い値段をつけるだろう。競争は働かず、医療費は高騰する。「他の業種をみるとそのようにはならない」と言った端から、「高額医療費の還付制度と金融制度があるので問題はない」というのが、どうしようもなくダメダメ。他の業種で高額医療費の還付制度に相当する制度ってあるかね?車を買うときに300万円以上はどんな高級車でも300万円ですむか?医療と他の業種は違うのだ。

もしかしたら、現状の均一料金システムに成功報酬制をつけるつもりだったのかな?これはこれで、非常に気分の悪いことになる。治癒の見込みの少ない患者さんも、状態の良い患者さんも、治して貰う報酬は同じ、かつ、治さないと報酬は貰えない。誰だって前者は診たくないよね。患者さんを診る段階でサクランボ摘みが行なわれてしまう。高次の医療機関ほど状態の悪い患者を押し付けられて大赤字。助かりそうもない患者には、コストが回収できないから萎縮治療。どう考えても、成功報酬制にすることは問題を増やすだけで、医師の質やサービスの保証にはなんない。「日本人は水と安全はタダだと思っている」とよく言われるけれども、誰もが高度医療を受けることができるってことがいかにすごいことなのか、あまりよく理解されていないようだ。

ちなみに、上記発言をした六星さんは、


インフルエンザ脳症はインフルエンザにかからなくてもなるのですよ
とか

副作用が出るのは単に「勉強不足」「努力不足」なだけです
とか言っちゃうような人である(めぞん六星の書斎の部屋:「インフルエンザ脳症」改め「らい症候群」についてのコメント欄より)。だいたいどういう人かはわかるよね。



*1:何をもって成功とみなすか、という問題もある。患者が食事療法を守らずに糖尿病が悪化したら、報酬はもらえない?