NATROMのブログ

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「サラダ野菜の植物史」


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大場秀章著 新潮選書

「小さなサラダ植物百科を目ざしている」という本書、学名の由来や、あまりなじみのない野菜(エンダイヴやアーティチョークって知ってる?)の話など退屈な部分もあるが、キュウリやセロリやキャベツといったよく知っている野菜の話になると、「へえ」の連発である。書評用に、いくつかネタとして使おうと付箋を張っておいたら、付箋だらけになってしまった。いくつかサラダ野菜のトリビアを紹介。


もっとも日本ではサラダにも利用されるゴボウは、ヨーロッパでもアメリカでもほとんど食べられることがない。それどころか、牧場などでは一度はびこると退治に困る厄介者として、大いなる嫌われ者の雑草とされているといったほうがよい。(P80)
ゴボウに似た野菜は欧米でも利用されているが、ゴボウを食べるのは日本人だけなのだそうだ。私的には、ゴボウがキク科植物であるってのも、けっこうトリビア。


ルイ16世は、王妃マリー・アントワネットに夜会でジャガイモの花を身につけさせたり、栽培を普及させるために、畑にわざと「王侯貴族が食べる非常に美味で滋養に富むものなので、盗んだものは厳罰に処す」といった看板を立てて農民の興味を引き、夜は見張りを解いて盗みやすいようにしたというエピソードも伝わっている。(P194)
ベルサイユのバラならぬベルサイユのジャガイモ。ベルジャガ。


古代ギリシアとローマ時代には、キュウリを盛んに栽培していた。ただし、古代ローマ人たちはキュウリとメロンを混同していたふしがある。一般的には、メロンを熟したキュウリと考えていたらしい。ラテン語のcucumisは、メロンのことも指すのだ。(P142)
キュウリにハツミツかけてメロン味ってネタあったよね。キュウリには他にもトリビアがあって、


キュウリの名は「胡瓜」あるいは「黄瓜」によるとされる。前者は西域から伝えられたという来歴、後者は熟した果実が黄色になることによる。江戸時代までは完熟させたものを食べていた。(P138)
語源の「黄瓜」は聞いたことがあるけれど、完熟キュウリを食べるというのは初耳。どんな味がするのか。まずそうだけど。最後にキュウリネタをもう一つ。


余談だが、貝原益軒はよほどキュウリが嫌いだったらしく、『菜譜』(1714年)では、「是瓜類の下品也。味よからず。且小毒あり。性あしく、只ほし瓜とすべし。京都にはアキウリ多きゆへ、胡瓜を用ず」と書いていて、まさに一刀両断の感がある。また、水戸光圀も「毒多くして能無し。植えるべからず、食べるべからず」(『桃源遺事』)としている。(P145)
キュウリが嫌いな人は言い訳にしよう。貝原益軒は他にホウレンソウの悪口も書いている。それから、シュークリームの「シュー」が実はキャベツのことだったことを私は知らなかったが、妻も母も知っていた。「シュークリームに関してはオマエの100倍は知っている」という顔をされて鼻で笑われた。

こうしたトリビアだけなく、分類学、リンネによる二名法、自然史 Natural history についての記述は十分ためになった。著者の大場の専門は植物分類学で、「ヒマラヤや乾燥地帯でのフィールド研究を進める一方で、植物学史や植物画など植物文化にも興味をもつ」とのこと。ナチュラリストにはよくあるのだが、マニアックであり、奥の深い知識を持ち合わせている。大プリニウスの『自然史』や貝原益軒まで引用している。スティーブン・J・グールドのようなタイプなのだろう。