NATROMのブログ

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「低気圧の体調不良には五苓散が効く」のか?

要約:「低気圧の体調不良」という病態は存在する。「低気圧の体調不良には五苓散が効くという研究」はあるが質は高くない。とは言え、実地臨床では五苓散のような漢方薬は有用である。


ちょちょんまゲさんから、「低気圧の体調不良には五苓散が効くという研究」について評価してほしいというご要望があった。



もともとは、■水素水や血液クレンジングなど『疑似科学』を科学的に評価している明治大学のウェブサイト Gijika がなかなか良い仕事していると話題にというTogetterまとめについた『個人的には「低気圧で体調不良」が市民権を得ているのが気になっている。(台風接近より、「新幹線で東京から軽井沢」の方が急激に倍くらい気圧は下がる)』というid:IthacaChasmaさんのブックマークコメント、および、id:kalcanさんの『低気圧の体調不良には五苓散が効くという研究があり実際に処方されるのに、それを疑うコメントに星が集まるところが科学的とは何かを考えさせられる』というさんのブックマークコメントがきっかけだと思われる。

最初の私の感想は「低気圧の体調不良には五苓散が効くという研究」は、おそらくあるのだろう。症例報告なのかケースシリーズなのかコホート研究なのか症例対照研究なのかランダム化比較試験なのかは知らないが。漢方薬はかなり質の高い研究が行われていることがあるので油断ならない。「低気圧の体調不良」という病態の存在については、症例の定義からして難しいので、そんなに質の良い研究があるのは考えにくい。ただ、気圧と体調不良の関係は一般社会では存在は信じられており、実地臨床でもそのように訴える患者さんはまれではない。別に既存の科学知識と矛盾する病態であるわけでもないし、気圧と体調不良の関係を積極的に疑う医師はほとんどいないと思われる。

よく知らない医学知識はまずググる

「思われる」でお返事してもよかったが、興味もあったので調べてみた。ついでに、よくわからない医学知識について調べるときの私のよくやるやり方を順に述べてみる。それぞれのやり方があってこれが正解というものではないが、参考になれば幸いだ。

漢方薬についての医学論文を検索するのは難しい。ことに英文では。そこで、まずGoogle先生に聞いてみた。ご存知のようにウェブ上の医学情報は玉石混交であるが、基礎的な知識や、次のステップで論文を検索するための用語を得るには有用だ(もちろんあとで信頼できる文献で裏を取る。これが大事)。それに最近はアルゴリズムが改善されてGoogle検索の質も良くなっている。

検索ワードはそのまま「低気圧の体調不良には五苓散が効くという研究」。ざっと、開業医、和文医学雑誌、製薬会社のサイトなどがみつかった。一般論として開業医のサイトは質の振れ幅が大きく、とんでもないデタラメが載っているものもあれば、ものすごくレベルが高いサイトもある。和文医学雑誌は必ずしも学術的にレベルが高いわけではないけど一定の質は確保されており、実地臨床で使われている状況を知ったり文献を探す参考になる。製薬会社のサイトはあからさまなトンデモはまれだけど強い利益相反があり注意を要する。

私が検索した時点でのGoogle検索1位は、


■”雨が近づくと起こる頭痛”に五苓散 | フォレスト呼吸器内科クリニック町田 | 町田駅


標準的な漢方医学に基づくと思われる。漢方医学は国際的には代替医療に分類され標準的と呼ぶのはおかしいのではあるが、日本ローカルでは一大ジャンルであり、体系だった学問とみなされており、保険診療で漢方薬を処方することも可能だ。このサイトでは『五苓散は「雨の前日に悪化する頭痛」の90%に有効』という文献が紹介されている。

1)灰本元他:慢性頭痛の臨床疫学研究と移動性低気圧に関する考察(五苓散有効例と無効例の症例対照研究)Φυτο1(3):4-9,1998.

1998年とちょっと古く、日本語タイトルの論文であるので、それほど質の高いエビデンスとは考えにくい*1。それから雑誌名がよくわからない。ロシア語なの?「90%に有効」といっても、自然治癒やプラセボ効果を含んでの数字ではないかと直感的には思われる。入手可能なら後で読んでみることにして次に行く。

Google検索2位は、


■雨の前の頭痛(気圧低下に伴う頭痛)× 五苓散[漢方スッキリ方程式(1)]|Web医事新報|日本医事新報社


医師向けの簡単な症例報告および解説記事であって学術的なものではない。器質的異常なく緊張型頭痛とされていた40歳女性の慢性頭痛が五苓散で改善した、というものだ。ここでも灰本らの研究が引用されている。ミクロレベルの水が脈管から漏れて脳浮腫を起こし頭痛が生じるという仮説が提示されているが、臨床レベルではメカニズムの重要性は相対的には低い。それよりも「雨の前に悪化する頭痛に対して五苓散を投与すると有効率が高い」という記述がどれぐらい確からしいのか重要である。ここでも90.5%に有効とある。ホントかなあ。

Google検索3位は、


■ロート キアガード | ロート製薬: 商品情報サイト


五苓散のOTC薬(処方箋なしで買える薬)の紹介・宣伝であった。専門家へのインタビューはあるが文献の紹介はない。「天気頭痛」「気圧頭痛」「低気圧頭痛」という病名が挙げられている。あとで医中誌先生に聞いてみよう。

医学論文を検索する

漢方薬の研究なので、日本語の医学論文データベースである「医中誌」(医学中央雑誌刊行会によるサービス)でまず調べたかったのであるが、有料サービスで自宅からは使えない。先に「PubMed」(アメリカ国立医学図書館の提供する医学論文データベース)で調べてみようとした。が、英語で低気圧頭痛ってなんていうんだろう?low pressure headahce?それだと気圧じゃなくて血圧が低下したときに起こる頭痛のように見えるなあ。ふと思いついてrain headacheでGoogle先生に聞いてみたところ、■Barometric Pressure Headaches: What You Should Knowというサイトが引っかかった。はい、"Barometric Pressure Headaches"という用語、いただきました。Barometric Pressure Headachesだと、「気圧」という意味だけで「低気圧」とは限らないし、また「頭痛」だけではなく「低気圧の体調不良」全般はどうなのか、という疑問が湧くが、とりあえず置いといて、Barometric Pressure HeadachesをPubmed先生に聞いてみると29件。引っかかってくる論文が多ければ、系統的レビューやメタ解析に絞ったり、一定のインパクトファクター以上の雑誌に掲載された論文だけに絞ったりするが、今回は29件だけなので一通り眺めてみた。Best matchで1位が


■Headache and Barometric Pressure: a Narrative Review - PubMed


論文総数29件で、1位の論文がNarrative Reviewというのは、それほど詳しく調べられてはいない病態なのかなあと思われる。2位が、


■Randomized Controlled Trial Examining the Effects of Balloon Catheter Dilation on "Sinus Pressure" / Barometric Headaches - PubMed


なんとランダム化比較試験。sinus pressure headache(副鼻腔炎はないが副鼻腔の圧の変化で副鼻腔炎のような症状を呈する頭痛のことらしい)に対し、副鼻腔の入り口をバルーンで拡張する介入群と、単に鼻腔内で拡張する対照群に分けて、6か月間観察したが頭痛の程度には差がなかった。入口を広げて空気を通りやすくすれば頭痛が治るのでは、という仮説に基づいてのことだろう。興味深いけど「低気圧の体調不良」とはちょっと違うような気がする。3位が


■Triggers, Protectors, and Predictors in Episodic Migraine - PubMed


片頭痛の悪化のトリガーがいくつかあってそのうちの一つが気圧という話。"most likely low barometric pressures are migraine triggers(低気圧が片頭痛のトリガーになっている可能性が高い)"との記載あり。4位の


■Influence of barometric pressure in patients with migraine headache - PubMed


にも"Barometric pressure change can be one of the exacerbating factors of migraine headaches.(気圧の変化は片頭痛の悪化要因の一つになりうる。)"とある。そのほか、目についた研究はこれ。


■Weather and headache onset: a large-scale study of headache medicine purchases - PubMed


日本からの論文。頭痛薬の購入数と気象の関係を調べた。市販薬のうちのロキソプロフェン(代表的な商品名ロキソニン)の売り上げの割合は、平均気圧の低下、降水量の増加、湿度の上昇があると増加することが示された。ユニークで興味深い研究だと思う。なお、29件の論文の中には気象によるものだけではなく、飛行機や高山での頭痛の論文も結構混じっていた。治療に関する論文は副鼻腔の入り口をバルーンで拡張したランダム化比較試験以外には見当たらない。漢方薬の研究もPubmedでは引っかからない。

私の個人的な意見では「気象と体調不良の関係があってもまったく不思議ではなく、よって低気圧から頭痛が起こることはありうる。ただ、実際には必ずしも低気圧だけが影響しているのではなく、低気圧および湿度や温度変化やそのほかもろもろの気象条件が影響しているのだろう」ぐらい。

勤務先の病院では医中誌が使える。なんと「天気頭痛」「気圧頭痛」「低気圧頭痛」では検索に引っかからない。「気象病」では58件。うち、無料で全文読めるのは10件。そのうちの最新の1件のURLを紹介する。「低気圧で体調不良」という病態があるかどうかは、これを読んでもらえればよろしかろうと思う。


■気象変化と痛み


否定的な報告もあるものの、疫学レベルに加え、実験室におけるヒトへの暴露実験、動物実験と広く証拠があり、「低気圧で体調不良」という病態の存在は確かだと思われる。

治療についてはどうか。「気象病 五苓散」で医中誌検索すると2件引っかかるが、一つは症例報告、もう一つは「漢方薬の中の五苓散の投与が、気象病に伴う舌痛症の痛みに対してどの程度の痛み軽減の効果を現すかを科学的に検討した」とあるが詳細がわからない。

『五苓散は「雨の前日に悪化する頭痛」の90%に有効』という研究

本命の『五苓散は「雨の前日に悪化する頭痛」の90%に有効』という灰本元他の論文は医中誌では検索できない。CiNii(国立情報学研究所の学術情報データベース)やGoogle Scholarで該当論文にたどり着くのは容易だが全文どころか要約も見つけることはできなかった。あまりよいことではないが、仕方ないので孫引きする。「医療法人瑞心会渡辺病院」の「実践漢方講演会」のスライドより。


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頭痛に対する五苓散の有効要因

「データの裏付けのある方剤」として灰本らの研究が紹介されている。3か月以上の慢性頭痛患者を対象に、五苓散を42例に投与し、うち21例が有効だった。頭痛に対する五苓散の有効要因として「風邪をひきやすい」「手が冷たい」「動悸」「足が冷える」などの項目のうち、「症状が雨の前日に悪化(はい/いいえ)」という問いに対して、五苓散有効例21人中19人が「はい」、2人が「いいえ」、五苓散無効例21人中2人が「はい」、19人が「いいえ」。p値0.0025、オッズ比16.3*2。これをもって『五苓散は「雨の前に悪化する頭痛」の約9割に有効である。また,雨の前日に頭痛が「悪化しない人」に対して「悪化する人」では約16倍の有効率である』としている*3

本研究のタイトルには「五苓散有効例と無効例の症例対照研究」とある*4。一般的に症例対照研究のエビデンスレベルは、ランダム化比較試験より下、症例報告やケースシリーズより上とされている。ただ、一口に症例対照研究といっても質の高いものから低いものまである。本研究はあまり質が高いとは言えない*5

痛みという主観的な症状を評価するのであるからプラセボ効果が強く効いてくる。被験者あるいは調査者が「五苓散は雨の前に悪化する頭痛に有効であろう」という予断を持っていればそれだけで結果が偏る。また、「生活習慣 食事15項目、飲酒と喫煙9項目、症状86項目」をはじめとして合計140項目が調査項目になっており、それだけタイプ1エラーが起こりやすい。

そもそも、五苓散の頭痛に対する効果を評価したいのなら、対照群は五苓散を投与しない頭痛患者であるべきなのに本研究の対照群は五苓散投与無効例だ。極端な話をすれば、五苓散に頭痛を改善させる特異的効果がまったくなく、「症状が雨の前日に悪化しない頭痛患者」を悪化させるだけだとしても、同様の結果が出うる。薬の有効性を検証するにはあまり採用されない不思議な研究デザインだと思われる。

エビデンスレベルは高くないとは言え、実地臨床では漢方薬は有用

五苓散の特異的効果を検証するには、理想的には二重盲検下のランダム化比較試験で検証したいところである。ただ、漢方薬のプラセボをつくるのは難しいので、非盲検で、対照を通常の頭痛診療としてもよい。そのほうが実地臨床に近い。現実の患者さんが受診したときには、通常の診療を行うかそれとも漢方薬を処方するかを選択しなければならないが、よりよい選択を行うために臨床試験が行われるのだ。通常の診療よりも、「体のどこかに水が滞って症状が出ているようです。水分バランスを調整する漢方薬を試してみましょう」とか説明された上で漢方薬を処方されたほうが良くなるかもしれないよ。ぶっちゃけた話をすれば、仮に五苓散にプラセボ効果しかなくったって、患者さんが良くなればそれでいいのである。

実地臨床の場では、安全、安価に、効率よくプラセボ効果を発揮させる方法が有用である状況もある。そして、漢方薬はわりと安全で安価なのだ(保険診療で使えるやつはとくに)。日本で漢方医学を実践している医師の多くは、標準医療を否定することはなく、漢方医学の限界を承知した上で漢方薬を処方している。まれに漢方医学の効果を過大評価している医師もいるが漢方医学がダメってことにはならない。いわゆる「西洋医学」とされる特定の治療法や診断法についても、たとえば風邪に安易に抗菌薬を処方するような不適切な診療を行う医師もいるわけで。

もちろん、効果の高い標準治療があればまずそちらを採用すべきだ。また、漢方薬が使えなくても一般的な診療の範囲内で「安全、安価に、効率よくプラセボ効果を発揮させる方法」はある。しかし、「雨の前の頭痛」のように標準治療が存在せず、一般的な診療では効果が乏しいケースもある。限界があることを承知の上で、漢方薬という選択肢があるのは患者さんのためにもよいことだと思う。

*1:CiNiiによれば「フィト 1(3), 8-15, 1999」

*2:性・年齢調整後。未調整だと16.3にはならない

*3:■雨の前の頭痛(気圧低下に伴う頭痛)× 五苓散[漢方スッキリ方程式(1)]|Web医事新報|日本医事新報社

*4:全文を読んでいないので確証は持てないが厳密には症例対照研究とは言えないように思われる。症例を集めて症例対照研究風味で解析しただけなのでは

*5:ついでに言えばどんなに質が高くてもこの症例対照研究では『五苓散は「雨の前に悪化する頭痛」の約9割に有効である』とは言えない。症状が雨の前日に悪化する慢性頭痛21名中19名に有効で、有効率90%、あるいは90.5%としたのであろうが、コホート研究と違って症例対照研究では暴露群中のアウトカム有りの割合はわからない。厳密な症例対照研究ではなく症例を一定期間もれなく集めて症例対照研究風味で解析したのであれば、「少なくとも研究対象となった施設において、特異的効果なのかプラセボ効果なのかはわからないが、『五苓散は「雨の前に悪化する頭痛」の約9割に有効であった』とはいえる。