NATROMのブログ

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コレステロールを下げると危険なのか?

相関関係が因果関係を示すとは限らないことは、みなさまよくご存知であろう。有名な例は朝食と成績の関係である。朝食摂取と良好な成績に相関関係があることは、朝食をきちんと食べる学生ほど学校の成績が良いというデータからわかる(こういう研究を観察研究という)。しかしながら、朝食をきちんと食べることが良い成績の原因かどうかはなんとも言えない。因果関係がなくても、朝食と成績の相関関係が生じることはありうるからだ。たとえば、教育に熱心な家庭環境が朝食摂取と良好な成績の両方に影響を与えている場合は、朝食摂取と良好な成績に因果関係はないが相関関係は生じる*1。だとすると、家庭環境をそのままにして、ただ朝食だけ食べるようにしても成績は上がらない。

「朝食を食べれば成績が上がる」と言いたいのであれば、もともと朝食を食べていなかった生徒集団を、朝食を食べさせる群(介入群)と朝食を食べさせない群(対照群)の二つに分け、成績に差が生じるかどうかを比較すればよい。こうした研究を介入研究と呼ぶ*2。介入群と対照群とをランダムに分けるとなおよい。これをランダム化比較試験という

さて、コレステロールの話である。いわゆる「悪玉コレステロール」であるLDLコレステロールの血液中の数値が高いと心筋梗塞などの心血管疾患の発症や死亡が多い。現在の医学的コンセンサスでは、LDLコレステロールが心血管疾患の原因であり、LDLコレステロールを低下させることで疾患を予防できると考えられている。一方で、LDLコレステロールが低いほど総死亡が多いことから、「コレステロールが高いほど長生きなので下げるほうが危険」という主張もある*3。どちらが正しいのであろうか。林衛氏による『コレステロール大論争:「動脈硬化学会VS脂質栄養学会」論点の腑分け』*4からグラフを引用しよう。






林衛、Medical Bio 2011年3月号 Page73-78、コレステロール大論争:「動脈硬化学会VS脂質栄養学会」論点の腑分け より引用



引用したグラフからは「コレステロールが高いほど長生き」とは言えるが、「下げるほうが危険」とは必ずしも言えない。「朝食を食べている学生ほど成績が良い」からといって、「朝食を食べれば成績が上がる」とは言えないのと同じである。これはLDLコレステロールと心血管疾患の関係についても同様で、このグラフだけからは「LDLコレステロールを下げたほうが心血管疾患を抑制できる」とはいえない。この観察研究だけからはLDLコレステロールと総死亡、あるいは、LDLコレステロールと心血管疾患の相関関係はわかっても、因果関係についてはわからない。

因果関係を知るには介入試験をしてみればよい。LDLコレステロールを低下させる薬剤であるスタチンの効果について複数のランダム化比較試験が施行されている。「製薬会社からの独立性が高いコクランコラボレーション」による、14のランダム化比較試験を組み入れた2011年のメタアナリシス*5によれば、スタチンは総死亡の相対リスクを0.83(95% CI 0.73 to 0.95)に、心血管疾患の相対リスクを0.70(95% CI 0.61 to 0.79)に下げる。

介入試験は、LDLコレステロールが心血管疾患の原因であることを示している*6。そのメカニズムもある程度解明されつつある。観察研究だけでLDLコレステロールが心血管疾患の原因であることを否定するのはトンデモである。一方、観察研究が「コレステロールが高いほど長生き」ことを示している理由の一部は、肝疾患やがんといった疾患でコレステロール値が下がることで説明可能である。つまり、コレステロール値が低いから死にやすいのではなく、死にやすい人のコレステロール値が下がっているのである*7。相関関係が因果関係を示すとは限らないことを思い出そう。

林(2011)で挙げられている参考文献13のうち、日本語の文献が11、ロイター通信社によるニュースが一つ、医学的に信頼のおける英語の文献はたった一つである。その唯一の文献が2011年のコクランのメタアナリシスである。スタチンの効果を示す新しい研究も複数あるのだが、2011年のコクランを私が選んだのはそのためである。『(コクランの)結論には、既往症のない人への「一次予防のためのスタチン投与が効果的だという証拠は限定的」と述べられている』と林衛氏は書いたが誤りである。すでに述べた通り、2011年のコクランでは、一次予防のためのスタチン投与が総死亡や心血管イベントを減少させることが示されている。証拠が限定的なのは、コスト対効果と生活の質についてである*8。ちなみに新しい研究を組み入れアップデートされた現時点でのコクランでは「現在までに入手可能な臨床的証拠によれば、スタチンによる一次予防はコスト対効果が高そうで、患者の生活の質を改善する可能性がある」とある*9

林衛氏による『コレステロール大論争:「動脈硬化学会VS脂質栄養学会」論点の腑分け』には他にも誤りが散見される*10。医学部の学生によるレポートの水準にも達していないように私には思われるが、富山大学学術情報リポジトリでは「学術雑誌掲載論文」として分類されている。分野によってはこのような論文でも業績になるのだろうか。

LDLコレステロールが心血管疾患のリスク因子であること、スタチンが心血管疾患を抑制することについて、アカデミックの場ではほとんど論争はない。論争は、もっと微妙なところにある。たとえば、ある患者さんが、今後10年間に心血管疾患で死亡する確率が1%であるところを、治療介入によって0.7%に減らせるかもしれないとして、治療は正当化できるだろうか?副作用や通院のコスト、公的医療費の観点などから、リスクがもともと十分に低い脂質異常症の患者さんに対する治療介入は正当化できないと個人的には考える。

しかしながら一方で、「10年間での1%から0.7%へのリスク減少は治療に値しない」と、医師が一方的に決めつけてよいのだろうか、とも考える。わずか0.1%でも病気になる確率が減るのであれば治療して欲しい、という患者さんもいるであろう。そういう患者さんの希望を無視してもよいのだろうか。目安となるガイドラインは必要だろう。だが、治療介入を行う線引きはどうやって決める?現在の日本の医療現場では、脂質異常症に対する治療介入が過剰気味であり、おそらくは製薬会社の宣伝活動は無関係ではないと感じる。この辺りのことは臨床的証拠だけでは決めることができない。患者さんの価値感や社会情勢も考慮しなければならないだろう。医師だけで決めるのは荷が重い。こういう場合にこそ、「科学コミュニケーション」の専門家の出番であるはずなのに。


*1:「交絡因子とは、暴露と疾病発生の関係に影響を与え、真の関係とは異なった観察結果をもたらす第3の因子のことをいう」(中村好一著、『基礎から学ぶ楽しい疫学 第3版』、P97)。「朝食摂取」が暴露、「良好な成績」が疾病発生、「教育に熱心な家庭環境」が交絡因子に相当する。良好な成績が疾病というのは変だが、"outcome"の訳語としてこうした表現が残っているらしい

*2:因果関係を示すために介入研究が必須というわけではない。喫煙と肺がんの因果関係を示すのには介入研究を行う必要はない。交絡因子を制御する必要はある

*3:https://twitter.com/SciCom_hayashi/status/708289929667739648

*4:http://utomir.lib.u-toyama.ac.jp/dspace/handle/10110/9282

*5:http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21249663

*6:細かいことを言えば、LDLコレステロールと心血管疾患には因果関係はなく、未知の交絡因子AがLDLコレステロール上昇と心血管疾患の両方の原因であり、スタチンは交絡因子Aを阻害することによってLDLコレステロールを低下させ、かつ、心血管疾患を抑制する、としても説明可能である。実際のところはすごく複雑である。LDLコレステロール以外にも心血管疾患の原因は複数あるし、スタチンによる心血管疾患抑制効果もLDLコレステロール低下以外の経路がおそらく存在する

*7:介入試験の対象にならない程度の低いコレステロール値をさらに低下させれば危険かもしれない。多変量解析などで交絡因子の影響を取り除けば観察研究でも因果関係を論じることはある程度は可能である。しかし、林(2011)には交絡について言及はない

*8:"Only limited evidence showed that primary prevention with statins may be cost effective and improve patient quality of life."

*9:"Evidence available to date showed that primary prevention with statins is likely to be cost-effective and may improve patient quality of life.", http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/14651858.CD004816.pub5/abstract

*10:林(2011)における誤りのいくつかは■コレステロール大論争で科学リテラシーを学ぼうで指摘した。