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福島県の甲状腺検査のメリットは明確ではない

ハフポストが、福島県の甲状腺検査の過剰診断の問題について報じました。



■甲状腺がんの「過剰診断」問題、福島県議会で議員が指摘。専門家が「2年後のお楽しみ」と発言したことも明らかに | ハフポスト NEWS



論点は複数ありますが、今回は、とくに検査のメリットについて論じます。福島県の甲状腺検査は無症状者に対して行われており、事実上のがん検診です。一般的に、がん検診のメリットはがんの死亡率の減少です。しかし甲状腺がんはもともと死亡率は低く、また甲状腺がん検診が甲状腺がん死亡率を減らすエビデンスはありません。

ハフポストの記事でも引用されていますが、検査のメリットについて、福島県立医科大は「異常がないことがわかれば安心につながる」や「早期診断・早期治療で手術合併症リスクや再発のリスクを低減する可能性」を挙げています。いずれも不適切かつ不十分であると考えます。

「異常がないことがわかれば安心につながる」として、その安心感がどれぐらい続くかは疑問です。福島県の甲状腺検査は、20歳までは2年ごと、以降は25歳、30歳と、5年ごとの節目に施行されています。16歳で異常がないことがわかって安心したとしても、18歳の検査では異常がないかどうかは検査を受けてみるまでわかりません。さらに、20歳の検査で異常がなくても25歳まで安心とは限りません。検診間隔発見がん(interval cancer)といって、検診と検診の間に臨床症状を呈して発見されるがんもあります。結局のところ、検査で異常がなくても短い期間の安心しかもたらしません。

そもそも、もともと甲状腺がんの不安がなければ安心感というメリットは得られません。甲状腺がんが不安で不安でたまらないという人なら、甲状腺検査で異常がないときに安心感は得られるでしょうが、そのような人にとっては偽陽性や過剰診断の心理的負担も大きいので、メリットとデメリットのバランスがとれるとは限りません。

甲状腺検査に限らず、がん検診の実施そのものががんに対する不安を煽るという負の側面があります。公的に推奨されているがん検診は、がん死亡率の減少というメリットのためにそうした害は容認されていますが、甲状腺検査はどうでしょうか。福島県立医科大は「手術合併症リスクや再発のリスクを低減する可能性」を述べていますが、可能性を言っているだけで実証されているわけではありません。実証されているのであれば、甲状腺検査を受けると、受けない場合と比較して、どれぐらい手術合併症リスクや再発のリスクを低減するのかを述べるべきです。

可能性だけを言うなら、甲状腺検査によって手術合併症リスクや再発と診断されるリスクを増加させる可能性だってあります。というか、その可能性のほうが高いと私は考えます。韓国の成人についてはそうでした。福島県の小児集団についても、現時点において、福島県内の検診を受けていない集団や、福島県に隣接した地域から、症状を呈して発見された甲状腺がんが多発しているという話はなく、よって検診を受けたほうが手術合併症リスクや再発と診断されるリスクは高いと思われます。

福島県立医科大によるパンフレットには「がんによる死亡率を低減できるかどうかは、科学的に明らかにされていません」と述べており、この点では誠実です。同時に、「手術合併症リスクや再発のリスクを低減するかどうかは、科学的に明らかにされておらず、逆に増加する可能性もあります」とも述べるべきです。

「異常なしによる安心感」と「リスクを低減する可能性」を持ち出せば、あらゆる根拠に乏しい検診をも擁護できます。たとえば、無症状者に対する線虫によるがん検査は、がん死亡率の低下といった有効性は実証されていませんが、1万数千円の対価をとって提供されています。線虫がん検査を提供する企業が、検査のメリットして「異常がないことがわかれば安心につながる」「がん死亡率を提言する可能性(可能性を述べただけで実証されていない)」を挙げたとして、あなたは納得しますか。

福島県で行われている甲状腺検査のメリットは以上のようなものです、一方、デメリットは確実にあります。公的に推奨されているがん検診ですら偽陽性や過剰診断といったデメリットは存在し、甲状腺検査も例外ではありません。また、デメリットは偽陽性や過剰診断だけではありません。気づかれにくいのですが、早すぎる発見も甲状腺検査のデメリットの一つです*1

たとえば、検査がなければ30歳で症状を呈して発見されるはずだった甲状腺がんを15歳の時点で発見したとしましょう。これは過剰診断でも偽陽性でもありませんが、早くから身体的・心理的な負担をもたらします。15歳の時点で手術を受けたして、手術の後遺症や再発の不安の中で過ごさなければなりません。

15年早くがんを発見することで、がん切除の範囲を小さくできるなどのメリットがあると思われる方もいらっしゃるでしょうが、そうしたメリットの存在は自明ではありません。そうしたメリットはあるかもしれませんし、ないかもしれません。臨床的根拠(エビデンス)に基づいて判断されるべきものです。かつて、がん死亡率を減らすという根拠に乏しいまま開始され、その後休止した神経芽腫マススクリーニングの教訓に学ぶべきです。

以上のように、福島県の甲状腺検査のメリットは明確ではない一方で、デメリットは確実にあります。仮に甲状腺検査のメリットはあったとしても小さく、デメリットより大きいとはとうてい考えにくいため、私なら甲状腺検査は絶対に受けません。このことは、放射線被ばくによる甲状腺がんの増加があろうとなかろうと言えます。もちろん、個々の価値観は多様であり、それでも検査を受けたいという人はいるでしょう。ただし、十分な説明が行わなければなりません。現状では、福島県立医科大による説明はきわめて不十分です。より正確な情報提供が行われることを望みます。