「幼児期の予防接種によってB型肝炎に感染したとするB型肝炎訴訟は国に対するたかりである」という主張を見付けた。2ちゃんねるかネット右翼あたりの妄言であろうと最初は思ったが、実名でそのような主張をしている人もいた。高山正之氏という人物で、Wikipediaによると、元産経新聞記者で元帝京大学教授であるとのこと。元産経新聞記者ぐらいならまだわからないでもないが、元帝京大学教授というのはちょっとだけびっくりした。
高山正之氏の主張は、「B型肝炎、たかりの構造」という14分あまりの動画、および、週刊新潮・平成23年8月11・18日夏季特大号で読める。私は動画も見てしまったが、14分かけて見る価値は無い。■〔反論を追記〕B型肝炎訴訟って朝日新聞が扇動した"たかり"だった? - エコドライブ日記にて、Mojaさんという方が、動画の要約文字起こしをされているのでそちらを読めば事足りる。Mojaさんによるブログエントリーには、本文およびコメント欄に高山正之氏に対する適切な反論が載っており、公平で参考になる。
内容がかぶるが、このエントリーでは週刊新潮(平成23年8月11・18日夏季特大号、高山正之 変見自在)に掲載された高山正之氏の主張を引用する。高山正之氏によれば朝日新聞によるB型肝炎訴訟の報道は「日本への報復」なのだそうだ。
よしB型肝炎訴訟を実らせよう。朝日は再度、日本への報復を試みた。
ただ予防接種と感染の因果関係はない。なぜならB型肝炎はエイズとまったく同じ。性交と輸血とヤクの注射打ち回しで感染する。
第3の性病と言われるゆえんで、いずれも日本の幼児とは無関係だった。
日本でのB型肝炎は昭和30年代の海外渡航解禁とともに増え、買春ツアーでピークを迎えた。
しかし朝日は「B型肝炎は母子感染と医療行為で感染する」ことにし、性感染の事実は隠した。それを書けば訴訟は成り立たない。
医療現場からはこの朝日の嘘に批判が出た。せめて遊んで感染した者を排除したらどうか。手段はある。
同じB型肝炎でも国によって遺伝子タイプが違う。
例えば欧米でうつるのはa型。ベトナムなど東南アジアで感染するのはb型。日本の在来種はc型、インド中東はd型になる。
そんな遺伝子検査をされたら訴訟は潰れる。
で、朝日は遺伝子タイプについて6月28日付で「a型欧米」「b型日本の東北と沖縄」「c型日本各地」と、罹患者のほとんどが日本国内で感染した風にでっち上げた。
医学的には間違いだらけ。朝日新聞批判についてはわりとどうでもいいが、B型肝炎訴訟の原告の方たちの名誉にも関わることなので解説しよう。B型肝炎が「性交と輸血とヤクの注射打ち回しで感染する」というのは事実だ。しかしながら、「母子感染と医療行為で感染する」というのも明らかな事実であり、「予防接種と感染の因果関係はない」となぜ断定できるのか、理解に苦しむ。
B型肝炎が性行為で感染することもあるといっても、B型肝炎訴訟の原告については性行為で感染したのではないと考えられる。というのも、成人になってからB型肝炎に感染したとしても、ほとんどの場合は慢性化せずに治ってしまう(もしくは劇症化して死亡する)からだ。これは、教科書にも載っている基本的な医学的知識である。原告になれる慢性B型肝炎患者は、乳幼児期に感染したと考えるのが妥当であり、「性感染の事実は隠した」という指摘は不当である。
例外的に、欧米タイプ(ジェノタイプA)のB型肝炎ウイルスだと、成人に感染しても慢性化しやすい(といっても10%程度)と言われている。「そんな遺伝子検査をされたら訴訟は潰れる」と高山正之氏は書いているが、事実は異なる。厚生労働省*1の「B型肝炎訴訟における HBV分子系統解析検査又はHBVジェノタイプ判定検査等について」という文書によれば、「集団予防接種以外の感染原因がないことを証明するため」に遺伝子検査が要求されている。HBVとはB型肝炎ウイルスのことである。「遊んで感染した者を排除」する手段は講じられている。
また、「(朝日は)罹患者のほとんどが日本国内で感染した風にでっち上げた」という主張も誤りだ。該当する朝日新聞の記事は、■アピタル_もっと医療面/朝日新聞の医療記事から_B型肝炎、どう対応 最新の診断や治療事情探ると思われる。ジェノタイプBのB型肝炎が日本の東北・沖縄に多いのは、単なる疫学的事実であり、これを「でっち上げ」だとするならば、でっち上げたのは朝日新聞ではなく、B型肝炎のタイプを調査し報告した研究者ということになろう。
「医療現場からはこの朝日の嘘に批判が出た」という話も、私の知る限りにおいてはない。強いて言えば、母子感染・医原性感染以外にも父子感染や幼児期の水平感染もありうることや、B型肝炎ワクチンについての説明が、(朝日新聞に限らず)マスコミ各社の報道において不足しているという話はあった*2。高山正之氏が朝日新聞の報道だけを問題にする理由は、医学的事実に基づくものではなく、単に高山正之氏の政治信条に由来するためであると私は考える。そもそも、産経新聞を含め他のマスコミも予防接種と感染の因果関係は疑っていないのだ。
医学的知識がないが故に間違った主張をすることもあるだろう。動画「B型肝炎、たかりの構造」の収録は2010年5月とある。週刊新潮の記事を書くまでに、十分に間違いを訂正する時間はあったはずだ。誰か高山正之氏に教える人はいなかったのだろうか。朝日新聞が嫌いな人たちの中にも、医師や慢性B型肝炎患者はいるであろうに。また、週刊新潮の編集部も、コラムを掲載するにあたって疑問を感じなかったのであろうか。