NATROMのブログ

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今回報道された急性白血病と福島原発作業の因果関係は?

福島第1原発作業員が白血病によって死亡したというニュースがありました。まず、亡くなった作業員の方に哀悼の意を表します。


■急性白血病:福島第1原発作業員が死亡 東電が発表 - 毎日jp(毎日新聞)


 東京電力は30日、福島第1原発で作業に携わっていた40代の男性作業員が急性白血病で死亡したと発表した。外部被ばく量が0.5ミリシーベルト、内部被ばく量は0ミリシーベルトで、松本純一原子力・立地本部長代理は「医師の診断で、福島での作業との因果関係はない」と説明した。
 東電によると、男性は関連会社の作業員で8月上旬に約1週間、休憩所でドアの開閉や放射線管理に携わった。体調を崩して医師の診察を受け急性白血病と診断され、入院先で亡くなったという。東電は16日に元請け企業から報告を受けた。事前の健康診断で白血球数の異常はなく、今回以外の原発での作業歴は不明という。


作業と急性白血病での死亡の間の期間が短いことから、「因果関係がないはずがない」と、つい考えてしまうのは無理もありません。しかしながら、報道されている情報が事実だとすると、現在得られている医学的知見からは「原発事故後の作業と急性白血病での死亡の因果関係はない」と言わざるを得ません。

疫学的な知見

そもそも、被曝と白血病の因果関係を我々が知っているのはなぜでしょう?それは、原爆による被爆者の中に白血病を発症する人が多発したからです。しかし白血病が増え始めるのは被爆後約2年からだとされています。急性放射線障害で死亡するほどの量の放射線被曝を受けた人が多くいたにも関わらずです。もし、被曝後数週間で白血病になりうるとしたら、広島や長崎で、同様の症例が観察されていたはずです。





白血病を示すラインとX軸の交点に注目。


さらに、0.5ミリシーベルトという被曝後、短期間で白血病になりうるとしたら、これまで、原発作業員、放射線業務従事者、医療被曝を受けた患者さんからの白血病の発症が観察されるはずです。

白血病細胞が増殖する期間からの知見

そうは言っても、今回の事例が特別に運の悪い事例である可能性を否定しきれないという主張もあるでしょう。しかしながら、疫学とはまた別の、白血病細胞が増殖する速度という知見からも、「8月上旬に被曝、少なくとも8月16日までに死亡」という期間を考慮するに、8月上旬の被曝が白血病の原因であるとは言えないと考えられます。

腫瘍細胞が増殖して体積が2倍になる時間を「ダブリングタイム」と言います。白血病細胞の場合は数日から10日ぐらいとされています*1。仮にダブリングタイムを4日とすると、1個の白血病細胞が生じてから急性白血病の症状が出るまで、どれくらい時間がかかるでしょうか。

大雑把に1兆個*2まで増えると白血病を発症するとして計算してみましょう。私の計算が確かなら、約160日で発症します。ダブリングタイムが2日なら80日で発症します。ダブリングタイムが1日なら40日で発症します。つまり、知られている限りもっとも早い増殖をする白血病細胞であったとしても、白血病細胞が生じてからわずか2週間あまりで発症から死亡にいたるようなことはありません。

なお「数日から10日ぐらい」のダブリングタイムは、既に白血病を発症した患者さんの白血病細胞から得られた情報です。生じたばかりの白血病細胞の増殖速度はそれほど速くないと考えられます。増殖しているうちに、より速く増殖できる能力を獲得しますし、相対的に数が少ないころは免疫系により増殖が抑制されるからです。そう考えると、「原爆による被曝から早くて2年間で白血病が発症する」という疫学的な知見は、白血病細胞が増殖する期間の知見からも、矛盾なく説明できます。

事前の健康診断で白血球数の異常がなくても不思議はない

「事前の健康診断で異常がないのに、福島での作業との因果関係はないというのはおかしい」という意見もあるようです。数週間後に死亡するような病気を事前の健康診断で発見できないというのはおかしいと感じる気持ちは理解できます。しかし、報道が事実であるとするならば、事前の健康診断で白血球数の異常がなかったとしても、まったく不思議はありません*3

もし、事前の健康診断で、骨髄の検査まで行えば、なんらかの異常が発見されていたかもしれません。あるいは、末梢血であっても、白血球の形態の異常の有無を顕微鏡で詳しく見ていれば、なんらかの異常が発見されていたかもしれません。けれども、白血病を疑われているわけでもない人に対する健康診断で、骨髄や末梢白血球の形態まで見る検査は行われていません。

報道が正確でない可能性は?

「外部被ばく量が0.5ミリシーベルト、内部被ばく量は0ミリシーベルト」という発表を疑う人もいます。これまでの経緯を考えると、東電や政府が疑われても仕方がありません。しかし、被曝量の程度に関わらず、短期間で白血病になったという可能性は、上記した理由できわめて考えにくいと思われます。仮に大量の被曝を受けた結果作業員が死亡したのであれば、死因は急性放射線障害であって急性白血病ではないことになります。

「福島第一原発以前の職歴は不明という」という報道もあります*4。この作業員が、原発事故以前に原発で作業を行い、そのときの被曝が原因で、白血病になったという可能性はあります。晩発性障害に閾値がないとすると、低線量の被曝であったとしても、白血病や固形癌を引き起こす可能性はあります。

忘れるな

今回の東電の対応について、不満を表明している人たちが多くいます。「これ以上調査する予定はない」とした東電の対応には私も問題があると考えます。しかし、「福島での作業との因果関係はない」という結論については同意せざるを得ないのです。東電を批判するとしても、少なくとも、現在得られている医学的知見からは「原発事故後の作業と急性白血病での死亡の因果関係はない」としか言えないことを十分に理解した上で、批判するほうが望ましいと私は考えます。

「現在の科学ではわかっていないだけかもしれないだろう」という理屈でなら因果関係を疑うことも可能です。しかし、そのようなことが容認される世界では、たとえば、「1ヶ月前に撮影したCTが原因で白血病を発症した」といったクレームも容認されるでしょう。あまり良い世界だとは私には思えません。

数年後から十数年後には、今回とは違って、本当の「因果関係は不明」という事例が発生します。それまで、今の気持ちを忘れないようにしましょう。たとえば、3年後に、原発作業員からの白血病の発症が報道されたとして、現在ほどの関心を呼ぶでしょうか。東電批判が流行に終わらないことを願っています。


*1:Clarkson et.al., J Clin Invest. 1967 April; 46(4): 506–529

*2:「ALLの発症時には、体内に約1012個(1兆個)の白血病細胞が存在し、重さにすると約1kgといわれています」。URL:http://ganjoho.jp/public/cancer/data/ALL.html 国立がん研究センターがん対策情報センター。

*3:■白血病についての大雑把な解説

*4:http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20110830-OYT1T00565.htm?from=main6