NATROMのブログ

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由井寅子氏による「予防接種をした人の抗体価は高い」という主張は正しいか?

■やる夫が予防接種の害について主張したいようですの続き。


         ____    
       / \  /\ キリッ 
     / (ー)  (ー)\    はしかに自然に罹った人の抗体価は低い。 
    /   ⌒(__人__)⌒ \   逆に予防接種をした人の抗体価は高い。
    |      |r┬-|    |   予防接種によって達成される「予防」とは、血液中に病原体や毒素が
     \     `ー'´   /    存在し続けることによってできた抗体によるものだ。
    ノ            \   
  /´               ヽ               
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 ヽ    -一''''''"〜〜``'ー--、   -一'''''''ー-、.     
  ヽ ____(⌒)(⌒)⌒) )  (⌒_(⌒)⌒)⌒)) 
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     _|::::\   _.....-─ - _  |  そんなデータは本当にあるの?
   _|:::::::::::::>::::::::::::::::::::::::::::::::::`:..|  自然感染した人のほうが抗体価が高いという
   >:::::::::::/::::::::;イ:::::∧:::::::|、:::::::::::::|  データがたくさんあるのは知っているけど。
     ̄ ̄/:::::::ム:7 ト:/ ヽ::::」ヘ‐::i::::::|  
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「抗体を作らせ何年も永続的に存在させるためには、抗原すなわち病原体やその一部が体に残存していることが前提となります。血液中に異物が残存する状態は健康とはいえません。なぜなら健康であれば異物を排泄してしまうからです」という謎理論で予防接種を批判した由井寅子氏がまたおかしなことを言い始めた。


「ザ・フナイ」2011年2月号、由井寅子、ホメオパシーの真実 *1


一度かかると生涯免疫をもつと言われる「はしか」は、過去にかかった人は抗体価が高いと言われていますが、実際は血液中のIgMやIgG抗体価は低いのです。逆にはしかの予防接種をした人のIgMやIgG抗体価は高いのです。
したがって、予防接種によって達成される「予防」とは、最初から血液中に病原体や毒素が存在し続けることによってできた抗体によるものです。


由井寅子氏は、予防接種をした人の抗体価が高いと主張しているが、実際には、一般的に、自然感染によって得られた抗体価と比較すると、ワクチンで誘導された抗体価は低くなる。ワクチン接種では、時間が経つにつれて抗体価が下がり苦労する。ワクチン接種者にも麻疹が流行するのはそのためである(詳細を知りたい方は"secondary vaccine failure"で検索せよ)。だから、追加接種が必要とされているのだ。ワクチンを批判するにしても、「自然感染と比較して十分な抗体価が得られない」ならまだしも、由井寅子氏の「予防接種したほうが抗体価が高いのは病原体や毒素が存在し続けているからだ」というのは、斜め上過ぎる。「予防接種をした人の抗体価は高い」という誤解から謎理論が生まれたのか、それとも謎理論を正当化するために苦し紛れに後付けで嘘をついたのかは、よくわからない。

麻疹についての、自然感染とワクチン接種者の抗体価の違いについての研究を一例紹介する*2。探せばいくらでもあるだろうが、比較的近年で、それなりのサンプルサイズがあるものを選んだ。麻疹抗体が乳児にどれくらい残存するかを調べるためになされたベルギーの5病院で207人の健康妊婦(ワクチンを受けた母親が87人、自然に免疫を獲得した母親が120人)を含む221人の妊婦を対象とした前向き研究。





自然感染した女性およびワクチンを接種された女性における各時点での抗麻疹IgG抗体の幾何平均および陽性者割合


IgG抗体価は、ワクチン群で平均779 mIU/mLに対し、自然感染群で2687 mIU/mLと有意差があった(図)。「抗体を作らせ何年も永続的に存在させるためには、抗原すなわち病原体やその一部が体に残存していることが前提となる」という由井寅子氏の主張が正しいなら、自然に免疫を獲得した群のほうがより多く「病原体やその一部が体に残存している」ことになる*3

なお、乳児には臍帯血を通じてIgG抗体が移行している。当然ではあるが、ワクチン群の母親から生まれた乳児のほうが、自然に免疫を獲得した群の母親から生まれた新生児よりもIgG抗体価が低い。時間が経つにつれて、ワクチン群の母親から生まれた乳児も、自然に免疫を獲得した群の母親から生まれた乳児も、どんどん抗体価が下がり、抗体価陽性(300 mIU/mL以上)の乳児の割合は減っていく。生後9ヶ月時点で抗体価陽性者はゼロになる。これはつまり、母親がワクチン接種か自然感染かに関わらず、乳児自身がワクチン接種を受けるまでに、母体由来の免疫が切れて麻疹に対して無防備な瞬間が生じうるということである。そのときに、たまたま麻疹の感染者(たとえば、予防接種を受けたくないので「はしかに罹ったことがある」と嘘をついて看護大学に入学した学生もしくは看護師など)と接触すれば、乳児は麻疹に罹患しうる。麻疹ワクチンは、自身を守るだけのものでなく、無防備な赤ちゃんを守るためのものでもある。由井寅子氏の謎理論を鵜呑みにして大人が予防接種を避けるのは勝手だが、赤ちゃんと接触しうる社会活動は控えていただきたいものである。

*1:URL:http://jphma.org/About_homoe/jphma_answer_20110201.pdf

*2:Leuridan E et.al, Early waning of maternal measles antibodies in era of measles elimination: longitudinal study., BMJ 2010; 340:c1626、■Early waning of maternal measles antibodies in era of measles elimination: longitudinal study -- Leuridan et al. 340 -- bmj.com

*3:B型肝炎ウイルスについては、自然に免疫を獲得した後も「病原体が体に残存し」、免疫抑制状態になるとB型肝炎が再発することがある。B型肝炎の場合、再発の危険が無い点ではワクチンのほうが自然感染によって免疫を獲得よりも望ましいことになる