プレジデントオンラインに■血液と尿の検査だけで本当に「がん」を見つけられるのか…現役医師が指摘「複数がん早期発見検査」の落とし穴 検診としての有効性が証明されたものは一つもないを寄稿しました。その中で、『株式会社HIROTSUバイオサイエンス』のプレスリリースに言及し、子宮頸がんの感度が2.5%とされた問題について取り上げました。プレジデントオンラインの記事では、より多くの読者に理解していただくため複雑な計算を省略しましたが、ここでは補足としてその詳細を解説します。
子宮頸がん検診の感度が2.5%とするプレスリリース
「子宮頸がん検診の感度が2.5%なわけないだろ問題」とは、線虫によるがん検査『N-NOSE』を提供している『株式会社HIROTSUバイオサイエンス』による2024年9月27日付のプレスリリースのN-NOSEが既存検査よりも陽性的中率が圧倒的に高いことを示すために示した表において、子宮頸がんの感度が2.5%としてある問題のことである。
■線虫がん検査N-NOSEは新時代へ―実社会データの発表により終止符―(2024年9月27日)
感度とは、真に病気にかかっている人のうち検査で陽性の人の割合のことだ。子宮頸がん検診の感度は広く検証されており、報告によっても幅があるが、2.5%というきわめて低い報告は私の知る限りでは存在しない。たとえば、がん情報サービスのサイトには、「子宮頸部擦過細胞診のCIN3以上の病変に対する統合感度は、ASCUS以上を精密検査の対象とした場合65.8%」との記載がある。プレスリリースには「国立がん研究センターのがん登録・統計から算出した」とあるが、どのように算出したのかは提示されていない。また、子宮頸がん以外のがんについても、既知の感度とは整合しない点が認められる。
この問題についてはTAKESANさんがすでに考察しており、国立がん研究センターのがん登録・統計のプロセス指標におけるがん発見率を100倍したものが、プレスリリースの表における感度に近いことが指摘されている。
■HIROTSUバイオサイエンスの言う《感度》とは何か|TAKESAN
もちろん、発見率を100倍したものを感度とするのは誤りである。というか意味がわからない。株式会社HIROTSUバイオサイエンスが、感度とはどういうものかという疫学のごく基本すら理解していない誤りを犯したか、もしくは、多くの専門家が見落としていた大発見をしたかのどちらかだと思われる。
何の説明もなく子宮頸がんの感度が2.5%から6.7%に
その後、すでに配信されたものに一部加筆したとされるプレスリリースが2024年10月7日に公開された。10月7日付のプレスリリースでは、子宮頸がんの感度は6.7%とされている。また、「【要精検率、陽性的中率】を参照し算出」という語句が追加されている。
■「N-NOSE」は新時代へ ― 「N-NOSE」の有効性、実社会データで確定、論争に終止符 ―
他のがん種についても感度や陽性的中率が変更されている。仮に感度の算出過程に誤りがあったとしても、修正し、その旨を説明すれば大きな問題ないだろう。しかし、本プレスリリースにおいては、いったいなぜ変更されたのか、そもそも変更したという事実も説明されていない。
また、「【要精検率、陽性的中率】を参照し算出」とあるが、要精検率と陽性的中率だけからは感度は算出できない。感度は、真に病気にかかっている人の数を分母、そのうち検査で陽性の人の数を分子とすれば算出できる。要精検率と陽性的中率から検査で陽性の人の数はわかるが、真に病気にかかっている人の数はわからない。具体的な計算式を提示するなど、どのような方法で感度を算出したのかHIROTSUバイオサイエンスは説明すべきであると私は考える。
どのがんもなぜか有病割合が0.8%程度
TAKESANさんも指摘したように、9月27日付のプレスリリースの子宮頸がん検診の感度2.5%、特異度が97.9%、陽性適中度が1.2%という数字から、子宮頸がんの有病割合(時点保有割合)が1%程度である必要がある(表参照)。有病割合とは、ある時点において集団中における真に病気にかかっている人の割合のことである。
子宮頸がんだけでなく、肺がん、乳がん、大腸がん、胃がんも同じく有病割合が1%程度でないと、各指標を説明できない。当り前の話であるが、それぞれのがん種はそれぞれ有病割合が異なるので、何か重大な誤りが生じているとしか言いようがない。
10月7日付のプレスリリースの子宮頸がん検診の感度6.7%、特異度が97.9%、陽性適中度が2.5%という数字からは、子宮頸がんの有病割合は0.8%程度である必要がある。肺がん、乳がん、大腸がん、胃がんも同じく有病割合は0.8%程度だ。
先に述べたように要精検率と陽性的中率だけからは感度は算出できない。しかし、有病割合がわかれば、分母である真に病気にかかっている人の数もわかるので、感度は算出できる。ただ、正確な有病割合を知るのは難しい。精検を受けた人のうち真に病気にかかっている人の数はわかる。しかし、偽陰性例、つまり精検不要と判定されたが実際には病気にかかっていた人の数を数えるのは手間がかかる。検診で陰性であった人も含め全員を精密検査するか、検診で陰性だった人を追跡して一定期間中にがんと診断された人の数を数える必要がある(■がん検診の「見落とし」を数えるのは難しいを参照)。ちなみに先に挙げた「子宮頸部擦過細胞診のCIN3以上の病変に対する統合感度は、ASCUS以上を精密検査の対象とした場合65.8%」という数字は合計87000人以上の複数のコホート(追跡対象集団)を対象にして算出された。
そのような手間をかけずに、要精検率と陽性的中率に加えて独自に有病割合を適当に一律1%と定めて計算すれば、感度や陽性的中率のようなものは算出できる。当然であるが、集団によってもがん種によっても有病割合は異なるので、そうした算出方法は誤りである。また、「現実社会の一般がん罹患率が約0.8%」だからといって、有病割合を0.8%と定めるのも誤りである。罹患率(incidence rate)と有病割合(prevalence)が異なる指標であることは、どの疫学の教科書にも載っている基本的な事柄だ。
論文には子宮頸がんの感度が2.5%と書いているけど、どうするんだろ
いずれにせよ、10月7日時点においては、HIROTSUバイオサイエンスは、子宮頸がん検診の感度は2.5%ではないと認識していることになる。その場合、2024年9月に発表されたN-NOSEの性能を評価したとする論文*1に記載されている子宮頸がん検診の感度2.5%も誤りということになってしまうのではないか。
子宮頸がんほか、各がん検診の感度についての記載は、今後、訂正されるのかもしれない。もしそうなら、同時に、[as reported by the Japanese National Cancer Center Cancer Information Service “Cancer Registration/Statistics”. ]という部分も訂正されるのが望ましい。あたかも日本のがんセンターが、がん検診の感度についてデタラメな数字を報告しているような誤解を招くからだ。実際には、がんセンターが提供する「がん情報サービス」における要精検率、陽性的中率を参照して、論文筆者らが独自に算出した数字に過ぎない。私見を述べさせてもらうと、子宮頸がん検診の感度が2.5%という記載がすり抜けてしまうようでは、まともな査読は行われていないと考えざるを得ない。