NATROMのブログ

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「リンパ節転移があるから過剰診断ではない」は誤り

福島県において、事実上の甲状腺がん検診が続けられています。甲状腺がん検診は、がん死亡率の減少といった利益が明確ではない一方、偽陽性や過剰診断などの害があります。「過剰診断はすでに専門家らによって対策済み」という理由で過剰診断はほとんど起きていないと主張されることがありますが、誤りです。前回、■ジャガイモの水分と甲状腺がんの過剰診断にて、腫瘤径が小さく悪性を疑う所見を認めない場合は精密検査をしないといった方針で過剰診断は減るものの、それでもなお、甲状腺がんと診断された人における過剰診断の割合がかなり高いままということがありうることをご説明しました。

専門家らによる対策の一つに、甲状腺がんと診断してもリスクが低いと判断できる場合は直ちに手術しない「積極的経過観察(AS:active surveillance)」という方針があります。確かに手術と比べて害を減らすことはできますが、治療しないがんを抱え続けるという心理的不安や、長期にわたって検査を受け続ける必要性といった害は生じます。よって、ASという方針で過剰診断の問題が解決できるわけではありません。「絶対に手術をしないと取り決めるなら過剰診断による実害はゼロ」などという主張もありますが、がんと診断される心理的な不安について想像力が欠けています。

加えて、ASを勧められても不安から手術を選ぶ患者さんもいらっしゃいます。本来、検査を受けなければ甲状腺がんと診断されることもなく、手術を受けることもなかったはずなのに。害を上回る利益が検査にあるのなら、やむを得ない害と言えますが、すでに述べたようにがん死亡率の減少といった利益は確認されていません。検査の利益として「手術合併症リスクや治療に伴う副作用リスク、再発のリスクを低減する可能性」があるとも主張されていますが*1、そうした利益の存在は臨床的証拠によって示されていません。それどころか、ASを勧められたが手術を受けた症例の存在は、手術合併症リスクや治療に伴う副作用リスクを検査が逆に増やしうることを示唆しています。

福島県立医科大学の「専門家」は、ASを勧められたが手術を受けた症例の術後病理においてリンパ節転移や被膜浸潤が認められたことから、「過剰診断を裏付けるような術後病理結果は出ていない」と述べていますが*2、現在広く採用されている過剰診断の定義によれば、術後病理結果からは過剰診断かどうか判断できません*3。リンパ節転移や被膜浸潤があっても、一生涯症状が出なかったり、死亡の原因にならなかったりするものは、定義上、過剰診断です。

「リンパ節転移や被膜浸潤があるから過剰診断とは言えない」と主張するのであれば、韓国において実に15倍に増加した甲状腺がんの数十%にリンパ節転移や被膜浸潤が認められたこと*4、あるいは、ASの適応がある低リスク甲状腺がんでも即時手術を行うと30%弱にリンパ節転移が認められたという報告があることに*5、合理的な説明が必要が求められます。

甲状腺がんのASの確立に大きく貢献した隈病院のウェブサイト*6では、次のような説明がなされています。


最大径が1cm以下の甲状腺がんを「甲状腺微小がん」と呼びます。甲状腺の微小がんとは共存できるとしても、放置すれば転移の恐れがあるのではないか。これは当然の心配です。甲状腺がんの場合、微小がんであっても実際に手術をしてみると、顕微鏡で発見できるような微小がんのリンパ腺への転移が30~40%の患者から見つかります。ところが、このような転移した微細がんはほとんど成長せず、生命への影響が極めて小さいことも明らかになっています。

つまり、甲状腺の低リスク微小がんの場合は、がんそのものと共存できる場合がほとんどで、微小がんのリンパ腺への転移があったとしても、その転移したがんもほとんど成長せず、いずれの場合でも生命への影響が小さいことが明らかなのです。

「リンパ節転移や被膜浸潤があるから過剰診断ではない」という主張は世界標準の考え方と一致しません。私の把握している範囲内では、福島県立医科大学の「専門家」は、福島県で過剰診断がほとんど起きていないとする主張を英語論文として発表していません*7。一定の水準以上の医学雑誌では、「過剰診断を裏付けるような術後病理結果」といった標準的な過剰診断の定義を理解せずに記述された内容は査読を通らないでしょう。ガイドラインに従えば過剰診断や過剰治療を避けられるのであれば、苦労はありません。

「成長の早い子どもの甲状腺がんには当てはまらない」という反論が想定されますが、そのように反論する人にお尋ねします。成人と小児が異なるのであれば、現在の福島県において、成人の甲状腺がんの知見に基づいた抑制的な診断や経過観察が行われている現状をどうお考えですか?経過観察を勧められるも手術を希望された症例からも高い割合でリンパ節転移が認められているのですよ?小児の甲状腺がんの成長が早いのなら経過観察せずにすぐに手術すべきではないのですか?

私の観察範囲内では「小児の甲状腺がんは成長が早いので、成人の甲状腺がんの知見に基づいた抑制的な診断・治療は不適切だ」という意見は見当たりません。本当に福島県の子どもたちを案じているのであれば、「過剰診断ではない」という主張に都合の良い「専門家」の意見を鵜呑みにするのではなく、抑制的治療が勧められたケースで高い割合でリンパ節転移が確認されている現実に無頓着ではいられないはずだと、私は思うのですが。