NATROMのブログ

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「代替医療のトリック」


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■代替医療のトリック(サイモン・シン著, エツァート・エルンスト著, 青木薫訳)。原題はTrick or Treatment?。著者の一人のサイモン・シンは、サイエンスライターとしてトップクラスであり、暗号解読フェルマーの最終定理といった著作がある。「代替医療のトリック」も含め、いずれも青木薫による翻訳である。私は、サイモン・シン+青木薫という組み合わせの本は自動的に買うことに決めている。もう一人の著者のエツァート・エルンストは、プロフィールによれば、「代替医療分野における世界初の大学教授」であるとのこと。「著者論文多数」ともあるが、Pubmedで調べてみるとその通りであった。たとえば、「"Ernst E"[Author] and homeopathy」では73件が引っ掛かった。これからは、良く知らない代替医療について調べたいときには「"Ernst E"[Author] and 」を付けて検索することにしよう。

さて、本書「代替医療のトリック」の主題は、代替医療に効果があるのかどうかである。効果の検証のために、臨床試験が必要であることが本書では繰り返し述べられる。第I章では臨床試験の方法論について述べられている。最初の対症比較試験は、イギリス海軍の医師リンドによって1747年に行われた壊血病に対する食事の効果を調べるものであった。他の条件を同じにしてオレンジとレモンを与えられた群では患者はめざましい回復を見せた。現在は、壊血病の原因はビタミンCの不足であるとわかっているが、当時はわからなかった。しかし、メカニズムが不明であっても、治療の効果を科学的に検証することは可能である。



リンドは環境と食事という変数を変えてみることにより、オレンジとレモンが壊血病を治療するための鍵になることを示した。この試験の対象となった患者の人数はごくわずかだったが、結果はあまりにも鮮明だったので、リンドはこの結果に確信をもった。もちろん彼は、オレンジとレモンにビタミンCが含まれていることも、ビタミンCがコラーゲンを作るために必要な成分であることも知らなかったが、それはここでは重要ではない。なにより重要なのは、彼の治療によって患者が良くなったことだ。医療においては、治療の有効性を示すことが最優先とされる。基礎となるメカニズムの解明は、のちの研究にゆだねればよい。(P32)


ある療法に効果があるかどうかと、その療法のメカニズムの解明は異なるものであることに注意して欲しい。代替医療の擁護者*1は、しばしば後者のみを「科学的根拠」と勘違いしている。例を挙げよう。ホメオパシージャパン*2では、水に記憶があるとする実験が再現できなかったとするBBCの番組について言及し、「しかし、それはホメオパシーの科学的根拠がないということであり、ホメオパシーが治癒をもたらすという事実を否定するものではありません。今の科学ではホメオパシーを説明できないということだけです」と述べている。

しかし、問題は「ホメオパシーが治癒をもたらす」というのが事実かどうかなのだ。ホメオパシージャパンが、メカニズムのみを「科学的根拠」とみなしているのに注意して欲しい。実際には、「科学的根拠に基づいた医療」と言うときの「科学的根拠」とは、効果があるかどうかを問題にしている。本書では、第III章をホメオパシーに割いており、上記したBBCの実験について言及している(P164)。水の分子や、細胞レベルの研究では、ホメオパシーに何らかの作用があることは確認されていない。



しかしそんなことは、ホメオパシー論争の本筋からすると大したことではない。なぜなら、分子レベルや細胞レベルで起こることは、患者の身に起こることにくらべればささいなことだからだ。ホメオパシーは医療の問題なのだから、生物学や物理学は忘れてよい。究極の問いはこうだ。ホメオパシーは、患者の病気を治してくれるのだろうか?


とりあえず、メカニズムは置いといて、効果があるかどうかが問題なわけだ。ホメオパシーが病気を治すかどうかについては、特に未来の科学に頼らなくても検証可能である。18世紀にオレンジとレモンが壊血病を治すかどうか調べたのと同じように、ホメオパシー治療を受けた群と、受けなかった群を比較して、差があるかどうかを調べればよい。もし、ホメオパシーが治癒をもたらすのであれば、そのメカニズムがまったくの不明であったとしても、ホメオパシー治療を受けた群のほうが治癒する率が高いことがわかるはずである。ホメオパシーについては既に何度も調べられており、ホメオパシーは治癒をもたらさないというのが事実であるとわかっている。ホメオパシージャパンの主張とは裏腹に、効果があるかどうかを気にかけているのは、ホメオパスではなく、ホメオパシー批判者のほうだ。

本書では、ホメオパシーの他に、鍼治療、カイロプラクティック、ハーブ療法についてそれぞれ1章をあて、検証している。その他に付録として、アーユルヴェーダ、アロマセラピー、キレーションセラピー、分子矯正医学、レイキ等が、簡単に評価されている。「その衝撃的な内容とは?」という帯のアオリとは裏腹に、ごく一部の例外を除けば、効果がないか、証拠不十分か、ときには危険ですらあるという結果であった。

けれども、確かに効果があったとする体験談がたくさんあるのではないか。本書では、「個人的経験と科学的研究の矛盾(P297)」がなぜ起こるのかについても述べてある。自然治癒や、併用する他の治療(通常医療の薬や生活習慣の改善)の効果、平均への回帰(治療介入は具合の悪い時期に開始されることが多い)、確証バイアス(代替療法を信じている人は効果があった解釈しがちな傾向がある)、そしてプラセボ効果。これは別に代替医療に限らず、標準医療であっても判断を誤る原因となる。だからこそ、二重盲検法などのしっかりとした臨床試験が必要なのだ。


*1:2010年3月3日追記:代替医療の擁護者だけでなく、批判者も同様の誤謬に陥っている例がある。

*2:URL:http://www.homoeopathy.co.jp/introduction/world_T20021203.html