NATROMのブログ

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病腎移植のドナーが提訴

病腎移植に関して、腎癌の可能性が強いとして腎摘出されたが、術後に癌ではなく良性であったと判明した症例について、ドナーが市を提訴したとする報道があった。なお、ドナーの手術を行った万波廉介医師は、レシピエントの手術を行った万波誠医師の弟である。


■病気腎移植問題、元患者が賠償提訴へ…「がん誤診で摘出」 : ニュース : 関西発 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)


 病気腎移植問題に絡み、がんではない腎臓を摘出され、精神的苦痛を受けたなどとして、岡山県備前市の市立病院で万波廉介医師(64)の手術を受けた県内の女性(73)が市を相手に、約3700万円の損害賠償を求める訴えを近く岡山地裁に起こす。この問題で、病院側が提訴されるのは初めて。

 訴状によると、女性は2006年7月、備前市立吉永病院で、万波医師から「九分九厘、腎臓がん」と診断され、経過観察など摘出以外の選択肢について説明のないまま左腎臓を摘出された。実際は腎臓の一部が石灰化した腎のう胞で、手術4日後に万波医師から「摘出した腎臓は良性だった。透析患者に移植され、正常に機能し始めた」と知らされ、そのことが元で重度のうつ病になった、としている。そのうえで「コンピューター断層撮影法(CT)のみでがんと誤診し、摘出手術を行った病院の過失は明らか」と主張している。

 取材に対し、病院側は「腎臓は、病理検査のために摘出せざるをえない状況だった。元に戻すことは不可能。万波医師には全幅の信頼を寄せており、誤診ではないと確信している。万波医師は腎臓を移植に使うということを患者に説明したと言っている」としている。


術前の「九分九厘、腎臓がん」という診断が正しく、摘出して病理検査を行って癌ではないとわかることもありうる。その場合は、「誤診」は医療の不確実性に伴う避けがたいものであって、医師側には責任はない。よって、このケースでの問題点は、結果的に良性疾患であったことではなく、術前の診断は妥当であったかどうか、また、十分な説明がなされていたかどうかである。記事だけでは、患者側と、病院側と、どちらが正しいのか判断できない。

しかし、厚生労働省のサイトの、「■患者から摘出された腎臓の移植に関する調査報告書(概要) PDFファイル」に詳しい情報がある。調査班報告書の「石灰化をともなった腎嚢胞を嚢胞由来腎細胞癌と診断して腎摘出された」症例が、記事の症例であると特定できる。瀬戸内グループによって施行された病腎移植のうち、ドナーが石灰化を伴う腎嚢胞であったのは1例のみだからだ。

術前の診断は妥当であったか

調査班報告書は、「詳細な検査により診断すれば摘出は防げた可能性がある」としている。



今回、問題となっている腎癌は、石灰化をともなった腎嚢胞を嚢胞由来腎細胞癌と診断して腎摘出された。腎嚢胞が悪性所見を持っているか否かは、術前の画像診断においては一般的に困難であるが、Bosniacらは4つのカテゴリーに分類して悪性の有無を検討している(1)。すなわち、悪性を疑わせる画像は、嚢胞内に複雑に入り組んだ隔壁がみられ、不整な嚢胞隔壁、厚い不規則な石灰化などで、造影剤使用により濃染される悪性所見を示すカテゴリーIII以上である。カテゴリーIIは、嚢胞が正円形を示し、軽度の隔壁を有することもあり、嚢胞あるいは隔壁に軽度の石灰化がみとめられ、腎外傷を思わせる高濃度の嚢胞を示す。さらに造影剤で濃染されないために悪性所見はない。したがって、カテゴリーII以下の腎嚢胞は経過観察でよいとされる。
今回の症例は、隔壁はなく、サイズは大きいとしても、カテゴリーIIであり、経過観察でも問題無かった可能性がある。いずれにしても、提出された画像が造影だけのCT像であり単純CTが存在せず、石灰化と造影剤の識別が困難であったが、嚢胞内壁は悪性所見を示すような壁の厚い壁不整は認めておらず、経過観察で十分であったと判断された。


調査班は、結果的に良性であったという情報を得た後に判断しているので、後知恵によってバイアスがかかっている可能性がある。一方で、「術前のMRI(磁気共鳴画像装置)検査はがんを否定する所見だった」とする報道もある*1。調査班に提出された画像は、「造影だけのCT像」で、調査班はMRI画像を見ていないようだ。私は腎癌については専門外であり、本症例における腎摘出にどれくらいの妥当性があったかは判断できない。しかしながら、「九分九厘、腎臓がん」という説明は(そう説明したことが事実だったとして)、不適切であった可能性がきわめて高いように私には思われる。

十分な説明はなされていたか

十分な説明がなされていたかどうかについては、病院側と患者側で主張が対立している。



Eの事例は、腎癌の疑いが極めて強いと診断され、手術の同意を書面により取得した上で腎臓が摘出されたが、搬送先の病院で肉眼的所見のみで移植が実施され、その後、病理検査の結果により摘出の必要のない良性疾患であったことが確認された事例である。
まず、摘出手術に至った経緯については、病院及び執刀医の説明によれば、手術を実施した病院では、手術中に迅速病理検査を実施して癌であるか否かを診断することができないため、腎臓を摘出せざるを得なくなるという事情を患者に説明し、患者の強い希望によりこの病院に入院し、及び腎臓を摘出したとのことである。
しかし、患者及び家族によれば、手術方法の選択肢、術式別のリスク、この病院では迅速病理検査を実施できないこと、及びこのためこの病院に入院すれば腎臓を摘出せざるを得ないことのいずれについても、説明はなかったとする。また、この病院への入院や執刀医による加療についても、患者及び家族から積極的に希望してはおらず、強く勧められて受動的に従ったに過ぎないとする。
この症例においては、摘出手術に至る事実関係を明らかにすることはできなかったが、患者及び家族が、この病院に入院する場合の治療方針に関して説明はなかったと強く主張していることから、十分な説明がなかったことも考えられ、腎臓の摘出の経緯に疑問が残る。
次に、この事例における移植のための提供については、口頭で説明し同意を得ており、この旨が診療録に記載されている。ただし、術前の説明に係る診療録の記載、病院から調査班への説明、及び患者の家族からの調査班に対する説明によれば、患者及びその家族に対する説明内容は、癌でない場合には他の透析患者のため使わせてもらう旨に止まる。他方、術後の説明に係る診療録の記載においては、移植する意図を説明したとある。以上のことから、移植に用いる意図が、術前に患者や家族に明確に伝えられていなかったのではないかと考えられる。
そして、患者側によれば、説明を聞いて移植に用いられるとは想像だにせず、術後に電話で移植に用いたと聞くまで、医学研究などに使うものと考えていたので、術後に移植に用いた旨の連絡を受け、さらに医学的知見に反する移植に用いられたとの報道を聞いて、精神的打撃を受けたとする。
そもそも、臓器提供に係るインフォームド・コンセントであるから、十分な説明の上で文書により慎重に同意を取得すべきである。本症例で生じている行き違いは、病院側が明確に移植の意図を伝えず、及び口頭で同意を取得したことによるものと考えられる。


こうした意見の食い違いが、今回の提訴につながったものと思われる。医療者側が十分に説明したにも関わらず、患者側が十分理解できていなかった、ということは十分にありうる。通常は、重要な事項については同意文書により、説明したという記録を残す。本症例では、文書による同意をとっていないため、「言った」「言わない」で争いが起こった。万波移植の擁護者は、しばしば、「医師と患者の間に信頼関係があれば文書の取り交わしなど、どうでもよい」と主張してきたが、本症例をどのように評価するのか興味深い。

万波移植において、不信を持つドナーの例は本症例のみではない。万波移植の擁護者は、レシピエントの感謝の声には耳を傾けるが、あまりドナー側には興味がないようだ。レシピエントあるいはレシピエント候補が万波誠医師を批判しないのは当然のことであろう。誰に移植を行うのか、万波誠医師が決定していたのだからなおさらである。なお、仮に本症例において、腎摘出が不適切で説明が不十分であったとしても、一般的な病腎移植の医学的妥当性とは無関係であることを再確認しておく。

2013年10月11日追記

「市側が女性に1700万円を支払うことを条件に和解が成立した」との報道があった。

■病気腎移植訴訟が和解 備前市側、女性に1700万円 - 山陽新聞ニュース


がん患者らから摘出した腎臓を第三者に移植する「病気腎移植」をめぐり、備前市立吉永病院(同市吉永町吉永中)で、がんではない腎臓を摘出する不要な手術を施されたとして、岡山県内の女性(77)が病院を運営する同市に約3700万円の損害賠償を求めた訴訟は、岡山地裁(古田孝夫裁判長)で10日、市側が女性に1700万円を支払うことを条件に和解が成立した。

減額はされているが、患者側の実質的な勝利であると思われる。