丸山ワクチンのオフィシャルサイトには、胃ガン非治癒切除症例の生存曲線の図が載っている。
■丸山ワクチン・オフィシャルサイト*1より引用 |
SSMとは"Specific Substance Maruyama"のことで、ここでは丸山ワクチンと同じと考えてよい。MFCとは化学療法の種類で、マイトマイシン、5-フルオロウラシル、シトシンアラビノシドという3種類の抗癌剤を併用する。なお、MFC療法は今では行われない。図を見ると、B群、つまり、丸山ワクチン併用群のほうが生存率が良いように見える。nがやや小さいように思えるが、有意差はあるのだろうか。中里博昭ら、胃癌非治癒切除および切除不能症例に対する人型結核菌体抽出物質(SSM)の臨床比較対照試験成績、基礎と臨床;17:293-309,1983を読んでみた。
症例の割り付け |
上に引用した図にあるように、丸山ワクチン併用群と非併用群の割り付けは封筒法によって行われた。現在の基準から言えば、封筒法による割り付けは、真のランダム化試験ではなく準ランダム化とみなされる*2。また、本研究は盲検ではない。一番の問題点は、いったん非丸山ワクチン群に割り付けられた患者のうち、少なくない数が丸山ワクチンの投与を受けたことである。以下の表の「封筒法の投与指示違反」というところに注目。
赤枠は引用者による |
たとえば、非治癒切除群のA群(丸山ワクチン非投与群)の62例中、13例が封筒法の投与指示違反である。つまり、非投与群に割り付けられたにも関わらず、実際には13例が丸山ワクチンの投与を受けた。なぜそうなったか。
…投与指示違反例については,A・B両群間に明らかな分布差があり,その理由はSSMという社会的関心上特殊な薬剤のために,医師の関心や患者家族の切望などによるバイアスが介入したことが判明した。
臨床の現場では仕方のないことであろう。しかしながら、封筒法の投与指示違反が結果に影響を与える可能性はいくつも思いつく。たとえば、積極的に丸山ワクチンを希望する患者は、そうでない患者より予後がよい。あるいは、良い結果を出そうとして、意識的あるいは無意識に、予後の良さそうな患者を医師が選んでしまうなど。実際の研究ではどのように解析したか。
今回は非治癒切除症例群において表4のごとく,解析対象を投与指示違反症例を除外した場合(解析I:前回の解析対象数と同じ)と,投与指示違反症例を除外せずに,違反症例のうちA法を開封してB法を行ったものをB群,B法を開封してA法を行ったものをA群とした場合(解析II)に分けて検討した。
仮に、非丸山ワクチン群中の予後の良い患者が封筒法指示違反になりやすい傾向にあったとすれば、解析Iでも解析IIでも、丸山ワクチン投与群に有利な結果になる。そして、バイアスが存在したとしたら、予後の良い患者を丸山ワクチン群に付け足す解析IIのほうに強く表れる。オフィシャルサイトで提示されていたのは、その解析IIの結果である。論文には、解析Iの生存曲線も載っているので引用する。
封筒法の投与指示違反を除いた解析 |
解析IIと比較して、丸山ワクチン投与群と非投与群の差が小さいことがお分かりだろうか。A群とB群に差があるか1ヶ月ごとに有意差検定を行っているが、解析Iでの50ヶ月目は有意差なしである。解析IにおいてGreen-wood法でp<0.05で有意差があるのは4ヶ月目、10ヶ月目、11ヶ月目だけである。一方、解析IIでは、10、11、14、17、18ヶ月目および44ヶ月以降がp<0.05で有意差がある。
解析Iより解析IIのほうが有意差が出る傾向が強い。バイアスはなく、封筒法指示違反を組み入れたことでnが増え、よって検出力が増えたために有意差が出やすいとも考えられるが、それならば、解析Iと解析IIで生存曲線の形そのものはあまり変わらないはずである。実際には、封筒法指示違反を組み入れた解析IIでの丸山ワクチン群は、解析Iの丸山ワクチン群よりも予後がよい傾向にある。
バイアスがあったかどうかは結局はわからないが、少なくとも、「ワクチンを併用すれば1000人あたり152人の割合で延命効果がある」というオフィシャルサイトの主張は言いすぎである。ランダム化に疑問の余地がある研究であり、追試がなされないうちはなんとも言えない。なお、同研究において、(非治癒切除例ではなく)切除不能例における生存曲線は、丸山ワクチン群と非丸山ワクチン群で「有意差は認めがたい」という結果であった。抗癌剤と併用すれば丸山ワクチンに効果があるとしても、その効果の強さはきわめて限定的だと言えるだろう。
批判はしたが、1983年当時では、質の高い部類の研究だったのではないか。最初から欠点の全くない研究はできない。問題点があろうとも、とにかく比較試験を行ったことは高く評価できる。東海地区SSM共同研究班の先生方は、丸山ワクチンに効果があるかどうか検証しようとし、努力し、一定の成果を挙げた。その後に、より質の高い追試がなかったのが残念ではあったが。
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*1:URL:http://vaccine.nms.ac.jp/general/contents/cont01_01.html#ChiryouJisseki
*2:「無作為化比較臨床試験では、複数の群(治療群と対照群、治療薬Aと治療薬B等)に患者の無作為割付を行います。無作為に割り付けるためには、いろいろなやり方(サイコロ、乱数表等)が考えられますが、一般的に行われてきた方法は封筒法(予め組み入れられる群が記入された紙の封筒を決められた順番で破っていく方法)です。割付を(センターではなく)各施設で行った場合には、質の高い研究とはみなされません。なぜなら、公正な割付がなされないことが経験的にわかっているからです(信じられない人がいるかもしれませんが)。治療群と無治療群を比較すると仮定すると、通常医師は治療群に割り当てられることを望みます。また2つの治療法の比較の場合には、通常どちらか自分が優れていると思っている治療法に割り当てられることを望みます。特に重要な患者(有力者や親しい人の紹介患者)、自己主張の強い患者では、優れていると信じている方の治療を割り付けたくなります。このため、封筒法では無治療群に割り当てられた場合にもう一枚封筒を破いたり、勝手に治療群に変更したりということが高い確率で発生します。このため、封筒法を採用して、治療群と無治療群に割り付けると、治療群の患者数が無治療群の患者数よりも多くなります。」、UMINインターネット医学研究データセンター/INDICE、URL:http://indice.umin.ac.jp/center.htm