NATROMのブログ

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丸山ワクチンに期待できない理由

丸山ワクチンとは、結核菌を熱水処理して作られた、癌に効果があるとされる注射薬である。保険適用はなされていないが、有償治験薬という変則的な方法で使用可能である。丸山ワクチンの評価として、「間違いなく効く」から、「ただの水」というものまで、幅広い意見がある。私は、丸山ワクチンに薬効が証明される可能性はきわめて小さいと考えている。その理由は、40年近く35万人以上もの症例に使用されてきたにも関わらず、効果を示唆する証拠がほとんどないからである

「間違いなく効く」という主張は陰謀論とリンクしていることが多い。著明な効果があると仮定すれば、承認されていないのには何らかの理由が必要だからだ。たとえば、以下のブログでは、丸山ワクチンが認可されなかった理由は官民癒着により正当な評価がなされなかったからだとする週刊新潮の記事を引用してある。


■丸山ワクチンはなぜ「認可」されなかったのか?(Birth of Blues)



また、中間的な意見として、以下は、陰謀論とは距離を取りつつ、自然免疫による癌の再発予防の効果を期待している記事である。


■丸山ワクチンの過去・現在・未来、自然免疫と癌治療(Life is beautiful)



最後に懐疑的な意見として、上記リンク先に対して、臨床的なエビデンス不在、および、自然免疫は丸山ワクチンの効果を科学的に説明可能にする概念を示しただけで、癌に効くメカニズムを解明したわけではないことを指摘しているブログ記事。私の意見もほぼ同様である。


■「丸山ワクチンの過去・現在・未来、自然免疫と癌治療」へのコメント(SaitoToshiki.com)

エビデンスに乏しい

臨床的に効果があるかどうかを検証するには、比較試験を行う必要がある。丸山ワクチンのオフィシャルサイトでは、胃ガン非治癒切除症例に対し、抗癌剤単独 vs 抗癌剤+丸山ワクチンの比較試験の結果を示してあり、50カ月の生存率でみて約15%ほどの効果があると主張されている*1。1983年の論文である。もっと新しくて質の良い論文がないか探してみたが、発見できなかった。もし、他によい論文があればオフィシャルサイトでも提示するであろう。もし丸山ワクチンに癌全般に対して効果があるのなら、胃癌についての限定的なエビデンスしかないのは不自然である。

1983年の論文を入手して読んでみるといろいろ問題点があったが*2、ここでは「丸山ワクチンは臨床的エビデンスに乏しい」ということを理解していただければそれでよい。臨床的なエビデンスに乏しい以上、自然免疫などの「なぜ効くのかの理論的説明」に拘泥する意味はあまりないように思う。血液型性格判断にたとえるとわかりやすいだろうか。「なぜ血液型と性格に関係があるのかの理論的説明」をいろいろ考えることは可能であるが、血液型と性格に関係があるのかどうか、という点をまず気にするべきだろう。

なぜエビデンスを出そうとしないのか

現時点でエビデンスが乏しいだけでは、「丸山ワクチンに期待できない理由」にはならない。もしかしたら、将来、二重盲検比較対照試験で効果が証明されるかもしれないではないか。丸山ワクチンは、ホメオパシーのような本当のただの水ではなく、なんらかの成分は含まれているので、効果が証明される可能性はゼロではない。しかし、きわめてゼロに近いと私は考える。なぜか。逆説的であるが、丸山ワクチンに「十分な治療実績」があるからである。オフィシャルサイトによれば丸山ワクチンが、「ガン治療の現場で用いられるようになって40年近い年月が経過し」、「投与を受けた患者さんの総数は約35万6000人に上る」そうだ*3

これだけの実績がありながら、まともなエビデンスが不在であるのは奇妙なことである。もし、当初主張されたほど丸山ワクチンに劇的な効果があるのなら、臨床の現場から「あれ?丸山ワクチン効くんじゃね?」という声が出てきて当然であろう。実際には、丸山ワクチンは臨床の現場での評価は低い。体感的には実感できないものの統計的には効果があるのかもしれないが、そうだとしても、日本医科大学や製薬会社はなぜエビデンスを出さないのであろう。たとえば、丸山ワクチンを投与された人の「切除不能進行胃癌の生存期間の中央値」は出せるはずだ。一般的には数ヶ月、化学療法を使用しても1年前後である。これがたとえば、丸山ワクチン群で15ヶ月です、なんてことになれば、それなりのインパクトがある。比較試験ではないから効果の証明にはならないが、傍証にはなる。

そもそも、1983年以降、なぜ比較試験がほとんどなされていないのか*4。もし効果が証明されれば、製薬会社は莫大な利益を得ることができる。にも関わらず、積極的にエビデンスを出そうとしないのは、製薬会社も丸山ワクチンに効果があるとは本気で思っていないのだろう。少なくとも、比較試験を行って「効果なし」というヤブヘビな結果が出るリスクのほうが、効果が証明されたときに得られる利益より大きいと考えているようだ。このまま何もしなければ、「有償治験薬」という形で一定の売上は保障されている。

陰謀論に対する簡単な反論

なんらかの利権によって比較試験が妨げられているという主張もあるかもしれない。確かに利権が皆無とは言わないが、丸山ワクチンのオフィシャルサイトを見る限りでは、少なくとも医師が丸山ワクチンの使用に反対する理由はない。医師が患者軽視の金儲け主義者であったとしてもだ。丸山ワクチンの効果が主張の通りであるのなら、特に開業医にとっては、実に都合のよい薬である。

癌を完全に治してしまうのではなく、「ガンと共存して何年も元気に暮らす」ようにするのである。また、「打ち続けて、もう治ったろう。と止めた途端、再発して亡くなった」という話もあり、再発の可能性がある以上、ずっと打ち続けることが推奨されている。注射薬であり、また自己注射は認められていないので、通院または訪問診療が必要である。長期間にわたって「儲ける」ことが可能である。癌を治癒切除して、5年間だけフォローする(それも途中からは数ヶ月に一回の通院でよい)のと比較して、どちらが儲かるか。

なお、船瀬俊介氏による「抗癌剤は命を縮める。医師は金儲けのために毒を注射する」という主張がおかしいことも、まともな頭を持った人ならすぐわかる。患者を「殺して」しまってはそれ以上「儲ける」ことはできない。金儲けのためなら、毒ではなく、毒にも薬にもならない偽薬を投与するほうがまだ儲かる。

代替療法としてはよくできている

丸山ワクチンが「投与され続けている」理由は効果があるからではなく、代替療法としてはよくできているからである。代替療法を容認できる条件として、安価、安全、標準的治療との共存がある。丸山ワクチンは有償であるが、1クール40日分で約9000円である。他の癌に対する代替療法と比較すれば安価なほうであろう。オフィシャルサイトでは副作用も「ほとんど無いといってよいでしょう」とのことである。丸山ワクチンを開発した故丸山千里博士は抗癌剤との併用に否定的であったとのことであるが、現在では、オフィシャルサイトを見る限りでは、標準的治療を否定しているわけではない。

他に治療法のない末期癌に対しての選択肢はあっていい。わけのわからない高価なサプリメントよりかは、少なくとも安全性はわかっている丸山ワクチンのほうが望ましい。言っちゃなんだけど、日本医科大学も製薬会社も、本気で効果があるとは信じておらず、「わかっててやっている」と思っていた。積極的に標準医療を否定するわけではないので、他の医師たちもなんとなく容認している。なお、副作用がほとんどないことも、丸山ワクチンの効果に懐疑的になる理由になる。自然免疫を働かせて癌に働きかけるのなら、熱ぐらい出そうなものである。副作用のない薬はない。

抗癌剤の使われ方もいろいろ

丸山ワクチンの話と直接は関係ないのだが、抗癌剤についての誤解がわりと見られるのが気になる。副作用が強くて生活の質を著しく損なうものであるとよく思われているせいか、「私が癌になっても抗癌剤は使いません」などとよく言われている。だけど、どの癌に対する、どのような抗癌剤なのかは言及されていない。抗癌剤の使われ方もいろいろであり、白血病などの血液系の悪性腫瘍に対しては「すべての腫瘍細胞を殺す(Total cell kill)」ことを目的にかなり強い抗癌剤を使用するが、固形腫瘍に対しては、生活の質の改善や術後の再発予防を目的として、比較的マイルドな使われ方をすることもある。

希望は捨てないで

効かない効かない言っていると、プラセボ効果ですら失われてしまうのであまり言いたくないのだが、丸山ワクチンについては多くの人が興味を持っているようなのでこのエントリーを書いた。希望を持てることも書いておく。丸山ワクチンが効いたとは限らないが、治療不能とされた進行癌であっても長期生存例があるのは確かである。癌の自然治癒も稀ながらあることはよく知られており、おそらくは免疫が関係している。

丸山ワクチンはともかくとして、癌の免疫療法は将来実用化される可能性はある。十分に成功したと言える癌の免疫療法はまだないが、その理由として、癌は様々な方法で免疫から逃れるメカニズムを持っていることが挙げられる。というか、うまく免疫監視機構から逃れることのできた癌細胞のみが、臨床的な癌を生じさせるのである。癌が免疫から逃れるメカニズムについてはそれぞれの癌で違っているので、丸山ワクチンのようにすべての癌に効果があるという免疫療法は考えにくい。個人的な意見であるが、癌の免疫療法が成功するとしたら、個々の癌に対するオーダーメイド医療であろう。


*1:URL:http://vaccine.nms.ac.jp/medical/contents/cont01_01.html#ChiryouJisseki

*2:詳しくは■進行胃癌に対する丸山ワクチンの比較試験で論じた

*3:URL:http://vaccine.nms.ac.jp/medical/contents/cont01_01.html#ChiryouJisseki

*4:追記:丸山ワクチンではなく、さらに濃度の高い製剤(商品名アンサー20)については、Biological Response Modifierとしての効果を期待されて、子宮頚癌に対して放射線療法との併用にて比較試験がなされている。結果は微妙。