■殺虫剤と小児白血病に関連か 米研究(AFPBB News)を読んで、「そういや蚊取り線香の害って調べられているのかなあ」と疑問に思ったので、医中誌先生に聞いてみた。「放火時に時限装置として用いられた蚊取り線香についての検討」(犯罪学雑誌)などという論文に混じって、"Exposure to mosquito coil smoke may be a risk factor for lung cancer in Taiwan.(台湾において蚊取り線香の煙への曝露は肺癌の危険因子となりうる)"という論文*1を発見した。蚊取り線香って、"mosquito coil"って言うんだ。以下、サマリーを引用して訳した。
BACKGROUND: About 50% of lung cancer deaths in Taiwan are not related to cigarette smoking. Environmental exposure may play a role in lung cancer risk. Taiwanese households frequently burn mosquito coil at home to repel mosquitoes. The aim of this hospital-based case-control study was to determine whether exposure to mosquito coil smoke is a risk for lung cancer.
METHODS: Questionnaires were administered to 147 primary lung cancer patients and 400 potential controls to ascertain demographic data, occupation, lifestyle data, indoor environmental exposures (including habits of cigarette smoking, cooking methods, incense burning at home, and exposure to mosquito coil smoke ), as well as family history of cancer and detailed medical history.
RESULTS: Mosquito coil smoke exposure was more frequent in lung cancer patients than controls (38.1% vs.17.8%; p<0.01). Risk of lung cancer was significantly higher in frequent burners of mosquito coils (more than 3 times [days] per week) than nonburners (adjusted odds ratio = 3.78; 95% confidence interval: 1.55-6.90). Those who seldom burned mosquito coils (less than 3 times per week) also had a significantly higher risk of lung cancer (adjusted odds ratio = 2.67; 95% confidence interval: 1.60-4.50).
CONCLUSION: Exposure to mosquito coil smoke may be a risk factor for development of lung cancer.
背景: 台湾の肺癌による死亡のうち、約50%は喫煙と関係しない。環境曝露が肺癌のリスクにおいて役割を果たしているかもしれない。台湾の家庭では、蚊を避けるために、しばしば蚊取り線香を燃やす。この病院ベースの症例・対照研究の目的は、蚊取り線香の煙への暴露が肺癌のリスクかどうかを決定することであった。
方法: 原発性肺癌147人および対照群400人に対して、癌の家族歴および詳細な病歴と同様に、人口統計データ、職業、生活習慣、室内環境暴露(喫煙習慣、料理法、家庭でのお香、蚊取り線香の煙江の暴露)を確認するためにアンケート調査が行われた。
結果: 肺癌患者における蚊取り線香への暴露は対照群と比較して頻度が高かった(38.1%対17.8%;P<0.0.1)。肺癌のリスクは、蚊取り線香を焚かない群より頻繁に焚く群(週に3回 [日] 以上)で有意に高かった(調整後オッズ比=3.78、95%信頼区間: 1.55-6.90)。あまり蚊取り線香を焚かない群(週に3回以下)においても肺癌のリスクは有意に高かった(調整後オッズ比=2.67、95%信頼区間: 1.60-4.50)。
結論: 蚊取り線香の煙への暴露は肺癌を引き起こすリスク要因である可能性がある。
調整後オッズ比の表はこんな感じ。
台湾人の蚊取り線香の煙の暴露と肺癌に関する調整後オッズ比および95%信頼区間(ChenShu-Chen, 2008) |
MCS(mosquito coil smoke)は鼻咽頭癌や子供の喘息を引き起こすかもしれないという先行研究もあるそうだ。多環芳香族炭化水素やらホルムアルデヒドやらも含まれている。一つの蚊取り線香を燃やすと、タバコ75〜137本と同量の粒子状物質(PM2.5)、51本分のホルムアルデヒドの排出がある。意外と多い。感覚としては、「蚊取り線香の煙は、そりゃあ害がないとは言えないけど、害の大きさとしてはたいしたことないんじゃね?」と思っていた。オッズ比3.78て。もし本当だとしたら、受動喫煙なんか目じゃないぐらいのリスクの大きさだ。ただし、Pubmedも引いてみたが、肺癌と蚊取り線香の関係を調べた研究はこれひとつだけ。著者らも述べているがさまざまなバイアスがありうるので、この研究だけで蚊取り線香のリスクが大きいと決まったわけではない。少数の研究だけであれやこれや心配しないほうがよかろう。でもまあ、少なくとも、寝室で一晩中蚊取り線香を焚くのは避けたほうがよさそうだ。
防虫成分のみを発生させる電気式蚊取り器だと、余計な汚染物質を出さないだけ蚊取り線香よりも安全と思われる。しかし、臭いがなく、あるいは煙を視認できないため、高濃度になっても気付かないというデメリットがあるという指摘があった*2。「天然だから安全!」と謳った蚊取り線香は案の定存在した。「弊社商品は100%化学物質不含有*3」だそうだ。言わんとすることはわかるが、何かこう、霊的な物質で出来ているかのように読んでしまう。「哺乳類、鳥類にはまったく影響はございません」「小さなお子様のいらっしゃるご家庭をはじめ、すべての方々に安心してご使用いただけるかとり線香です」なのだそうだ。天然由来の成分だと安全であるという根拠のない思い込みの典型的な例であろう。