NATROMのブログ

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臓器売買は容認できるか

■なぜ臓器が足りないのか? そのとき何がおこるのか?(地下生活者の手遊び)にインスパイアされて、臓器売買について考えてみた。現在の日本において、臓器売買は禁止されている。しかし、臓器売買を明確な悪だと断ずることは難しい。以下のような状況を考えてみよう。


あなたは移植医である。患者Rは慢性腎不全で透析中であるが、医学的には腎移植を受けるのが望ましい状態であり、移植を受けられなければ近いうちに死に至る可能性が高い。あるとき、患者Rは、ドナー候補Dを連れてきて、生体腎移植を希望した。ドナー候補Dは健康で、少なくとも医学的にはドナー候補としては理想的であった。しかし、Dの外見が日本人には見えなかったので、不審に思い詳しく話を聞いてみると、DはRから金銭的な報酬を得てドナー候補になったことを教えてくれた。ことが露見することはまずないし、なったとしても移植医であるあなたは「臓器売買があったなんて知らなかった」としらばっくれれば、法的に責任は問われないとする。さて、この移植を行うべきか否か。


やはり移植を行うべきではないと考える人も多いのではないだろうか。では、さらに以下の情報が加わったらどうだろうか?


Dには病気の娘がおり、治療費を稼ぐために日本に出稼ぎに来ていた。RからDに支払われる報酬額は、娘の治療費を払って十分お釣りがくるものである。報酬を貰わずに仕事を続けても十分な治療費を稼げる保証はない。あなたが移植を断ったとしても、別のアンダーグラウンドの移植医が、ぼったくり価格で質の悪い手術を行うことになるだろう。Dは十分に知的で、臓器提供のリスクについて十分な説明を受け、理解した上で臓器提供に同意している。あなたが手術を行えば、RもDもDの娘も、みな利益がある。


みなさんはどうお考えか。少なくとも上記したような状況では、臓器売買による移植を行わないことで患者の命が危険にさらされるが、私は、それでもなお倫理的には臓器売買による移植を行うべきではないと考える。だが、その理由を明確に説明せよと言われると困る。「このケースでは問題はなくても、騙されり、誘拐されたりしたドナーから臓器が摘出されるかもしれない」というのは理由になっていない。その場合、悪いのは臓器売買ではなく、騙したり誘拐したりしたことである。十分なインフォームドコンセントを受けた成人が、腎臓を売る選択を妨げる権利が他人にあるのだろうか。あるいは、売りたい人から腎臓を買うことを妨げることについては?「腎臓を買うことで私も喜ぶし、ドナーも喜ぶ。誰も困らない。何が悪いのか、私に死ねというのか」と言われたら、反論できるか。仮に「生存権や治療の選択権を侵害された」として臓器売買禁止は憲法違反だなどと誰かが裁判を起こしたらどうなるのだろう。

現実問題として、海外では臓器売買は行われている。もしかしたら、日本でもアンダーグランドで行われているかもしれない。臓器売買の禁止が犯罪ビジネスを活性化しているとしたらどうだろう。臓器売買を禁止するのではなく、公的に管理したほうが利益が大きい可能性はある。インチキくさいブローカーではなく資格のある移植コーディネーターが臓器提供のリスクを説明する。騙されてではなく、十分にリスクを理解した上での臓器提供の意思を確認することを義務付ける。腎臓摘出に伴なって予想外の合併症が起きたときの補償を充実させる。金持ちが有利になり公平性に欠くのが問題だというなら、値段の上限を決め、移植希望者は待機リストに登録し、売られた腎臓を分配すればよい。待ち時間はあるが、死体移植と家族間生体移植しかない現状より助かる人は増える。

とまあ、私が考えていそうなことは、専門家もとっくに考えている。「臓器売買を解禁せよ」という主張はあり、医学雑誌や生命倫理学誌で論じられているそうだ。■臓器提供制度のあり方に関する過去5年間の英米学術誌の動向(PDFファイル)(児玉聡)に詳しい。臓器売買以外の代替案も述べられており、一読の価値がある。ブログでは、■移植臓器の売買は人身売買 (三余亭)が臓器売買に反対する立場のLancet誌の論文を紹介している。私も同感である。

思うに、労働問題と通底する部分があるのではないか。労働者は法律で守られている。たとえば、時間外労働には限度があり、基準を超えて働かせることはできない。そこで、「労働者が、十分な説明を受けて同意すれば問題ないじゃないか。時間外労働をバンバンして稼ぎたいという人もいるだろう。法律で規制するから、限度を越えた時間外労働が地下に潜ってしまうのだ」という主張を考えてみる。一見、労働者側に立っているように見えるけれども、使用者側に都合のよい論理である。限度を越えた時間外労働をせざるを得なくなる状況こそが問題なのだ。臓器売買も同じで、臓器を売るという選択をせざるを得なくなる状況が問題であり、それを放置しながら「きちんと管理すれば臓器売買OK」としても、弱者が搾取されることは実質的に防げないと考える。