NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

謝罪とミスを認めることは異なる

■腹水穿刺後の死亡についての記事比較の続報。


■「病院はミスを認めていた」遺族の悲痛な訴え(MBSニュース)


 患者は重度の肝硬変で入院していた35歳の女性で、腹部に大量に溜まった水を針を刺して抜く治療を受けました。


 治療したのは20代の研修医。


 1度目は失敗し、2度目でおよそ1.5リットルの水を抜きましたが、その後女性が腹痛を訴え、皮下出血を起こしていたことがわかりました。


 しかし病院はすぐに血を止める治療を行なわず、数日後、輸血をしましたが、女性は先月16日、出血性ショックで死亡しました。


「娘が『失敗された、痛かった』と言ったから。『失敗したんでしょ』と言ったら『はい』って」(亡くなった女性の母親)


 不審に思った家族は病院に説明を求めます。


 そのとき病院側は結果的に病状を悪化させたと謝罪しました。


「出血に対して十分な対応を結果的にしていなかった。甘く見ていたんだと思う」(女性の主治医〜病院の説明の記録)
「腹水を抜くのに失敗したのが原因?」(女性の母親〜病院の説明の記録)
「それが大きなきっかけ」(女性の主治医〜病院の説明の記録)


 しかし8日開かれた会見では…。


「(Q.ミスといえるのか?)ミスという言葉を使っていいかについては、今のところこちらで判断しかねている」(尼崎医療生協病院・島田真院長)


「私らの前で言っていることと娘にも謝罪しているのにあの会見は何?とすごく腹立つ」(女性の母親)


ご家族からみれば、「病院側は一旦は医療ミスを認めたはずなのに、会見では認めていない。不誠実だ」ということであろう。ご家族がそう考えるのも無理がない。しかし一方で、病院側は医療ミスを認めたつもりはなかったという可能性がある*1。今回の記事で、その可能性が強いと改めて私は考えた。ポイントは、結果的にという言葉である。記事には「病院側は結果的に病状を悪化させたと謝罪しました」とある。

腹水穿刺がきっかけとなって皮下出血を、ひいては出血性ショックを引き起こし、女性の死亡の要因となったことには争いはないだろう。問題はそこに医療過誤(医療ミス)があったかどうかである。医療事故医療過誤は区別されるべきもので、一般的に、医療事故は「医療従事者に過失がある場合だけでなく、予測不能や回避不可能であった事例も含む」。一方で、医療過誤は、「医療従事者に過失がある場合のみを指す」*2。医療ミスは医療過誤と同義である。本件は、医療事故であるが、医療過誤かどうかは確定的ではない。

過失がなくても、医療行為が結果的に病状を悪化させることはありうる。医療行為の結果を確実に予測することは困難だ。ジャンケンにたとえるとわかりやすいだろうか。ほとんどチョキを出さないとあらかじめ分かっている相手とジャンケンして、パーを出して負けたとしよう。結果的にパーを出したことが負けた原因であるが、過失はない。これが、相手がほとんどチョキを出さないと分かっているのにも関わらず安易にグーを出して負けたのであれば過失である。

繰り返すが、本件において過失があったかどうかは確定的ではない。しかし、過失があったかどうか不明の段階でも、結果的に病状を悪化させたことについて病院側が謝罪してもおかしくはない。最近は、真実を説明し、謝罪することで訴訟リスクが減ると言われている。謝罪も、「共感表明謝罪」と「責任承認謝罪」とがあり、過失が明らかでなくても「共感表明謝罪」を行うべきだそうだ。このこと自体は正しいのだろうが、共感表明謝罪を行うときには言葉をかなり慎重に選ばないと、誤解を引き起こしうる

*1:念のため。家族に対しては医療ミスを認めたという可能性もある

*2:■医療事故(ウィキペディア)