NATROMのブログ

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腹水穿刺後の死亡についての記事比較

35歳女性の肝硬変の患者さんが、腹水穿刺後に出血し、その後死亡したというニュース。まず、亡くなった方に哀悼の意を表します。現在のところ、ネット上では、朝日新聞社、MSN産経ニュース、神戸新聞が記事にしている。


■研修医、治療中に血管傷つけ患者死亡 兵庫・尼崎(朝日新聞)


 兵庫県尼崎市の尼崎医療生協病院は、20代の男性研修医が入院中の女性患者(当時35)の腹水を抜く際に針で血管を傷つけ、患者を死亡させたと8日発表した。同病院は「結果的に力が及ばずに極めて残念」とコメントし、遺族にも謝罪したという。
 同病院によると、患者は昨年11月27日に重度の肝硬変で入院。12月4日に主治医が立ち会って、腹部にたまった水を抜くために医療用針(外径1.7ミリ、長さ55ミリ)を腹部に刺した。1度目では水が抜けず、2度刺したという。ところがその日夜に腹部の皮下出血が確認された。その後、貧血が進み、6日から輸血したが、16日に出血性ショックで亡くなった。

■尼崎医療生協病院、医療過誤で女性死亡(MSN産経ニュース)

■腹水抜く出術後、患者死亡 尼崎医療生協病院(神戸新聞)*1



各社の記事を比較し、現在入手可能な情報から何が起こったのかを推測してみる。まず、3社共通の情報として以下があげられる。

  • 35歳女性の肝硬変患者に対して、主治医の立会いのもと、研修医が腹水を抜くために針を刺した。
  • 1度目の穿刺で水は抜けず、2回刺した。
  • 腹水穿刺を行った日の夜に皮下出血が確認された。その後、輸血を行った。
  • 穿刺の12日後に死亡した。死因は出血性ショックだった。
  • 病院側は遺族に謝罪した。

3社間の情報が異なる点で一番気になるのは、産経では『病院側は「血管を刺したことで出血が止まらず亡くなった」とミスを認め』とし、見出しにも「医療過誤で女性死亡」とある一方で、他の2社には病院側がミスを認めたという情報がないこと。朝日では、病院側のコメントとして「腹水を抜く方法、態勢に問題はなかった」と報道している。謝罪の理由は「結果的に力が及ばず」と読める。神戸新聞では、説明不足について謝罪したものの、「現時点で医療過誤とは判断していない」と院長は説明したとしている。

一般的に言えば、腹水穿刺そのものはそれほど難しくない。手術というよりも、「処置」「手技」である。腹水の量が少ないときは、誤って腹腔内臓器を傷つける可能性があるが、腹水が多量ならその心配はほとんどない。採血よりも簡単だ。研修医にさせることもよくある。概ね安全であるとされているが、進行した肝硬変の場合、血が止まりにくいので出血のリスクはある。ただし、皮下にある血管は見えないので避けて刺すことは不可能である。腹水穿刺の必要性については、腹水を認めたときには、診断的腹水穿刺を行うべきだとされている。神戸新聞の記事によれば、腹水穿刺の目的は細菌感染を疑い検査するためだったとのこと。直径1.7ミリの針((調べてみたら直径1.7ミリは16〜17Gの針に相当するようだ。私は22G(だいたい0.8ミリ)か20G(だいたい1.0ミリ)をまず使うように習った。))(なぜか産経では1.2ミリとなっている)は、検査目的の腹水穿刺に使うにしては太いように思われる。しかし、腹水が粘調だと細い針では抜けない。最初に細い針で試みて、水が抜けなかったら太い針に代えて刺しなおすことはある。

腹水穿刺の手技自体にミスがあったと強いて考えるとしたら、出血傾向があるのにも関わらず最初から太い針を使った、というケースだろう。最初は細い針を使い、水が抜けないために太い針に代えて刺したのであれば、血管を傷つけたことそのものは、不可避な合併症であり、ミスではない。研修医がやろうが、ベテランがやろうが、運が悪ければ起こる。少なくとも、本症例では、「研修医にさせたせい」ではないと考える。皮下出血が確認された後の対応も、単に放置していたのか、あるいは圧迫止血などを試みたのかを知りたいところである。圧迫止血をしても、止まらないときは止まらない。輸血までして、12日後に死亡した死因が「出血性ショック」というのは、よく理解できない。経過をみると、穿刺部位からの出血はゆっくりだったと思われるからだ。

いずれにせよ、この研修医が不当に責められるようなことがないように願う。教訓としては、今後、腹水穿刺を行うときには、「死ぬこともあります」と十分な説明を行うこと。



追記(1月9日)
腹水穿刺の目的についても報道に乖離がある。

  • 「水を検査するため腹腔内に針を刺す手術を実施した」(神戸新聞)
  • 「2度目でおよそ1.5リットルの水を排出しました」(MBS近畿)*2

大雑把に腹水穿刺には診断目的と治療目的と二種類ある。診断目的だったら30ccもあれば十分だし、水が引けるなら細い針でもよい。治療目的であれば、ある程度は太い針が望ましい。

*1:「出術」は原文ママ

*2:URL:http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/mbs/20090109/20090109-00000005-mbs-loc_all.html