NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

「たらい回し」と書くな

■<患者たらい回し>自宅で早産の未熟児 7病院に断られ数日後に死亡(12月2日12時24分配信 毎日新聞)


 札幌市の女性が自宅で早産した未熟児が昨年11月、七つの病院に「満床」などの理由で受け入れを断られ、119番通報から約1時間半後、新生児集中治療室(NICU)のない病院に運ばれ、数日後に死亡していたことが分かった。札幌市病院局の野崎清史経営管理部長は「結果的に亡くなられたことは残念。大変、申し訳ない」と陳謝し、受け入れ態勢に問題があったことを認めた。
 市などによると、女性は昨年11月15日深夜、自宅で未熟児を早産し、未熟児は救急車で運ばれた。救急隊が病院を探したものの、NICUを備えた市立札幌病院、北大病院、札幌医大付属病院など5病院と、NICUのない2病院が「満床」「別の患者の治療中」などを理由に受け入れを断った。8カ所目の手稲渓仁会病院(同市手稲区)が受け入れるまでに約1時間半かかったが、未熟児は搬送途中で一時、心肺停止状態に陥った。同病院はNICUがなく、未熟児は処置を受けたものの数日後に死亡したという。


まず、治療の甲斐なく亡くなった新生児のご冥福をお祈りします。記事の内容が正しいとしたら、「たらい回し」という見出しは不適切である。「受け入れ不能」もしくは「受け入れ困難」が正しい。せめて「受け入れ拒否」であろう。上記引用したのはヤフーニュースであるが、毎日新聞のサイトでは、ほとんど同内容の記事の見出しが■札幌:未熟児受け入れ7病院断る 数日後に死亡(毎日新聞 2008年12月2日 13時21分)と「たらい回し」という語は使用されていない。1時間足らずで修正した点は評価する。しかし、毎日新聞が「たらい回し」という表現を撤回したのは、私の知る限りで、これで3度目である。一度目は奈良県大淀病院事件。開かれた新聞:座談会において、砂間裕之・大阪本社社会部兼科学環境部デスクは、



「たらい回し」は事実と異なり、東京本社の一部紙面でそういう見出しになったのは不適切だったと反省しています。


と述べている*1。2度目は、2007年8月に、やはり奈良県で妊婦が延べ12件目でやっと搬送先が決まったケース。今回の場合と同じく、ネット上の見出しはすみやかに訂正された。しかし、東京版の夕刊では一面で「病院たらい回し 1時間半9ヶ所」とあったそうである(参考:■たらい回しではなく受け入れ不能)。大阪本社のデスクの反省は、末端にはなかなか行き渡らないようである。また、今回は、読売新聞でも■早産未熟児7病院たらい回し、死亡…札幌で昨年11月(2008年12月2日12時41分 読売新聞)という不適切な見出しが使用された。

mixiやYahoo!ブログなどで、「医者のモラルが足りない」「医者が殺した」「助けるのが医者の仕事だろ。それでも医者か。辞めてしまえ」「ベッドがなくても赤ん坊は小さいから診れるだろ」「別の患者を治療中というのは理由にならない」などなど書かれるのが目に見えるようだ。まあこういう人たちは素人だからまだいいよ。でも、見出しをつけた新聞記者はプロだろう。すべての分野の専門知識は要求しないけれども、これだけ医療崩壊が報道されているのだし、少しでも勉強していれば「たらい回し」などという見出しが不適切なことぐらい理解できるだろうに。「開かれた新聞:座談会」は紙面に掲載されたが、自分とこの新聞も読んでいないのか。

なぜ「たらい回し」と書いてはいけないか?それは、リソース不足に起因する問題を、さも現場の怠慢が原因であるかのように誤認させるからである。同様の理由で、「拒否」と書くのも望ましくない。「受け入れ不能」と書けば、医療崩壊について知識のない読者も、「なぜ受け入れ不能だったのか?」と考えるであろう。リソース不足をそのままにして現場を批判しても問題は解決しない。「たらい回し」と書くマスコミが存在し続ける限り、今後も、同様の事件(いわゆる「たらい回し」)は起こり続けるであろう。

追記

12月2日22時の時点で、ヤフーニュースも読売新聞も「たらい回し」ではなく、「受け入れ拒否」に見出しが修正されている。素早い対応で評価できる。できれば、「受け入れ困難」にしていただきたかったが。