NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

ニセ科学を見抜く練習問題(世界医学気功学会の論文集から)

突然ですがここでクイズです。以下に、『気功による癌(ガン)の克服』【克服症例】として前立腺癌・膀胱癌の例が提示されています。この症例は癌が克服されたと言えますか?理由をつけて答えてください


■気功施術・指導 大明気功院  世界医学気功学会 発表論文 気功による癌(ガン)の克服*1


*症例(1)
 71歳の男性で無職。2005年3月28日、排尿ができず、尿道に管をつけましたが、腹部がパンパンに腫れてきたので検査したところ、前立腺ガンの疑いがあるとのこと。針を刺しての検査を2週間後にするということで、その間に息子さんが私の教えた気功をして検査。医者が「ガン細胞がなくなっていた。長年やっているが、こんなのはおかしい」と不思議がっていたとのことです。
 前立腺ガンが治ったため、気功をあまりしていなかったら、2005年11月19日、突然尿から大量出血のため緊急入院。急激にやせて、痛みのためにベッドから出られない状態で、膀胱ガンの疑いがあり検査したらマーカーの数値(NMP-22)が976.2U/ml。また一生懸命に気功をした後にCT検査をしたところ「全く異常ありません」との診断。
 現在は痛みもなく、元気に歩いているし、マーカーの数値も正常になっています。


答えは下のほうで。

この問題を作ったきっかけは、「波動を語らずして、化学物質過敏症は治らず」とかアレなことを言っている建築会社を批判した■化学物質過敏症と波動のコメント欄。「波動過敏症といったいい加減な話を化学物質過敏症をリンクさせて欲しくない。迷惑な話だ」という至極もっともなコメントがついたので、「化学物質過敏症」は、「波動過敏症」だけでなく、気功やらNAETやらの非科学的な概念と結びついているので大変ですよね、と返事をしたところから話が広がった。気功で化学物質過敏症が完治したという体験談は確かにある(■気功で化学物質過敏症が完治〜大明気功 体験談)。

化学物質過敏症だけではなく、大明気功院は、上記したように、各種癌についても克服症例を持っている。「大明気功院の論文の中で、お父さんの癌を治したと紹介されてる息子」さまから、コメントがついた。要約すれば、「体験談が資料不足の為インチキと思われるのは残念でならない。確かに父の癌は治ったのだ」という内容である。実際のところ、資料不足の為ではなく、それなりに資料が揃っているがゆえに、世界医学気功学会の発表論文が医学的には無価値であり、癌が気功によって克服されたと考えるよりもずっと合理的な説明が可能であることがわかるのだ。コメント欄では十分な説明ができないし、他にも興味を持ってくれる読者もいるであろうから、独立してエントリーを立てた。それでは答え。







A.:癌が克服されたと言えない。初めからこの症例は癌ではなかったと考えられる。問題文には、「前立腺ガンの疑い」「膀胱ガンの疑い」とは書いてあるものの、癌と診断されていたとは書いていない。「癌の疑いがあるから詳しく検査しましょう」→「気功」→「詳しい検査では癌ではありませんでした」という流れである。資料をよく読めば、癌と疑った根拠は腫瘍マーカーの上昇であることがわかる。前立腺癌の腫瘍マーカーがPSAで、膀胱癌(正確には尿路上皮癌)の腫瘍マーカーが尿中NMP-22である。一般的に、腫瘍マーカーは癌のときに上昇するが、良性疾患つまり癌ではない病気でも上昇することがある。つまり偽陽性がある。PSAは前立腺肥大症や前立腺炎や前立腺への刺激(尿道カテーテルの挿入など)で上昇する。引用文には「排尿ができず、尿道に管をつけました」とある。この情報があるために、「PSAの上昇は偽陽性であり、初めから前立腺癌などではなかった」と推測できる。尿中NMP-22も同様だ。尿中NMP-22は感度は高いが特異度は低く、測定キットには「尿路変更術後や膀胱炎等の膿血尿を認める症例で尿中NMP22が高値を示す」と警告されている*2。大明気功院の論文には「突然尿から大量出血」とある。出血性膀胱炎のような疾患であったのだろう。尿中NMP-22は感度が高くスクリーニングには有用であるが、大量の尿路出血の原因を鑑別するのには向いていない。

ある治療法が効果ありと認められるには、治療群と対照群に分けて有意差があるかどうかを見なければならない。できればランダム化されていることが望ましい。「こうしたら効いたよ!」という報告(症例報告)は、証拠のレベルとしては低い。大明気功院による論文は、症例報告レベルにすら達していない。医学的な価値はゼロである。論文を書いた人物は、腫瘍マーカーとは何かすら理解していない。地方の学会レベルでも、このような発表をしたら失笑されるであろう。「世界医学気功学会」とやらはこの程度である。大明気功院が本当に患者のことを考えているのであれば、腫瘍マーカーの数字が何を意味するのかぐらいは知る努力をするはずだ。そうでなくても、誰か知識のある人に教えを乞えばいい。それをしないのは、患者のことはどうでもよく、単に宣伝になれば良いと考えているからと私は判断する。医学的な知識のない人が、サイトを見て騙されることを期待しているのだ。施術費は、約30分1回として、10000円から24000円とるそうだ。中途半端に西洋医学の概念を振り回しているところが悪質だ。典型的なニセ科学である。スピリチュアル全開で「ヒーリングプロセスを助けるためのエンパワメント」とか言っているほうがまだマシであろう。

「お父さんの癌を治した」息子さんについては、主観的には、気功で癌を治したと思い込んでしまうのも無理はない。癌を「告知」した医師については、いろんな可能性が考えられるので、後日、別エントリーで論じる(→■「癌が治った」という体験談はどこまで信頼できるか)。

*1:URL:http://www.daimeikikou.com/ronbun.html

*2:中野幸弘 NMPと尿沈渣、尿細胞診を用いた尿路上皮癌診断 生物試料分析 20:5 P477-482(2006)