NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

「癌が治った」という体験談はどこまで信頼できるか

■ニセ科学を見抜く練習問題(世界医学気功学会の論文集から) では、前立腺癌・膀胱癌が気功によって治ったかのような体験談は、実は初めから癌ではなかったと思われることを示した。癌でなかったとしたら、「医師が癌だと告知したのはどういうことよ?」という疑問が生じるのはもっともなことである。大雑把に言って可能性は二通りある。


1. 医師が、実際には癌ではないのに癌だと誤診した。
2. 医師は癌だとは告知していないが、患者側が誤解した。


1.については説明不要だろう。医師もいろいろなので、中にはとんでもないヤブもいるかもしれない。しかし、今回のケースは2.である可能性が高いと考える。医師の説明不足もあるだろうし、患者側の理解力不足もあるだろうが、いずれにせよ、「体験談」を解釈するときには、「患者側は医師の説明を100%理解できているわけではない」という点に留意せねばならない。

通常、医師はよほど強い根拠がない限り断定的な説明をしない。99%の確率で癌だと推測できるときに癌だと断定的に説明して、もし1%のケースに当たった場合、「説明が間違っていた」などと後で訴えられるかもしれない。「癌の可能性はきわめて高い」とか、歯切れの悪い説明になる。一方、患者側は、ただでさえ医学的知識の乏しいところに、癌かもしれないなどと言われるわけで、冷静に医師の言うことを理解しろと言っても無理な話だろう。癌の治療となったら長い付き合いになるために、時間をかけて少しずつ理解してもらうことになるのだが、「癌じゃなかったです」てなことになったら、誤解されたままということは十分ありうる。

あなたが医師だったと想像してみよう。「癌の可能性が高いので検査しましょう」と患者に説明し、検査をしたら癌じゃなかった。患者の息子が真顔で、「癌を治す気功を習って、必死で父に施術しました。そのお陰で癌が治ったんですね」など言ったとしたら、どう答えるか。私なら「気功は関係ないっす」とは説明しない。「お父様を思うあなたの気持ちが通じたのでしょうね。良かったですね」などと笑顔で答えて、次の患者を診る。

気功で癌を「治した」症例はまだ診たことはないが、ミキプルーンで脳梗塞を「治した」症例なら経験がある(■ミキプルーン、代替療法、善意の素人)。通常の経過での回復を、家族はミキプルーンのお陰だと誤認したが、いちいち指摘しなかった。もちろん、回復がミキプルーンによるものかどうか、医学的な見解を聞かれたら正直に答えただろうが、実際には「びっくりされたでしょう?」としか聞かれなかった。私は、びっくりしたと答えた。許可なくミキプルーンを勝手に食べさせた行動にびっくりしたのは事実だからだ。今頃、家族は、ミキプルーンのお陰で医師もびっくりするほど回復した「体験談」を話しているかもしれない。

ついでながら、医師はより厳しめの説明をしてしまいがちなことも、こうした「体験談」の温床になることも指摘しておこう。予後の説明が典型的でわかりやすいだろう。癌の末期の患者さんがいたとして、あと何ヶ月生きるのか、経験や統計などで推測はできるが、正確に予測するのは困難である。しかし患者側が知りたいのはまさしくそのことであって、説明しないわけにはいかない。「半年は持つと思います」と説明して、3ヶ月で亡くなったら印象が悪い。「3ヶ月でしょう」と説明して半年生きたら「良かったですね」となる。なので、やや短めの予後を説明することになる。「3ヶ月」と説明した患者が半年生きることは医師側にはそれほど珍しくないことだが、患者側にとってみたら、予後が伸びたのは○○療法のお陰であると誤認しうる*1

稀ながら癌の自然治癒はありうるし、症例報告もなされている。その場合、医学的な見地からみて、癌と診断した根拠、治癒と診断した根拠が述べられている。レベルとしては高くないが、症例報告もエビデンスとなりうる。しかし、上記した理由から、患者側のみからの情報による「体験談」の信頼性は極めて限定的である。


*1:医師の説明が正確であっても、患者の半分は中央値よりも長生きすることを考えると、同様の誤認は起きうる