NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

「選択肢の確保」と「規制の強化」

助産所の嘱託医がヤブだったせいで死産になったと主張される例*1


■【お産難民を救え 助産師はいま】(4)母としての自覚(MSN産経ニュース)


 白木の小箱にわが子を納め、女性は病室で手を合わせた。妊娠5カ月で陣痛がきてしまい、出産する予定だった助産所から嘱託医のいる産婦人科に駆け込んだ。ところが、「うちではどうしようもない」と言われ、別の病院へ回された末の死産だった。「早く何とかして!」という叫びは、届かなかった。
 大阪府のこの女性は13年前の体験を思いだすと今も涙がこぼれそうになる。嘱託医は長らくお産を扱っていなかった老医師だった。退院後、女性は「あの医者では嘱託医の意味がない」と助産所に告げた。親身になってくれた助産所を恨んではいなかった。しかし、言わなければ同じ悲劇が繰り返される。助産所は別の医師と契約し直したという。


13年前というから1995年ごろの話であろうか。上記のケースではリタイアした産婦人科医であったが、助産所の嘱託医は医師でありさえすれば産科医でなくても以前はOKだった。それでは安全性が確保できないということで、2007年に医療法が改正され、産婦人科の嘱託医を持つことと、産科と新生児医療のできる連携医療機関を決めることが義務付けられた。すると今度は「産む場所の選択肢を奪うな」という声が挙がった。


■開業助産所、3割ピンチ 嘱託医義務化に確保厳しく(朝日新聞・魚拓)


 年間約1万人、全国のお産の1%を担う開業助産所が存亡の危機に立っている。4月施行の改正医療法で、産婦人科の嘱託医を持つことが義務づけられたのに、日本産婦人科医会が産科医不足などを理由に、厳しい条件の契約書モデル案を示したためだ。NPO法人の緊急アンケートでは、嘱託医確保が「困難・不可能」が3割にのぼる。

 嘱託医確保の猶予期間は施行から1年。来年4月までに嘱託医が決まらない助産所は、廃業せざるを得ない。

 「産む場所の選択肢を奪わないで下さい」

 9日、助産師や産婦たちでつくるNPO法人「お産サポートJAPAN」が、厚生労働省で会見を開いた。同時に発表した全国の分娩(ぶんべん)を扱う開業助産所330全施設対象のアンケート結果によると、「嘱託医が確保できる」は38%。「不確実だが見込みがある」30%、「困難」21%、「不可能」が7%だった。

 出産時の異常で、助産所から病院・診療所に搬送されるのは約1割。同NPO代表で助産師の矢島床子さんは「安全性確保には医療のバックアップは必要。でも、助産師が自力で嘱託医を探すのは難しい」と話す。


「お産サポートJAPAN」は医療法第19条の廃案を要求している。安全確保の義務は地方自治体病院に負わせようとしているようだ*2。「選択肢の確保」と「規制の強化」はトレードオフの関係にある。一般的にどちらが良いとは言えずケースバイケースで判断するしかないが、助産所の嘱託医問題では、一部の助産所がレベルの低い医療を行っているため、産科医の腰が引けているという指摘がある*3。「トンデモ助産師の尻拭いは勘弁して」というわけだ。産婦人科の嘱託医を持つことを助産所に義務付ければ、産科医がまともな助産所を「選択」し、レベルの低い助産所の嘱託医にならないことで、レベルの低い助産所は淘汰される。一方、地方自治体病院に「安全確保」の義務を負わせれば、ただでさえ疲弊している産科医にさらなる負担をかけることになり、逃散・産科閉鎖を招くことになりかねない。嘱託医が見つからない助産所が廃業せざるを得ないのは「規制の強化」によるデメリットになりうるが、「全国のお産の1%を担う」開業助産所の中でさらに数割に過ぎない。

「患者の選択肢を奪うな」という主張だけを取り出すともっともらしく聞こえるが、規制が必要なことだってある。たとえば、抗インフルエンザ薬のタミフルは、現在、異常行動の副作用が疑われて10歳代への投与は制限されている。タミフルと異常行動の因果関係はいまだ不明であるが、メリットとデメリットを勘案すれば、この規制は妥当だと私は考える。ある事例では「患者の選択肢を奪うな」と主張する同じ人が、別の事例では「規制せず放置した国の責任」を厳しくとがめたりする。個々のケースでメリットとデメリットを評価する必要があるのに。


*1:妊娠5カ月では最初から専門家が診てもどうしようもなかったという指摘もあるが、詳細が不明なこともあり、ここではその問題については論じない

*2:嘆願署名のお願い(URL:http://www7a.biglobe.ne.jp/~osansupport/kagamibun.pdf)には「自宅や助産所を選択する女性の選択権と安全確保の地方自治体病院の義務化などを請願することとなりました」とある

*3:■ある助産所からの搬送例 開業助産所と嘱託医問題(勤務医 開業つれづれ日記)などを参考に