NATROMのブログ

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意外とタミフル備蓄量の少ない日本〜日本の新型インフルエンザ対策

kikulogの■浜六郎氏の本を送って頂いた(ので批判する) というエントリーのコメント欄で、日本の新型インフルエンザ対策が話題に上がった。「タミフルが本当に危険な薬であるかどうかと、パンデミックが起きるか起きないかとはまったく独立な問題である」という、きくちさんの意見に賛成である。付け加えれば、通常のインフルエンザに対するタミフルの有用性と、パンデミック時のタミフルの有用性も異なる。タミフルが異常行動や突然死を起こしうる薬だったとしても、パンデミックのときには有用性がリスクを上回るということもありうる。普通のインフルエンザはたいていの場合は自然に治癒するものであるが、新型インフルエンザもそうとは限らない。

諸外国ではタミフルはあまり処方されないと聞く。kikulogでも紹介された菅谷憲夫の論文*1によると日本では「毎年のインフルエンザ流行に対して,世界のoseltamivir*2生産量の半数前後を使用している」そうだ。日本人は実験台になっているのだなどと説く陰謀論者もいるようだが、日本でタミフルがやたらと処方されている理由は薬大好きな国民性と、誰もが気軽に医療にかかれる国民皆保険制度が大きいと思う。患者が望めば夜間でも医師の診察を受けタミフルを処方してもらえるのは豊かな証拠とも言えるが、一方で学校や仕事を休んでゆっくり寝ていられない貧困さを示しているのかもしれない。

実は論文を読むまで私は知らなかったのだが、これだけタミフルを消費している日本でも、パンデミックに備えたタミフル備蓄量は少ないのだと。菅谷憲夫の「日本の新型インフルエンザ対策の問題点」*3より図を引用する。





世界のノイラミニダーゼ阻害薬の備蓄状況

ノイラミニダーゼ阻害薬(オセルタミビルとザナミビル*4)の備蓄が全人口の何%にあたるか示した(ロシュ社提供).

2007年4月現在で,日本は19.5%で世界の25位であり,スイス,ルクセンブルク,オーストラリア,フランスなどでは,40〜55%となっている.


「新型インフルエンザ用の備蓄は先進国のなかでは最低クラス」なのだ。さらに加えて、臨床医にタミフルの使用経験があることはパンデミックに際して有利だと私は思っていたのだが、実際には逆かもれないという指摘がなされていた。



厚生労働省の行動計画ではノイラミニダーゼ阻害薬の不足が述べられていないが,優先順位をつけてオセルタミビルを使用することが提案されている.欧米のようにオセルタミビルが日常的には使用されていない国なら,治療投与の優先順位づけも可能であろう.日本では国民的な薬となったオセルタミビルを外来で優先順位に従い処方すると,オセルタミビルやザナミビルの治療を受けられないために,入院・死亡した場合の責任の所在が問題となる.「毎年のインフルエンザ流行でオセルタミビルの治療を受けているのに,なぜ肝心の新型インフルエンザのときに処方されないのか?行動計画がありながらなぜオセルタミビルが不足したのか?」という疑問と不満は,当然,国民から出ることになる.


耐性ウイルスの問題もあるし、もはや通常のインフルエンザに対してはタミフルを使用することは止めたほうがいいのかもしれない(副作用の有無に関わらず)。理想を言えば、タミフルとリレンザは十分に備蓄。通常のインフルエンザについては、高齢者などのリスクの高い人以外には基本的に使わない。医療従事者とハイリスク群にはワクチン接種を徹底。といったところか。


*1:菅谷憲夫「新型インフルエンザ対策」日本内科学雑誌96: 2293-2399, 2007.

*2:オセルタミビル=タミフルの一般名

*3:インフルエンザ Vol.8 No.4 51-56

*4:ザナミビル=リレンザの一般名