NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

C型肝炎が治らないなんて誰がいったの?

新聞1面の下4分の1にはよく本の広告が載っている。内容がデタラメのトンデモ本でも載るようだが、新聞社も商売であるからして仕方なかろう。だが、たとえば「南京大虐殺はなかった!朝日新聞の欺瞞」といった本でも載せてくれるかどうかは興味深いところである。広告費さえ出せば載せるのであれば(むしろ)問題はない。だが、内容によって掲載を拒否することもあるというのであれば、「じゃあこれまで掲載された本は、内容を吟味した上で、新聞社がOKを出したってことですね?」ということになろう。

それはともかく、先日、朝日新聞の広告に「人生の幸せは肝臓で決まる」という本が載っていて、タイトルに魅かれてネットで検索してみた。著者の阿部博幸氏は、九段クリニックの理事長で医学博士であり、メシマコブやら遺伝子ドックやらの著作がある。まあ、あっち系の人。言論・出版の自由って素晴らしいですよね。詳しい情報がないか調べているうちに、以下のページを見つけた。


■提橋和男の新管理人のつぶやき1015…C型肝炎が治らないになんて誰がいったの?*1


メタタグには、『「トリムイオン及び水の舞(電解還元水)の有効性エピソード紹介」と「ユニークな話題」で人気沸騰中!』とあった。トップページは「電解 還元水の情報量最大級サイト/日本トリム 正規代理店 水の舞普及会」とある。タイトルだけではインターフェロンの話だと思ってしまうが、もちろん違う。



C型肝炎は「肝硬変」「肝臓がん」につながるという。そして「現代医学では有効な治療法がない」というのが定説です。


15年以上前の定説である。現代医学では、慢性C型肝炎に対しては、インターフェロン療法が有効であるとされている。患者側の因子にも影響されるが、概ね、インターフェロンが効きにくいタイプでも治癒率は5-6割、効きやすいタイプでは8-9割は治る。治らない人もいるが、今後は治療法が改良され、もっと治癒率は上がるだろう。日本内科学会雑誌の平成20年1月号の巻頭は「ウイルス性慢性肝炎は治癒する疾患である」であった。「現代医学では有効な治療法がない」などとデマをふりまかれては現場が迷惑する。それでは、インターフェロンには言及しない提橋氏が評価する治療法は何か?



ところが「C型肝炎は治せる」と言う医師もおられる。(日刊ゲンダイ7/31付の広告記事)
代替医療に関係する九段クリニックの阿部博幸医学博士と著書が多数ある安保徹新潟大学医学部教授である。たかが広告記事と侮るなかれ。


はい、ここで登場、阿部博幸医学博士。乳酸菌・酵母発酵エキス(SFX)で、C型肝炎ウイルス量の低下が見られたそうだ。ちなみにn=6。対照群なし。細部の条件について知りたかったので論文になっていないか検索してみたが見つからない。医学的にはほとんど無価値の研究である。もし本当に、SFXとやらが慢性C型肝炎に効果があるというのであれば、方法・手段を明確にして論文の形にして発表するべきである。そうすれば他の医学者が追試でき、効果が確認されれば広く使用され、患者の利益になる。阿部氏が論文にできないのは、この研究が医学的に無価値だからだ。医学知識のある人の検討・批判からはとても耐えられない。だから、自著か、日刊ゲンダイの広告記事にしか発表しない。ターゲットは、医学知識のない人たちだ。たとえば、還元水を売る代理人などである。ちなみに、提橋氏は薬事法に批判的である。



「C型肝炎が治らないになんて誰がいったの?」…それは「C型肝炎が治ったら困る」人たちの声であり、薬事法という法律による圧力がそう言っている。


「C型肝炎が治らない」とは、「現代医学でかなりの確率でC型肝炎が治ることを知られては困る」人たち、つまり、根拠のない医療を売りたい人たちの声である。薬事法は、そうした根拠のない治療法から患者さんを守るためにある。体験談や、方法・手段が不明確であったり対照群をとらなかったりするレベルの低い研究しか存在しないこと自体が、インチキであることを強く示唆している。インチキでないなら根拠を示せばよい。根拠を示せないインチキ治療を売る連中は、薬事法を批判するであろう。

インチキ治療を行う連中は、根拠を発表しない理由として陰謀論を持ち出す。既得権益のある団体(たとえば製薬会社)が論文の発表を妨害するといった理屈である。日本に限らず、世界中の医学雑誌すべてに影響を及ぼせる巨大な陰謀があるとでも考えているのだろう。不思議なことに、世界中の医学雑誌をコントロールできるこの権力者は、日本のマスコミに対すると途端に権力を失うようである。


*1:URL:http://www.denkaisui.com/tubuyaki7/index1015.html