NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

籠の中の産科医

本日(平成20年1月30日)の朝日新聞の読者投稿欄に産婦人科医の投稿が載った。50歳台後半の開業医である。タイトルは『「籠の鳥」の私 心の中で遊ぶ』。開業して30年になるがなかなか休めず、年に1〜2回しか休みがとれない。また急患や分娩に対応するために、時間にして30分以上遠くには行けない。「時間は無限にあるのに、どこにもいけないのは、まるで籠の中の鳥と同じだ」。けれども、この先生はこの状況を嘆かない。それどころか、一冊の地図さえあれば、まるで鳥になったような気分で楽しむことができる。


 ページをめくってみると、まるで居ながらにして旅をしているような気分になり、胸がドキドキしてくる。留守番の医者もいらない。トランクいっぱいの荷物もカメラもビデオもお金もいらない。年末などの切符が手に入りにくい時期でも、心配なく行くことが出来る。しかも着の身着のままで出かけられ、飛行機が落ちる心配もない。
 産婦人科医の仕事は昼夜もなく、何が起こるか分からず、大変な仕事ということで医学生に人気がない。しかし、こうやっていくらでも「心の中で遊べる」という楽しみもあることを知ってもらいたい。

平成20年1月30日の朝日新聞より引用

正直に言えば、本当の医師が書いたものかどうか、つまり「釣り」の可能性もあるかもしれないと最初は疑った。朝日新聞の「声」欄には、「赤井邦道」の前例もある。しかし、名前を厚生労働省の医師等資格確認検索で調べてみると、確かに該当者がおり、さらにクリニックのホームページもある。本当の産婦人科医による投稿と見てよいと思う。

考えてみれば、これぐらいの年齢の医師ではそう珍しくない考え方ではある。というか、ほんの数年前までは、医師の多くは無休で働くことを当然であるとみなしていた。かく言う私も、ほんの2年ちょっと前まで、宿直中に働けば時間外手当がもらえること、そもそも宿直は「夜間に充分睡眠がとりうる」ものであることを知らなかった*1。インターネットがなければ、いまでも知らなかったであろう。

この開業医の先生が、大野病院事件や大淀病院事件のことを知っているのか気にかかる。墜落する飛行機に乗り合わせる確率よりも、産科医が生涯に訴訟される確率のほうが高いことはご存知なのだろうか。多分、地域の妊婦さんや患者さんと素晴らしい信頼関係があるのだろう。だから無休でも頑張っていける。だけれども、ただ1例でも訴訟沙汰があれば、地域を支える開業医の心を折るには十分である。