NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

母乳で伝わる遺伝子

無知と偏見は連鎖する。病気の原因がわかっていなかったのがハンセン病患者に対する偏見の一因である。ハンセン病は感染症であり、感染力は非常に弱いことが周知されれば、「ハンセン病は患者が過去に犯した悪行に対する報いだ」などという偏見は消えていく。ハンセン病患者に対する偏見・差別は残っているが、少なくとも現代日本においてハンセン病を業病扱いすれば、発言者は知性を疑われる。知識は、偏見や差別に対する武器になる。

さて、私が以前から注目していた■心に青雲というブログがある。ブログ主は「空手道場主宰」で、エントリーにはしばしば「わが流派の最高幹部」の教えがよく登場する。「わが流派」とは、南郷継正氏が主催する空手道玄和会だと思われる*1。このブログではいささか私たちが知っている科学とは相容れない主張がなされている。たとえば、発達障害に関する一般的な学説を否定し、「原因は親自身の生活過程にある」と断言する。いわく、茶髪、ジャンクフード、タバコ、シンナー、刺青、人工授精。それから、紙おむつと人工乳。


■発達障害はなぜ起きる(下)*2


 粉ミルクでは母乳に入っている母親の大事な人間としての遺伝子が子どもに伝わらないで、代わりにウシの遺伝子が赤ん坊に注ぎこまれる。
 粉ミルクで育った赤ん坊がやがて、ウシの遺伝子に浸透された頭脳として育ち、友達をいきなり殴ったり、噛み付いたりするのだ。


母乳から人間としての遺伝子が子供に伝わるのですよ。現代生物学を根幹から揺るがす新事実。自閉症の原因は、かつては親の、それも特に母親の育て方のせいにされていたが、今では否定されている(この知識は自閉症児とその親に向けられた偏見に対する武器になるであろう)。それでもまれに、育て方や人工乳が原因であるという無知を散見することもあるが、ウシの遺伝子が赤ん坊に注ぎこまれるからというのは秀逸である。母乳が出ない母親もいるのではないかと思うのだが、母乳が出ないのも「生活過程が悪かったのだ」そうだ。それどころか、不妊も生理痛も帝王切開も生活過程のせいである。

女性に対してのみ不当だと思ってはならない。このブログ主に言わせると、「癌だろうが脳梗塞だろうが、はては肥満だろうが脊髄小脳変性症だろうが、原因はすべて生活過程にある」のだ*3。それにしても脊髄小脳変性症の原因が生活過程であるとは恐れ入る。このブログ主は、遺伝病の存在すら否定しているのだ。


■「1リットルの涙」と脊髄小脳変性症(上)*4


原因不明なのに遺伝性があるとは、これ如何に? 病気に遺伝があるのかどうか。病気が遺伝するって、おかしくないか? “遺伝的”というならわかる。例えば母親の胎内にいるときに、母親の病気がそのまま子の異常になって、それが生後に発症するというのなら。兎口や小頭症などは母親の妊娠中の何か(妊娠3か月以内に風邪薬を飲んだとか…)によって胎児が直撃されたものという。しかし、病気の遺伝子なんて…。それは弁証法の否定だ。


病気のほとんどが生活の歪みから起きるのなら、同一の家庭で育った兄弟の一方が病気になり、もう一方は健康である例は、どう説明できるのだろう?メンデルの法則に則って、50%の確率で子孫に伝わるのはなぜ?メンデル遺伝する遺伝病の原因遺伝子の多くは、染色体における位置からDNAの配列まで同定されている。病気の遺伝子が「弁証法」を否定するとしたら、すでに「弁証法」は否定されている。「わが流派の最高幹部は、医学であれ物理であれ、あらゆる個別科学を究められた」*5とあるが、その「個別科学」とは、我々が知っている自然科学とはまったくの別物である。

ブログ主は、少なくとも身体については健康であるのだろう。そして、その健康は幸運ゆえではなく、自らの生活過程のためだと思っている。これは、誰かが病気になったのはその人の生活過程が悪かったからだ、という考え方の裏返しである。実際、「いかにも精神障害者と知的障害者の社会復帰は大事なことかもしれない。しかし、そうなったのは親の責任、本人の責任ではないか」*6と書いた。無知は「精神障害者、知的障害者になったのは本人の責任である」という偏見に容易に結びつく。差別はすぐそこだ。

それにしても、「最高幹部」は、このブログ「心に青雲」の存在をご存知なのであろうか。もしこのブログの見解が「空手道玄和会」の公的見解と異なるのであれば、ブログ主に警告して断り書きをさせたほうがいい。現代科学を理解せず無知のまま偏見を垂れ流すトンデモ流派であるという誤解を招きかねないからだ。もし、会の公的見解と一致するとしても、会の見解は門外不出の秘伝とし、ブログを止めさせることをお勧めする。会はトンデモ流派であると、―この場合は誤解でなく事実ということになるが―、宣伝しているようなものだからだ。


*1:URL:http://blog.goo.ne.jp/hienkouhou/e/4cb3d19d06714b32db4bd7763ece6f24

*2:URL:http://blog.goo.ne.jp/hienkouhou/e/d5889e61d82ce8efbaed89d67dfabfbe

*3:URL:http://blog.goo.ne.jp/hienkouhou/e/ff2c0cbb04b41e493ad7e50aae47602a

*4:URL:http://blog.goo.ne.jp/hienkouhou/e/d5d35219c1f9c8659fa08fcf43510bb1

*5:URL:http://blog.goo.ne.jp/hienkouhou/e/6f81f01fc2cd815f09d3ea1fea5c43f5

*6:URL:http://blog.goo.ne.jp/hienkouhou/e/b0f93b05a64aebfc6b626e3174f2faf2