NATROMのブログ

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群衆の数を推定する

「教科書検定意見撤回を求める県民大会」の参加者数が議論になっている。朝日新聞では「11万人*1。産経新聞は「4万人強*2。よく聞く話だよな。この手の話を書いた本がたしか本棚にあったはず。



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■統計はこうしてウソをつく ジョエル・ベスト(著), 林 大 (訳)。副題は「だまされないための統計学入門」。


本書は社会統計に関係した陥りやすい過ちについて論じている。第5章の「スタット・ウォーズ―社会統計をめぐる紛争」において、利害の対立が統計をめぐる争いを招くことを論じる。「論争の当事者は往々にして、自分は一つの統計だけでなく重要な利益や原則を擁護しているのだと考える(P170)」。朝日新聞と産経新聞も、単に参加者の数ではなく、その背後にある思想をめぐって争っているのであろう。沖縄の県民大会において、どちらの数字が正しいそうなのかの判断材料を私はもっていないので、本書より、似たような事例を紹介する。

1995年にワシントンにあるモールと呼ばれる公園で行なわれた「100万人大行進」に参加した人数は、主催者のルイス・ファラカンの発表では150万人から200万人。一方、モールの治安維持を担当した公園警察の発表では40万人。ずいぶんと差がありますな。公園警察は航空写真を使って、群衆の面積を出し、単位面積あたりの推定平均人数をかけて推定値を出した。



主催者と公園警察の見積もりの食い違いはお馴染みのパターンどおりだったが、ファラカンは憤慨し、「連中は人種主義、白人優越主義、このルイス・ファラカンへの憎しみのせいで、われわれの成功を認めるのを拒むのだ」と非難し、公園警察を訴えることも辞さないと述べた。ボストン大学の(群衆ではなく自然を写した)航空写真分析の専門家チームは、公園警察の写真を調べて独自の見積もりを出した。それは誤差25%で87万人というものだった(つまり、群衆は100万人に達したのかもしれないと認めたのである)。公園警察はさらなる情報で対抗した。その情報とは、新たな写真、公共交通機関の記録などで、その記録によると、行進当日のワシントン中央部への交通量は普段より少し多いだけだった。これを受けて、ボストン大学の研究者たちは見積もりをやや修正し、83万7000人とした。(P173)


ボストン大学と公園警察の推定値の違いは、単位面積あたりの推定平均人数の違いであった。著者は、ボストン大学の想定した数字は大きすぎ、公園警察による群衆の密度も「聴衆の密度としてはかなり高い」と評価している。具体的な数字は、ボストン大学の研究者は「平方メートルあたり6人」=「1人あたりの面積が1.8平方フィート」で「満員のエレベータ程度の混み具合」程度。公園警察はその半分の「1人あたりの面積が3.6平方フィート」だったと想定した。これでも聴衆としては密度は高く、通常は聴衆の密度は「1人あたりの面積が5.7から8.5平方フィート」であるとのこと。



ボストン大学の研究者の見積もりは、公園警察の推定手続きに疑問を投げかけたが、群衆の密度について公園警察がおこなった推定のほうが現実的なようだ。だが、ほとんどつねにデモ主催者の発表を下回り、主催者を怒らせる推定値を出すのは割に合わない仕事で、ボストン大学チームの推定を伝える報道のなかには、公園警察が偏っていたかのように言うものもあった。公園警察は議会から新たな指示を受けて、もうモールでおこなわれるデモの規模について推定値を出さないと発表した。(P174)


沖縄県警も、「12年前の県民大会参加者数を主催者発表より2万7000人少ない5万8000人と公表、『主催者から激しくクレームをつけられた』ため」、参加者の概数を把握しているが公式発表を控えているそうである*3。海の向こうもこちらもあまり変わらない。正確さについて議論があるにしても、警察などの公的機関が、一定の手段・方法で推定した値を発表すれば、少なくとも過去に行なわれたデモと比較はできるだろうに。主催者も、参加人数だけでなく、参加人数を推定した手段・方法を発表すれば、第三者が検証ができるだろう。



社会問題に関するおかしい統計のなかには故意に人を欺くものもあるが、混乱、無能さ、数字オンチの産物、あるいは、正しいと論者が考える主義や利益を肯定する数字を生みだす選択的でひとりよがりな営みの産物も少なく無い。スタット・ウォーズへの対応としていちばんいいのは、誰が嘘をついているかを推測しようとすることではなく、まして、自分と意見の異なる人たちのほうが嘘をついているのだと考えることではない。むしろ、おかしい統計が生じる標準的な原因―当て推量、疑わしい定義や方法、突然変異統計、不適切な比較―に気をつけることが必要なのだ。(P202)


自戒をこめて。

*1:URL:http://s04.megalodon.jp/2007-0929-2235-50/www.asahi.com/national/update/0929/SEB200709290015.html(魚拓)

*2:URL:http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/071006/stt0710062247005-n1.htm

*3:URL:http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/071006/stt0710062247005-n2.htm