NATROMのブログ

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エホバの証人の二枚舌

正しい情報を提供された成人が輸血を拒否するのはかまわないと私は考える。たとえ輸血拒否のために命が失われようともだ。しかしながらエホバの証人の輸血拒否には現状では大きな問題点がある。信者に対して、医学的に正しい情報が提供されていないからだ。BNNというインターネットニュースサイトによる、エホバの証人札幌医療機関連絡会の司会者(代表)・米沢淳氏に対するインタビューを中心にした記事。


■札幌在住信者が説く「エホバの証人」の輸血拒否と無輸血治療 前編(今すぐ!!北海道のニュースサイト BNN)
■札幌在住信者が説く「エホバの証人」の輸血拒否と無輸血治療 後編(今すぐ!!北海道のニュースサイト BNN)


エホバの証人の米沢氏によれば、「エホバの証人が輸血を拒否する主な理由は宗教上の理由であり、医学的な理由ではありません」とのこと。彼らは口先だけではそう言う。しかしながら、彼らの提供する情報の偏りを見れば、事実は違うところにあるのがよく分かる。



 最近の世界的な動向として、様々な輸血の害が知られるようになって、ますます多くの事情に通じた人々が無輸血治療を求めるようになってきました。例えば、1996年にカナダで行われたギャラップ調査によると、カナダ国民の89%が輸血に代わる方法を望んでいることが明らかになりました。
 道内のある麻酔科医は「輸血をしたけれども助かりませんでした、と言えば、患者の家族も納得するので、不必要な輸血をせざるを得ません。患者側にも責任があります」と述べていました。それで今後の課題として、人々がいっそう輸血の合併症の実態と代替治療の有効性とを知り、十分な情報にもとづいて、真のインフォームド・コンセントが普及していくことが望まれます。


「真のインフォームド・コンセントが普及していくことが望まれます」というのは、どの口が言っているのであろう。米沢氏は、感染症などの輸血の危険性は滔々と述べる一方で、インタビュアーの「輸血による医療上の利益(死亡率の低下)などは説明しているか」という質問にはまともに答えられない。いまや輸血によるHIVやC型肝炎ウイルスの感染の危険性はゼロとは言えないがきわめて低い。その他の副作用も、輸血の利益と比べると許容できるものである。そもそも「各自が決定」にまかされている血液製剤であっても感染の危険はある。一方で、明確に禁止されている自己血輸血は感染の危険はない。そういう情報は信者には提供されていない。都合の良く医学上の理由と宗教上の理由を使い分ける便利な舌を持っているようだ。

情報の統制はカルト教団の手法である。米沢氏も情報統制の犠牲者なのだ。米沢氏も教団の提供する限られた情報源にしか触れていない。輸血の安全性の向上、輸血の代替療法の限界、貯血式自己血輸血の安全性などの情報は知らされていない。インフォームドコンセントは正しい情報を提供された上でのみ有効である。情報提供ができる時間的余裕があればまだいいが、緊急時にはこれが問題になりうる。救急外来で、エホバの証人の信者が出血性ショックに陥ったとしよう。患者は輸血拒否の意思表示カードを持っていた。輸血すべきか否か?患者が正しい情報を提供された上で意思表示をしたと医療者は確信できない。もしかしたら、正しい情報を提供されればこの患者は輸血を受け入れたのではなかろうか?

本当にエホバの証人の指導者たちが輸血拒否が宗教的な問題であると考えているのであれば、このような問題は生じない。輸血の危険性が強調された偏った情報ではなく、医学的に正しい情報を提供すればいいだけなのだから。むしろ、輸血の危険性の情報こそ不要であろう。なぜなら、たとえ輸血にまったく害がないとしても、神がそうしろと言ったのであれば彼らは輸血を拒否するはずだからだ。エホバの証人の指導者はこう言うべきである。「輸血の医学上の利益は明確である。しかし、エホバの証人は宗教上の理由から輸血を拒否するべきである」。エホバの証人の指導者がそう言わないのは、きっと、信者の信仰心を疑っているのであろう。