NATROMのブログ

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メタボ侍の討死

三重県伊勢市において、減量に挑戦する企画に参加した市幹部が運動中に死亡したというニュースが最近あった。報道では死因は虚血性心不全とされている。


■「メタボ侍」運動中に急死 伊勢の減量挑戦企画に参加(Sankei WEB)


 この企画は生活習慣病予防をPRするため森下隆生市長(57)が発案。メタボリック症候群の疑いのある幹部7人が、保健師から食生活や運動のアドバイスを受け、減量に挑んでいた。課長は腹囲が100センチあり、「10センチ減」を目標としていたが、保健師に急激な減量をいさめられていたという。
 同市の中北幸男健康福祉部長は「亡くなったことは痛恨の極み」としながら「死亡と減量の因果関係はなく、減量のために運動すること自体は健康に良い行為」と述べた。同市は企画を継続し、予定通り、10月11日に減量の成果を市民に公表する方針という。


強調は引用者による。(マスコミによる恣意的な引用・改変がなかったとして)この健康福祉部長の言葉はあまりにもひどい。肥満があったことから、急死した課長はもともと虚血性心疾患のリスクを持っていた。医師がそういう人に運動療法を勧めるときには、前もって負荷心電図等でチェックする。心筋に血液を送る冠動脈が既に狭くなっていたとしたら、運動そのものが虚血性心疾患を起こすからだ。運動負荷試験は異常時にすぐに対応できるよう準備して、場合によっては常に心電図をモニターしながら行うのであるが、それでも何か起きませんようにと医師もドキドキしながら行う検査である。

むろん伊勢市の減量対策をしましょうという考えは非常に素晴らしいし、運動がそんなに危険なものだと知らなかったというのも素人であるから仕方がないとしよう。しかしながら人が一人死んでおきながら、健康福祉部長の立場で、「死亡と減量の因果関係はなく、減量のために運動すること自体は健康に良い行為」という発言は考えられないほど酷すぎる。このケースは、運動によって虚血性心臓病が誘発されたとみるのが医学的に妥当である。市の責任回避のため立場上因果関係を認められないのか、それとも本気で因果関係がないと思っているのか、いずれにしろ酷い話だ。

減量挑戦企画を続行するのはかまわないが、「今後は、安全に減量できるよう専門家を交えて検討いたします」と言えばいいのに。「減量のために運動すること自体は健康に良い行為」という考えが常に正しいとは限らないということが、今回の死亡事故の教訓である。