NATROMのブログ

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医師偏在問題の解決案

年度も替わったことだし、医療崩壊問題への建設的な提案を一つしてみよう。日本の医療システムの問題は多岐にわたっているが、その中の一つ、医師偏在問題の一解決案を述べる。もちろん、医師は偏在しているだけではなく、絶対数が不足している。ただ、医学部定員増や女性医師が働きやすい職場環境の整備などの医師不足の対策と並行して医師偏在の問題も考えることは無駄ではなかろう。医師が余っているところなどはないが、医師不足の程度はそれぞれ異なる。医師不足の程度が比較的軽い地域から、医師がきわめて不足している地域へ医師をうまく配分するシステムがあれば、少しはマシになるのではないか。よく言われるのが、僻地勤務の義務化であるが、これは論外である。そもそも憲法違反である。


第22条 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

僻地住民の公共の福祉のためとか言って強制的に僻地勤務をさせたところで、中には医師であることを辞める者も出てくるだろう。そもそも、どの医師をどこに行くのかを誰が決定するのか?すなわち人事権は誰が持つのか?厚生労働省は人事権を握りたいのであろうが、医師という人種が役人の言うことに従うとは思えない。外部からの干渉なしに、医師の集まりの中で医師の配分を決定するような仕組みが望ましい。ただし、日本医師会のような大きな組織では困難だろう。もう少し小さな、少なくともメンバー同士がお互いに顔見知りでいられるぐらいの規模が適当である。この組織に、人事と同時に医師教育の役割も持たせる。

私が提案するのは、「人事および教育を担う医師によるコミュニティ」である。現在のような研修医が数ヶ月ごとに各科をローテーションする研修システムは、指導医のモチベーションを著しく損なう。労力を割いて指導してやっと戦力になったころには研修医は去ってしまう。一般の会社でも、入社直後は教育のコストがかさみ、新入社員が給料分の働きができるようになるには時間がかかる。「新入社員はまずは各会社をまわって仕事を覚える」というシステムになったとしたら、新人教育にコストをかける会社はなくなる。私の案では、研修医はまず、自分の所属するコミュニティを選ぶ。しかる後にコミュニティのメンバーによって教育される。指導医にとっても、新人が仕事を覚えればコミュニティの利益になり、ひいては自分の利益になる。有能な人材を獲得・教育すればコミュニティ内で評価され地位が上がる。

コミュニティに属するかどうか、どのコミュニティに属するかは研修医の自由である。途中でコミュニティを辞めたり、別のコミュニティに移ったりすることも自由である。ただし、いったんコミュニティに属せば、人事権はコミュニティが握る。僻地などの勤務条件の悪い病院へ派遣されることもある。ただし、任期は決まっているし、勤め上げればコミュニティ内での評価が上がるし、次は条件の良い病院で働ける。難しい症例はコミュニティで相談でき、病気や家庭の事情で勤務が困難な場合はコミュニティでバックアップする。僻地勤務というデメリットはあるが、それに見合うメリットを与えれば医師は動く。この点は一般の会社に似ている。意に沿わぬ転勤を命じられることがあっても会社勤めを選択する人もいれば、自分で起業する人もいるのと同じだ。

会社が僻地勤務を命じても憲法違反だということにはならない。会社を辞めるか、僻地勤務を辞退して会社内での地位を落とすか、僻地勤務を勤め上げて会社内での地位を向上させるか、選択できるからだ。現状では、金銭的なインセンティブで僻地へ向かう勤務医は少ないだろう。別のインセンティブ、すなわちコミュニティ内での評価を与えようというのが私の案である。