NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

福島/奈良/このままでは3発目も

福島県立大野病院事件が起こったのは今年の2月。癒着胎盤という稀な疾患で患者が亡くなった結果、産科医が逮捕されたのだ。片岡康夫・福島地検次席検事は、「いちかばちかでやってもらっては困る」と言った。つまり、片岡検事の言い分では、このような難しい症例*1は大野病院ではなく、もっとマンパワーが豊富で大量の輸血の準備が可能な病院に送るべきだということになる。

さて、奈良・大淀病院事件が起こったのが今年の8月8日である。詳細は、新小児科医のつぶやきを参照して欲しいが、重症の妊婦の転送先を探したが18カ所に断られ、結果的には脳出血で母体が死亡したという事件である。マスコミや一般の人たちの論調の中には、「受け入れ拒否とはけしからん。それでも医者か」というものがある。しかし、どこも産科医をはじめとして医師不足であり、十分なマンパワーが確保できているところなどない。うっかり受けて結果が悪ければ、「いちかばちかでやってもらっては困る」と逮捕されるという前例があるのだ。

こういう事態が起こることは容易に予測された。「医療費をケチるな。医師を増やせ」「結果論で医師の責任を問うな」「警察ではなく専門家による第三者機関が調査するべきだ」という提言がなされたが、あまり聞く耳を持ってもらえない。大淀病院事件については、「満床などを理由に妊婦の受け入れを拒んだ病院の対応についても、刑事責任が問えるどうかを検討する」そうだ。正気か?そんなんで刑事責任を問えば、中途半端に産科医療をやっていると「受け入れても受け入れなくても刑事責任を問われる」ことになるため、産科医療を止める施設がたくさん出てくるようになり、さらに事態が悪化することは容易に予測できる。聞く耳は持ってもらえるだろうか。

「予測できて止めることができたのに止めなかったのだとすれば、人の命を預かる医師としての資質を疑わざるを得ません」*2という意見もある。予測は容易だが止めることはきわめて困難である。たとえて言うなら、臨床医は、第二次世界大戦末期の日本兵の心境である。それもかなり下っ端の。現場にいるから、もはや負け戦であることは知っている。しかし、目前には敵がいるので戦いは続けないといけない。多くの国民は大本営発表しか知らないから、現場の苦境を訴えても、「足りぬ足りぬは工夫が足りぬ」「精神がたるんどる」などと言われる始末。本土にB29が飛来するようになって、やっと国民も現状を理解しつつあるけれども、「敵と戦う兵士としての資質を疑わざるを得ません」などと言われた気分である。

第二次世界大戦のときは、広島/長崎のみで3発目はなかったけれども、今回の戦争はどうだろうか。同じ負け戦でも、いくぶんかマシな負け方ができるだろうか。

*1:ちなみに胎盤を剥がすまで難しい症例かどうかは分からない

*2:http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20061019#c1161266897