NATROMのブログ

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延命措置の「中止」と「差し控え」

■終末期患者「延命施さず」病院の56%…読売調査(読売)


 がんなどで終末期を迎えた患者に対し、人工呼吸器を取り外す、当初から装着しないなど、延命措置の中止や差し控えを行ったことのある病院が56%に上ることが、読売新聞社が全国の医療機関に実施したアンケート調査で明らかになった。
 今年3月、富山県・射水市民病院で患者7人が人工呼吸器を取り外され、死亡した問題が発覚したが、延命措置の中止・差し控えは国内で幅広く行われている実態が浮き彫りになった。

一般の人たちの反応を見るに、延命措置の中止や差し控えを行ったことのある病院が「56%」であることに対し、思っていたよりも多いか、でなければ概ね妥当であると考えられているようだ。記事でも、「延命措置の中止・差し控えは国内で幅広く行われている実態が浮き彫りになった」と、これまで知られていなかったけど意外とたくさんある、というニュアンスである。しかし、私が見るところでは、「56%」という数字は異様に少ない。ていうか、残りの44%の病院では、終末期の患者さんに、全例、人工呼吸器を装着しているのか。どんな病院だよ。

むろん、終末期に治療をどこまで行なうかはケースバイケースである。本人の意思が明確であったり家族の強い希望があったりする場合は、終末期でも気管内挿管から人工呼吸器の装着まですることはありうる。私の経験ではそこまでするのは稀で、たいていの場合は、「家族が来院するまでアンビューバッグ換気+心臓マッサージ」であったり、「昇圧剤までは使用可」であったり、「何もしない」であったりする。心停止の近い患者に関しては、どのような方針でいくのか前もって家族と話し合って、カルテに目立つように記載せよと私は教えられた。メルクマニュアルの■DNR指示(蘇生処置拒否指示)の項目が参考になるだろう。

高齢者の癌の終末期を診ないような特殊な病院は例外として、死に逝く人に対して、全例に人工呼吸器を装着するような極悪非道な病院があるとは思えない。ではなぜ、「56%」という数字が出たか。記事を見るに、延命処置の「中止」と「差し控え」をごっちゃにしていることがうかがえる。主治医の判断で人工呼吸器の装着を「差し控える」ことは日常的な医療であるが、いったん人工呼吸器につながった患者の人工呼吸を「中止」することはほとんどの医師にとって抵抗があろう。富山県の例であるように、下手したら刑事責任を問われる。でなくても、「何か」をしてその直接の結果が「死亡」であることは、きわめて受け入れがたい。

読売のアンケートは、延命措置の「中止」と「差し控え」をごっちゃにしていたがゆえに、現実とは異なる結果が出たのだろうと思う。延命措置の中止を行なったかどうか、延命措置の差し控えを行なったかどうか、それぞれ別の項目として質問すれば、また違った結果になっていたと思う。もっと具体的に、「DNR指示(蘇生処置拒否指示)を出すことがありますか?」と聞けば、ほぼ100%の病院がそうだと答えるであろう。100歳の末期癌患者で、本人も家族も延命を望んでいないケースで、人工呼吸器を装着するかどうかで医師の意見が割れることはない。

延命措置の「中止」については、確かに意見は分かれるであろう。夜間に急変したため当直医が蘇生措置を施して人工呼吸器を装着したが、実は本人の意思が「延命は望まず」であった場合、癌の末期患者に家族の希望で人工呼吸器を装着したが、苦しそうな状態が長く続くのに耐え難くなり家族がやっぱり外してくれと言いはじめた場合など。私は延命措置は中止しない。刑事責任を問われることがあると教わったからだ。中には、延命措置を中止する医師もいるだろう。私の見聞きする範囲ではそのような医師はいないが、そういう医師の割合こそ知りたいものである。


追記(8/5) 記事のリンク先(ヤフーニュース)がリンク切れになっていたので、読売新聞のサイト内のページにリンク先を変更した。