inoue0さんが、同意書の多さに呆れたというエントリー■何をするにも同意書(ハードSFと戦争と物理学と化学と医学)を書いておられた。現状のような多くの同意書が必要かどうかについては、臨床医であれば誰でも疑問に感じたことがあるだろう。よく冗談で、そのうち生命保険の約款のような細かい字がびっしり書かれた分厚い同意書にサインしてもらわないと何も医療行為ができなくなる、などと言われているが、あながち冗談とも言えないように思える。
患者さんが十分な説明を受け、納得がいった上で医療行為を受けるというのは理想的なことであろう。しかし現状は、inoue0さんも指摘している通り、同意書は医療機関側の訴訟リスクを減らす目的でとられているだけで、患者側の利益にはなっていない。医療者側だって、印刷および紙代ぐらいはまあ誤差範囲内として、説明にとられる時間は馬鹿にならない。昔と比較すれば、説明に要する時間は格段に増えた。現在の日本の診療報酬体系では、説明したからといって金をとれるわけではないのだが、そこにはコストがかかっている。
インフォームドコンセントにかかるコストは、こうした目に見えるものばかりではない。以前にも指摘したが、患者さんが不適切な選択をしてしまうことがある。たとえば、私の現在勤務する病院では、大腸の検査をする際に同意書をとっている。あるとき、検診で便潜血陽性を指摘された患者さんが受診された。大腸がんの可能性があるために大腸の検査は必須である。しかし、患者さんは、同意書に「極めて稀に大腸カメラで腸が破れたりすることがあります」と書いてあるのを気にして、検査を拒否した。よりリスクの少ない注腸造影を勧めたのだが、ご丁寧なことに当院の同意書には、注腸造影についても、「極めて稀に検査で使う薬で気分が悪くなることがあります」と書いてある。
便潜血が陽性であるのなら、大腸検査で起こりうる稀な合併症のリスクより、大腸検査を回避して大腸がんを見逃してしまうリスクの方が格段に高い。というようなことを再度説明したのだが、納得されない。無理矢理検査を受けさせるわけにもいかないので、「検査の必要性を十分に説明するも拒否」とカルテに記載してその日は終わり*1。説明に要した時間の分だけ、後の患者さんは待たされたわけだが、それ位はまだいい。大腸がんを早期発見できたチャンスを逃して手遅れになったかもしれなかったのである。
*1:後日談。この患者さんは、幸いというか不幸というか、便潜血と同時に肝障害も指摘されており、そちらで月に1回の定期受診をすることになった。受診のたびに大腸の検査を勧めて、ようやく受けていただいた。結果は異常なし。でもこれはたまたま肝障害があったから何度も説明することができただけ。