医師叩き一方であった大手新聞の論調が、最近変化してきた。B29による本土爆撃がはじまってから「これはやばいんちゃう?」とやっと気付きはじめたという感がないでもないが、それでも以前に比べたら大進歩。
国民皆保険制度なのに、地域によってまともな医療が受けられないとは不公平極まりない。医師の数は全体として増えているのに、都市部に集中し地方は手薄となる。このまま手をこまねいていると、地域医療は崩壊しかねないところまで来ている。
医師が偏在していることは議論の余地の無い事実だとして、医師の絶対数が足りているかどうかは異論があるようだ。私は、医師の絶対数は足りていないと考える。「医師の数は全体として増えている」と記事にはあるが、それは単に医師免許を持っている人の数だけしか見ていない。高齢者や女性などの、フルタイムでバリバリ働けるわけではない人も、医師免許を持っているだけで1人と数えて、「医師の数は増えている」と言ったところでまやかしでしかない。そもそも、全体としての医師の仕事の量は明らかに増えている。仕事量に対する医師の実働数で比較するべきだ。
なぜ医師の偏在が起きたのか。若い研修医たちの都会志向と地方病院の診療体制・労働条件悪化の相乗作用でもたらされたといわれる。2年前に導入された新臨床研修制度が引き金となった。この制度は、幅広く診療できる医師の養成を狙って、医師資格取得後の臨床研修を「努力義務」から「義務」に格上げした。大学病院や大規模な一般病院は研修プログラムを公開し、研修医が自由に研修先を選べるようにした。
研修医たちは高収入でいろいろな症例に接することのできる都会の大病院をこぞって目指した。このため研修段階から地方離れが一気に進む。派遣医師の減った地方病院では「当直が月10回」など勤務環境が悪化し、それに嫌気がさして開業する医師が増えた。医師が激減した地方病院で働こうという使命感を抱いた研修医が現れてこない。この悪循環で一向に出口が見えないのだ。
不十分な記述である。一番の間違いが、地方病院で働く研修医が少ないことを、使命感のせいにしている点。研修医が十分な指導と豊富な症例のもとに研鑽したいと願うのは使命感に欠ける行為か。都会であろうと田舎であろうと、十分な研修体制がある病院には研修医は集まる。たとえ薄給であってもだ。
功罪両面あったが、これまでは大学の医局が研修医配置のコントロール機能を受け持っていた。医局制度が形がい化した現在、その機能を代替する司令塔がない。
単に医師の数を増やせば済むという単純な話でもなさそうだ。厚生労働省は、患者が安全で質の高い医療を受けられるよう地域の中核病院に医師を集め、少人数で過酷な勤務をこなしている現状を打破したいと考えている。
大学医局の功の面に触れているのは評価できる。しかし、その医局制度を形がい化させたのは一体誰だったのか。最後にも触れるが、マスコミは無責任すぎやしないか。「単に医師の数を増やせば済むという単純な話ではない」というのは、まあ正しい。私は、医師の数を増やさないことには問題は解決しないと考える。記者は、医師の数の増加は医師不足解決のための十分条件ではないことは理解しているようだが、必要条件であることは理解しているのだろうか。
例えば、県の中核病院にその地域の医師配置コントロール機能を付与する。開業医になる資格条件として過疎地医療の研修医経験を設ける。地方に勤務する研修医の奨学金制度を充実させる。地方の病院に外国人研修医を受け入れる。過酷といわれる産婦人科医と小児科医の待遇改善に診療報酬で更なる増額をする。医学部へ「地方枠」で入学した学生は地元への就職を義務付ける。
思いつくままに挙げたが医師不足の解消は官僚まかせにする問題でない。医療の専門家集団である医師会が率先して取り組むテーマだ。国民の期待もそこにあることを真正面から受け止めてほしい。
・県の中核病院にその地域の医師配置コントロール機能を付与する→中核病院から勤務医が逃散する
・開業医になる資格条件として過疎地医療の研修医経験を設ける→かけ込み開業が増えて医療崩壊促進
・地方に勤務する研修医の奨学金制度を充実させる→給料が少なくても自分の技術を磨きたい「使命感」のある研修医は集まらない
・地方の病院に外国人研修医を受け入れる→日本のような劣悪な労働条件で働きたがる外国人研修医がいるのか
・過酷といわれる産婦人科医と小児科医の待遇改善に診療報酬で更なる増額をする→勤務医の直接の報酬が増えるわけじゃないから効果は小さい
・医学部へ「地方枠」で入学した学生は地元への就職を義務付ける→医師には居住の自由はないのか。現在でも自治医科大学があるが、労働条件を改善しないことには、結局は医師は逃げていく。
思いつくままに問題点を挙げてみた。それにしても、せめて他の先進諸国程度の医療費を負担するってのがないのはいったいなぜ?ただでさえ少ない医療費を削った結果がこの惨状であることを、記者は理解していない。医療の専門家集団である*1医師会が診療報酬を上げろと言っても、聞く耳持たなかったのはいったい誰なのか。いまさら責任転嫁か。補給すらろくにしないまま、「B29を打ち落とすのはお前らの仕事」と言っているようなものだ。
加えていうなら、大野病院事件に代表される、「結果が悪かったら責任取れ」という風潮にも、記事は触れるべきだった。ベテランの産婦人科医が、癒着胎盤という稀な疾患で、ほとんどの専門家が不可避であったと判断するような経過で患者が亡くなっても、逮捕されるのである。鳥集徹というジャーナリストは、「産婦人科医の判断には慎重さが欠けていたところがあった」「周産期医療を担う医師にも、反省すべき点はなかっただろうか」と評した。地方で劣悪な労働条件下で頑張って働いていても、ひとたび結果が悪い症例にあたれば、「労働条件は言い訳にならない。劣悪な労働条件を改善する努力を怠った」などと責任を取らされる。そのような状況下で働きたいと考える人がいるだろうか。
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*1:開業医の利権団体と言ったほうがいいかもしれんが、いまのところは医師集団の代表とみなされるのは日本医師会ぐらいなのは事実