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パラサイト式血液型診断〜藤田紘一郎がトンデモさんリスト入り?


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■パラサイト式血液型診断 藤田紘一郎著

「血液型による性格判断にはちゃんと科学的根拠がある。偉い教授がそう書いている」と言っている人がいたので、「どこの教授だよ?竹内久美子じゃないだろうな」と突っ込んだら、東京医科歯科大学名誉教授である藤田紘一郎がそう言っているという。寄生虫関係の本を多数書いており、何冊か著作を読んだことがある。「パラサイト式血液型診断」という本を書いたようで、内容を見ないことには批判もできないので購入した。いくつかの感染性疾患とABO式血液型に弱い関連があるのは事実であり、その辺のことを膨らませて書いた本を素人が誤読しただけかもしれないと読む前は思っていた。

しかし、読んでみたがこれはひどい。藤田紘一郎はどうしちゃったのか。少々ショックを受けた。ABO式血液型と感染症の関係から血液型と性格の関連を導き出すのは、ほとんど竹内久美子の受け売りである。その他、能見正比古、安保徹やダダモ*1を好意的に引用している。菊池聡や長谷川芳典といった懐疑派も少しは引用されているが、「血液型で性格を決めつけてはいけない」という文脈においてのみである。この本の間違いはきわめてたくさんあるが、ここでは2点のみ簡単に指摘する。


1. 疾患とABO式血液型の相関を過大評価している。
2. 感染症とABO式血液型に相関があったとしても、それだけではABO式血液型と性格に相関は生じない。


まず、1.について。確かに、ある種の病気とABO式血液型との相関の報告は多数ある。藤田は、天然痘、肺結核、マラリア、ノロウイルス、胃癌、食道癌、コレラ、ペスト、梅毒その他さまざまな疾患の罹りやすさがが、血液型と関係すると書いている。しかしながらその根拠となる参考文献は、1994年に出版された"The History and Geography of Human Genes"と、「人類遺伝学」(朝倉書店)である。後者は私の調べた限りでは、訳書で1988年と1989年の出版である。はっきり言えば古すぎる。竹内久美子を丸写ししただけでここ10年の間の人類遺伝学の進歩など何も調べていない。ヒトゲノム計画が終了しつつある2000年に、Natureに掲載された総説*2にはこうある。


Before the early 1980s, genetic risk factors for a disease or trait could be identified only through direct analysis of candidate genes, usually through association studies. Starting soon after their discovery, blood-group systems such as ABO, MN and Rh were tested directly against an array of human disease, typically with little replicability. However, after the study of tens of thousands of subjects, it seems that ABO shows consistent, but weak, association with a number of traits involving the gastrointestinal tract.

要約すれば、胃腸管に関するいくつかの形質に弱い相関が認められる以外には、血液型と疾患の相関については再現性よく示されたものはないということである。この総説は2000年に書かれたものなので、新しく発見された知見がないかどうか、ここ6年ぐらいのABO式血液型と疾患感受性についてPubmedで改めて調べてみたが、信頼できそうなのはノロウイルス感染の感受性ぐらいであった。ABO式血液型と疾患の相関研究に偽陽性が多い理由として、試行回数が多かったということと、相関解析独自の問題とがある。前者については■血小板MAO活性と血液型についてで、後者については■箸の誤りで触れた。

弱いとはいえ、感染症とABO式血液型に相関があるのであれば、ABO式血液型と性格の相関も生じるという考えもあるかもしれない。たとえば梅毒の感染しやすさとABO式血液型とが関連があるとして、ABO式血液型と性格に関連が生じるだろうか。藤田は以下のように書いている。


この梅毒に対する抵抗性の有無が、人間の行動や性格を決定づける最大の要因ではないかと考えられるのです。なぜなら、セックスを広く行うかどうかが、人間の社交性を決める基本だと私は考えているからです。
つまり、梅毒に強いO型は「社交的」になり、梅毒に弱いAB型は「内向的」になっていったのではないかということです。(P34)

「O型は梅毒に感染しにくい」ことを前提として受け入れるとしても、O型が社交的になっていくという結論は必ずしも導けない。他にも必要な条件がある。「『O型ならば社交的に行動せよ。AB型なら内向的に行動せよ』といった条件付戦略がプログラムされた遺伝子」もしくは「ABO式血液型を決定する遺伝子の近傍に存在する社交性に影響する遺伝子」の存在が必要である。前者のようなきわめて複雑な遺伝子が、梅毒がアメリカ大陸からもたらされてからの数百年という短期間に進化するとは考えられない。後者についても、よしんばそのような遺伝子が存在したとしても、その影響はきわめて小さいものである。

ある個人が社交的かどうかは、環境の影響も受けるにせよ、いくぶんかは遺伝が影響しているとしよう*3。遺伝が影響しているということは、ゲノムのどこかの部分の個人差、つまり遺伝的多型が社交性に影響しているわけである。さて、その社交性に影響する遺伝子がABO式血液型を決定する遺伝子と異なる染色体にあれば、たとえ社交的なO型が淘汰で有利になったとしても、次の世代ではその組み合わせは失われる*4。社交性遺伝子とABO式血液型遺伝子がたまたま近傍にあるという幸運でもない限り、O型が社交的になっていくという現象は起こらない。

実際のところは、社交性といった複雑な形質に影響する遺伝子は多数あるだろうから、その多数の遺伝子の中にはたまたまABO式血液型遺伝子の近傍に位置するものも存在し、ごくわずかにO型が社交的になっていくという傾向は生じるかもしれない。しかし、ヒトの染色体は23対46本である。同一染色体上に載っていたとしても組換えが起こる。梅毒感受性ゆえにO型が社交的になっていくとしても、きわめて小さい影響しか与えられないことが分かるだろう。

そもそも、O型が社交的であるというのであれば、直接、相関研究で証明してみればどうか。ある個人の付き合いの範囲内で差が出るほどの強い相関が存在するならば、証明するのは容易であろう。ABO式血液型遺伝子に限らず、ある特定の遺伝子が社交性と相関することを明確に証明できれば、Nature Genetics誌*5にでも載る。実際のところは、社交性のような複雑な形質は多くの遺伝子の影響を受けており、個々の遺伝子の影響は小さいがゆえに相関を検出するのは困難である。この点については■血液型性格判断は、遺伝学の問題でもあるでも論じた。

他にも本書の問題点は山ほどあるが、とりあえずここまでにしておく。竹内久美子は、自分で「高度なジョーク」と言っているように、ある程度は分かっててやっている。しかし、本書を読む限りでは、藤田紘一郎はマジっぽい。それにしても、藤田紘一郎はいつからこうなっちゃったんだろうかと思い、ちょいと検索してみたら、こんなページ(■藤田紘一郎(健康本の世界))を見つけた。藤田先生は誠実で真面目なのだ。ただ、ちょっとばかりトンデモ話に弱いだけなのだ。


*1:ダダモは自然療法の権威とされている。自然療法はQuackery(インチキ医学)の一種→参考:QuackwatchのNaturopathy(自然療法)。また血液型ダイエット by ダダモ

*2:Risch NJ. Searching for genetic determinants in the new millennium. Nature. 405(6788):847-56, 2000

*3:社交性に遺伝が影響していないのなら、O型は社交的とかいう話はそもそも成立しない

*4:同じ染色体にあったって、距離が遠ければ組換えが起こるので、やっぱり社交的・O型という組み合わせは失われる

*5:遺伝学の分野でもっとも権威のある雑誌